第3話 友だちとの決裂

 月、火、木

 映子先輩と相談した結果、この三日が一緒にランチを食べる日になった。

 ランチの前後はキャンパス内を散歩したりおしゃべりをしたりして過ごすことになっている。そしてこの時間は好きなタイミングで写真を撮っていいことにした。

 それ以外の時間は都度相談で隠し撮り禁止だ。

 いくら私が寛容であっても、四六時中カメラで狙われるのは嫌だ。

 この条件については映子先輩も承諾してくれた。

 私から映子先輩の最初のお願いごととして、もっさりした髪を切ってほしいと言ってみた。

 ところが頑なに拒否するのだ。契約違反である。

「奇抜な髪型にしろって言ってるわけじゃないんですよ。ただ、美容室に行って、きれいに揃えてくれるだけでいんです」

 私がそう言うと、先輩は申し訳なさそうに答えた。

「美容室に行くお金がなくて……」

 そう言われてしまっては無理やりに美容室に行けとも言えない。

 なにせ映子先輩はお金が無くて昼食を抜いていたくらいなのだ。

 美容室はカットだけでもそこそこのお金がかかる。パーマやカラーリングをまでしたら、映子先輩は気絶するかもしれない。

「だったら、千円カットでもいいですよ」

 これならば映子先輩も頷くだろうと私は提案した。

「千円あったら、豪華なランチが食べられる……」

 確かにメニューを選べば、学食なら二食分である。

「どうしてそんなにお金がないんですか?」

「あの……、フィルムカメラは、フィルム代とか現像にもお金がかかるし……」

「デジカメも使うんでしょう? フィルムカメラを減らしたらどうですか?」

「デジカメの新しいレンズを買いたいし……。参考になる写真集も欲しいし……。髪を切るのに使うお金なんてないよ……」

 どう説得しても映子先輩の予算はカメラが最優先のようだ。

 それならばカット代を私が出すとも言ったのだが、断固拒否されてしまった。

 そんな調子で、一週間経っても映子先輩は髪を切ってくれない。

 その上、なぜか映子先輩はあまり私にカメラを向けようとしなかった。

 映子先輩が撮りたいと言った写真はどんな写真なのだろうか。


 ***


 月曜の二限目は柳先生の講義だ。

 しず香と桐乃は今日も講義をサボるようだ。

 最近はしず香たちとあいさつは交わす程度で会話をすることは減った。彼女たちとは少し距離を置いた方が円滑な人間関係が築けそうな気がする。

 映子先輩は髪を切るお願いはきいてくれないものの、柳先生に関する情報は教えてくれた。

 私の読み通り、出席日数はさほど重視されないがテストには教科書以外からの出題も多いようだ。

 それらのすべては講義中に解説されるので、真面目に講義を受けていればそれほど難しくはない。だが、講義を受けていない場合は、過去問などから問題を推察しなくてはいけないため、なかなか苦労するらしい。

