お忍び旅行
「おーい! ローラン、オリヴィエ! 速く来ぬか!」
シャルロットの綺麗な声が、リュミエール最大の市場である
「はいはーい! すぐに行きますよ! ってか、もう少しお静かに……」
「ちょっとローラン、マズいよ。公爵家のご令嬢をこんな人気の多い市場に勝手に連れ出したりなんてしたら、本当に僕等の首が飛んじゃうよ!」
「今更言ってもしょうがねえだろ。それにどんな事でもするって約束したのはオリヴィエじゃないか」
「うぅ。そ、それは、そうだけど……」
シャルロットがローランとオリヴィエの無礼な振る舞いを許す条件として突き付けたのは、市場見物に付き合え、というものだった。それもお忍びで。
もしもシャルロットの身に何かあれば、ローランとオリヴィエの首は間違いなく飛ぶだろう。文字通りの意味で。
しかし、シャルロットは有無も言わさずに二人の従者を引き連れて飛び出した。
「こうなったら、仕方がないよ! 生きるも死ぬも俺達は一緒だ! どうせなら楽しもうぜ!」
「ローラン……」
楽観的なローランの言葉に呆れる一方で、オリヴィエは驚いてもいた。
これまで復讐のために生きなければならないと話していたローランが、死すらも厭わない発言をした事が意外で仕方がなかったのだ。
「まったく。相変わらず気楽だよね、ローランは」
そう言うオリヴィエの表情も満更でもなさそうだった。
「シャルロット、これから良い所にご案内しましょうか?」
不意にローランがしゃがみ込み、目線をシャルロットに合わせる。ニシシッと笑うローランの笑顔は、正に子供そのものだった。
あくまでお忍びなので、街中でシャルロットを姫様などと呼ぶわけにも行かず、外では不自然にならないようにシャルロットと名前で呼ぶ事を彼女は許していた。
「ローラン、まだ
鋭い視線がローランの顔を射抜く。それはまるで悪人を追い詰めている警官のようだった。
「ひ、人聞きの悪い言い方をするよな」
「そりゃローランには前科があるからね!」
「ぜ、前科って。その言い方は無いだろう。俺はただ、いつもの洋菓子店に行こうと思っただけで」
「お菓子! 良いな! すぐ向かおう!」
お菓子という言葉に反応したシャルロットは目を輝かせる。
「ほらな! シャルロットも喜んでるだろ!?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるローラン。
「……ローラン、財布の中身は大丈夫なのかい?」
「ギクッ! そ、そういえば……」
確認するまでもない。ローランの財布の中身は、そのほとんどが既に食べ物と化してローランの胃袋へと消えていた。
もう財布には雀の涙ほどのお金しか残っていない。
公爵家の令嬢に献上するお菓子ともなれば、行きつけの店でも一、二を争うほどの高級菓子を買わねばなるまい。そう考えた時、ローランは急に冷や汗を掻く。
それを見たシャルロットは途端に、「洋菓子屋は止めだ!」と告げられた。
「凱旋門が見てみたい。父上が築かれたというな。私はまだ一度も見た事が無い故」
「で、では、早速、凱旋門を見に行きましょうか」
「うむ!」
シャルロットは満足そうに道も分からないというのに、先陣を切って歩き出す。
「子供に助けられたね、ローラン」
オリヴィエがローランの耳元で囁く。
「う、うるさい。それを言うな……」
何も言い返せないローランは、ただそう言うしかなかった。
◆◇◆◇◆
「敵襲! 敵襲!」
「ブルターニュの魔導飛行船だ!!」
ヴェルサイユ共和国首都リュミエールの首都防衛部隊が敵船を補足して大騒ぎしながら、首都全体に対して敵襲を知らせる鐘を叩く。
ブルターニュの魔導飛行船十隻がリュミエールの遙か上空に姿を現したのだ。
「ば、馬鹿な! なぜ敵船がどんな所に!?」
それはリュミエールに住む誰もが思った事だった。
しかし答えは簡単だ。
ブルターニュ軍は霧を生成する魔法を使って、擬似的に雲を作り、その中に魔導飛行船を隠してここまで進入してきたのだ。
また、ヴェルサイユ国防軍の戦力は大陸各地に分散しており、国内の警備の目が粗くなっていた事も発見が遅れた大きな要因の一つである。
リュミエールを囲う城壁を易々と素通りして城壁の内側へと侵入を果たした魔導飛行船から次々と大きな岩の塊が落下してくる。
それはリュミエールの町を彩る美しい建物を次々と踏み潰していく。
だが、それだけでは終わらない。
地面に落ちた岩はまるで意思を持ったかのように動き出し、人の形を形成。それはただの岩による空襲ではなく、ゴーレムギルドが開発したゴーレムだったのだ。
周りにいるリュミエールの住人や町の建物を手当たり次第に襲い始める。
栄華を誇ったリュミエールの町はあっという間に戦火に包まれ、人々は殺されて町は廃墟と化していく。
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