 こうした正しい情報もあるのに、なぜ「講義を受けなくても大丈夫」という噂になっているかもわかった。

 柳先生の講義に真面目に参加しているファン(学生)の策略のようだ。

 無駄話などで柳先生の講義を妨害する生徒を排除しようという動きらしい。

 なんとも恐ろしい話だ。

 私は今日も最前列の席を陣取った。隣には佑夏が座る。

「おは」

 小さくあいさつをすると佑夏も小さく手を挙げる。

 先週連絡先を交換してから、二、三会話を交わしたけれど特別親しくしているわけでもない。

 それでも他に相談する相手もいないので、目下の最大の悩みを佑夏に問いかけてみた。

「安くっていうか、タダで髪を切れるところってあるかな?」

「んー、カットモデルは?」

 なるほど、その手があったか。

 私は映子先輩を思い浮かべる。髪を切ってどれだけ変身するかは分からないが、カットモデルをする映子先輩は想像がつかない。

 美容室によってカットモデルの扱いも違うのだろうが、写真を撮らせてくれと言われたら、映子先輩は嫌がりそうな気がする。

「ちょっと無理かなあ」

「梢なら大丈夫なんじゃない?」

「いや、私じゃなくて、部活の先輩のもっさりした髪を切りたいんだよね」

「先輩?」

 すこしいぶかし気な顔をするが、佑夏はそれ以上詮索しない。

「佑夏はいつもどこで髪を切ってるの?」

 金髪に近い茶色の髪だが、きれいに整えられているし、傷んでいる様子もない。

「アタシは自分でやってるから」

「マジか、すごいね」

「そんな大したことじゃないよ」

 佑夏は少し口を尖らせてそっぽを向くが、頬が赤くなっている。こうして強がったフリをしても照れが隠せないところはかわいいし面白いと思う。

「んじゃ、佑夏に先輩の髪を切ってもらえばいいのか」

「人の髪を切るのは無理だよ」

 私の提案は一蹴された。まあ、よく知らない相手の髪を切るなんて、私でも遠慮したい。自分の髪を切るのとは責任の重さが違う。

「だよね」

 私はすぐに提案を取り下げた。

 そのとき、ツンツンと私の肩に誰かが触れた。

 振り返ると爽やかな笑顔を浮かべた男子だった。最近しず香たちとつるんでいる内の一人だ。

「えーっと、杉山くんだっけ?」

「おしい、杉本だよ」

 名前を間違えられても杉本くんは気にする様子もなく笑顔を浮かべている。

「今日はしず香たちと一緒じゃないの?」

「うん。たまにはちゃんと講義に出たかったからさ。ところで、ちょっと聞こえちゃったんだけど、安く髪を切れるところを探してるの?」

「あー、うん。まあね」

 佑夏は我関せずで、前を向いたまま杉本くんの方を見ようともしない。

「無料ってわけではないけど、美容室によっては、新人美容師の練習台ってことで安く切ってくれるところもあるよ」

「へー、そうなんだ」

「よかったら、ちょっと知ってるところ教えようか?」

「じゃあ、教えてもらおうかな」

 そんな感じで杉本くんと連絡先を交換して、後日美容室の情報を送ってもうことになった。

 そんな風に仕入れたカット情報を映子先輩に伝えたのだけど、やっぱり髪を切ってくれなかった。

 相変わらずもっさりとした映子先輩が私の食べ残しの定食を黙々と食べるのを眺めながら、私は、納得できないという気持ちになっていた。

 私からのお願いはききいてくれないくせに、映子先輩は「明日の夜、写真部の集まりがあるんだけど、参加してくれないかな」と言ってきたのだ。

 私のお願い事を映子先輩に聞いてもらう約束だったのに、どうにも私の方が先輩のお願い事を聞いている方が多いような気がする。

「映子先輩は行くんですか?」

「えっと、一応、行くつもりだけど……」

 相変わらず声は小さいが、私の残りの定食を食べることには、全く躊躇が無くなっているようで、次々と料理が先輩の口の中へと放り込まれていく。

「会費は?」

「新入生の歓迎会だから、鈴原さんはタダだよ……」

「そうじゃなくて、先輩の会費。髪も切れないくらいお金がないのに、会費は払えるんですか?」

「あ、えっと……勧誘した新入生を連れて行った人も……タダに……」

「ほう。つまり、映子先輩のタダ飯のために私に参加しろと?」

 私が半眼で映子先輩を見ると、視線をそらしながら「そういうわけでは……」と蚊の鳴くような声でつぶやいた。

 映子先輩は、私をメシのタネくらいに思っているのではないだろうか。

「写真部の人って、映子先輩以外知らないんですけど、どれくらいいるんですか?」

「人数は結構いるよ。それぞれ独自で活動することが多いから、あんまり集まらないけど……」

「それで、部活として大丈夫なんですか?」

「それは大丈夫……。定期的にコンクールに出してる人が何人かいるから……。あと、プロカメラマンが来ない学校行事の撮影を引き受けてるし……」

 なるほど。部活として認められている大きな要因は学校カメラマンを引き受けているからか。

「昔は結構かたい部で部員も少なかったんだって……。だけど、先輩がいろいろ工夫して部員が増えたんだ。先輩、スマホでの撮影会とか展示会の見学会とか、本格的な写真じゃなくても、写真が好きな人が参加できるように活動を広げたの」

 映子先輩は笑顔で、しかも少し大きな声で言った。

 映子先輩の先輩のおかげで、ゆるい活動をする写真部員が増えたということだろうか。

 金曜日には、神奈さんの家に遊びに行くつもりだった。

 だけどそれは絶対行かなければいけないというものではない。

 映子先輩以外の写真部の人に会ったことがないので、いい機会なのかもしれない。一度くらいちゃんとあいさつをしておいた方がいいだろう。

 それに、映子先輩の声が大きくなるほどすごい、部活を大きくしたというやり手の先輩にも会ってみたい。

「なんだか、映子先輩に利用されているような気もするんですけど。まあ、いいですよ。行きます」

 すると映子先輩がうれしそうな笑みを浮かべた。

 そんなにタダ飯がうれしいのかと少しイラっとしてしまった。


 ***


 金曜日。

 今日は学校が終わってから写真部の新歓コンパに参加する。映子先輩とは中庭で待ち合わせているが、まだ少し時間があった。

 どうやって時間を潰そうかと考えていると、肩をポンポンと叩かれた。

「おや、杉……本くん」

「当たり!」

 杉本くんは相変わらず爽やかな笑みで言う。

「この間教えた美容院、どうだった?」

「あー、せっかく教えてもらったんだけど、頑なに拒否されちゃってね。ゴメンね」

「そうなのか。そんなに頑ななのって、もしかしてお金の問題じゃないんじゃないの?」

「お金じゃない?」

「うん。例えば願掛けとかさ。よくあるじゃん。願いが叶うまでお酒を断つとか」

 何かの願いが叶うまで髪を切らないと決めている? そう言われると、なんだかそんな気もしてくる。

 今度、映子先輩に聞いてみよう。

「何? 今日の飲み会に梢も来るの?」

 そのとき横から割って入ったのはしず香だった。

 どことなく顔に不機嫌さが伺える。

「いや、梢ちゃんに飲み会の話はしてないよ」

 杉本くんがしず香の言葉を否定した。なんだか、杉本くんの私の呼び名が『梢ちゃん』になっている。ちょっと話をしたからだろうか。

「梢、今日飲み会があるんだけど、たまには一緒にどう?」

 笑顔で誘ってくれたのは桐乃だ。

「行こうぜ、梢ちゃん」

 市川くんも横から口を出す。

「ごめん、今日は部活の集まりがあるんだ」

 私が両手を合わせて謝りながら言うと、しず香がさらに不機嫌な顔になる。

「梢が部活に入ったなんて聞いてないんだけど」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 別に報告する義務なんてないと思うし、言ってないことも分かっていたが、うっかり言い忘れたように装ってみた。

「アタシらに内緒にしてたんじゃないの?なんか感じわるいよ」

 せっかくうっかりを装ったのに、しず香は聞く耳を持たないようだ。

「たまたま言うタイミングがなかっただけだろ?」

 杉本くんがすかさずフォローを入れてくれた。

 だが、それがいけなかった。しず香の顔がますます不機嫌に歪んでいく。

 これは嫉妬だ。

 杉本くんと私が仲良くしていたからしず香の機嫌が悪くなったのだろう。

 面倒臭いと思ってしまう。

 それでも私は申し訳なさそうな顔に微かな笑顔を浮かべるという高等テクニックを駆使して「ゴメン」としず香に謝った。

「よくしてもらってる先輩に頼まれて、成り行きで入ることになっちゃって」

 正確には「よくしてあげてる先輩」だと思うのだが、そこはこう言っておいた方が無難だ。

「あー、もしかして、最近よくつるんでる、もさっとした女の先輩?」

 しず香が言う。まあ、頻繁に一緒に昼食をとっているのだから、知られているのも当然だろう。

 しず香の言葉で、映子先輩は第三者からみてももさっとしていることが判明した。

「やっぱ、梢は女同士の方がいいんじゃないの? やっぱり、あれなんでしょう? その先輩とそうなんでしょう? そっち系の人なんじゃん?」

 しず香が言うが、代名詞が多すぎる。

 もしかしたら直接的なキーワードを出さないのがしず香なりのやさしさなのかもしれないが、代名詞多すぎると、頭が悪く見えるからやめた方がいいと思う。

「ちょっと、しず香、言いすぎ」

 桐乃がしず香を制止する。代名詞だらけでも、しず香が何を言おうとしているのか、桐乃は正確に理解したようだ。さすがいつも一緒にいるだけのことはある。

 ところが空気の読めない市川くんがうれしそうに食いついてきた。

「なになに? そっち系って、もしかしてレズってこと? マジで? 梢ちゃんって、レズなの?」

 ああ、本当に面倒臭い。

 実際に私は神奈さんのことが好きだし、周りにどう言われても気にしない。でも、それに映子先輩を巻き込むのは本意ではない。

 映子先輩は面白い人だと思う。しず香たちと一緒にいるよりも楽しいのは事実だ。だけど、映子先輩に恋をしているわけではない。

 それに映子先輩にとって私は、ご飯を食べさせてくれる人くらいのものだろう。

 取り敢えず、ここはきっぱりと否定しておこう。

 否定したところで納得するかは分からないし、杉本くんを取られないように牽制しているだけだと思うけれど、映子先輩に被害が及ぶことだけは避けたい。

 そんなことを考えていると、杉本くんが私としず香の間に割って入る。

「おい、お前らいい加減にしろよ」

 何やってくれるんだ、杉本くん。余計にややこしくなるからやめてくれないかな。

 思った通りしず香はさらに逆上してしまった。顔を真っ赤にして噛みついてくる。

「なに? 杉本は梢に気があるわけ? その子レズだから迫っても無駄だよ」

 しず香の言葉から代名詞というやさしさも消えた。

「別にそういうわけじゃないよ」

 杉本くんは、チラチラと私の顔を見ながら言う。

 だからその態度がいけないんだって。私はこの茶番にうんざりしてきた。

 とはいえ、できれば穏便に解決したい。

 映子先輩に迷惑を掛けず、しず香に私と杉本くんの間に何もないと分かってもらう方法。

 よし、ラブラブの彼氏がいることにしよう。必要ならば睦さんに頼めばいい。たしか、スマホに神奈さんの家で遊んだときの睦さんの写真があったはずだ。

「私、彼氏いるよ」

 と、言おうとしたまさにそのとき、なぜか佑夏が参戦してきてしまった。

「あんたら、ウザい」

 複数形で言いながら、佑夏の視線はしず香一人に絞られている。

「安城、そっか、あんたもレズだもんね。だから梢の肩をもつんでしょう」

「アタシのことは関係ないでしょう。あんたの発言がウザいって言ってるんだよ」

「あたし、安城と同じ高校でさ、こいつ、年上の女と付き合ってるんだよね。女同士とか、超キモイよね」

 なぜかしず香は周囲全体に聞こえるように大きな声で吹聴する。

 すでに教室から半数以上の生徒がいなくなっているが、それでも無関係な人たちに佑夏のことが知れ渡ってしまったことになる。

 私はしず香と桐乃が同じ高校出身だったことにも驚いたが、佑夏が年上の女性と付き合っている方に驚いた。

 私の推測が正しいならば、その相手は私も知っている人だ。

 ぜひキャイキャイ言いながら佑夏と恋バナをしたいところなのだが、今はそれが許される状況ではない。

 しず香と佑夏は今にもつかみ合いの喧嘩をはじめそうな勢いだ。

「ちょっと、二人とも落ち着いて」

 私は佑夏の肩を抑える。

 そして杉本くんを見て、アゴをしゃくって合図を送った。

 もう穏便に話し合いで丸く収めるという状況ではない。

 呆然と成り行きを見ていた杉本くんは、私の合図に気付くと、ハットしてしず香の肩を抱いて教室の外へと引きずるように連れ出した。

 桐乃と市川くんもそれに続く。

 教室には、佑夏と彼女に抱き着く私だけが残される形となった。

 今の姿だけ見るとかなりおかしい。

 私は慌てて佑夏から離れる。

 佑夏は俯いている。泣いてはいないが、今にも泣きだしそうな気がした。

 その顔に浮かんでいる表情は何を表しているのだろうか。

 悔しさだろうか、やるせなさだろうか、それとも別のものだろうか。

「ゴメン」

 佑夏が小さな声でぽつりと言う。

「別にいいけど……ちょっと、話す?」

 映子先輩との待ち合わせまで、まだ余裕があった。

 私と佑夏は中庭に移動する。

 映子先輩が来るまで、佑夏と話をすることにした。

 ベンチに並んで座るが、いざとなると何から話せばいいのかわからない。

「さっきはごめん。あいつらの言ってること、どうしても腹が立って」

 口を開いたのは佑夏の方からだった。

「別にいいよ。私も腹は立ってたし」

 私が佑夏のように大声を出さなかったのは、単にあの面倒なやり取りにエネルギーを使いたくなかったからだ。

「もしかして、付き合ってる年上の人って、柳先生?」

 思い切って尋ねてみると、佑夏がパッと顔を上げて目を見開いた。

 当たりだったようだ。

「付き合ってない。だから、言わないで」

 何かに怯えるように佑夏が言う。

 相手は十五歳くらい年上の女性だし、この大学の講師だし、色々事情があるのだろう。

「言わないから、大丈夫だよ」

 私は笑顔を浮かべて言う。佑夏はホッとしたように息を付いた。

「どうしてわかった?」

「んー、なんとなく? 佑夏、柳先生の講義、ガン見してるし」

 私が笑いながら言うと、佑夏は顔を赤くした。

「やっぱり、変なのかな。女同士って」

「別に変じゃないでしょう? 私が好きだった人も女の人だよ」

 私はサラッと言う。佑夏は少し驚いたような顔をしたが、すぐに表情を元に戻す。

「それって、今日の話に出てた先輩?」

「違う違う。高校の頃に会った人。まあ、とっくにフラれてるんけどね。でも、好きになって良かったって思うよ」

 私は笑った。フラれても、やっぱり神奈さんのことは好きだと思う。そして、その気持ちは恥じることではない。

「そういうこと堂々と言えるの、すごいね」

「すごくはないと思うけど……。そういえば、知り合いに愛想がいいのに腹黒いって言われたことがあるけど、そういうことかな?」

 私は鈴さんに言われた言葉を思い出す。

「腹黒いの?」

「どうだろう。鈍感なのかもね。あんまり他人のことは気にならないかな。自分と、自分の大切な人以外のことは、正直どうでもいい」

 言葉にすると、確かにちょっと腹黒い感じがして、思わず苦笑してしまう。

「なんか印象と違うね。なんだか、周りに合わせて流されるタイプだと思ってた」

「高校までは、本当にそうだったかも。無駄に波風立てたくないし。取り敢えずまわりに合わせておけばいいやって思うところは今でもあるよ」

「アタシは、我慢できなくて波風立てちゃう方だ」

 そうして佑夏が笑った。私もつられて笑ってしまう。

「柳先生……美姫(みき)ちゃんはね、ウチの近くに住んでて、小さい頃から遊んでもらったり、勉強をみてもらったりしてたんだ。それで、いつの間にか好きになってたんだよね」

「そうだったんだ」

「何回も好きだって伝えてるんだけど、全然本気にしてもらえないんだ。美姫ちゃんにとっては、ご近所の子どもでしかないんだろうな」

 佑夏が遠くを見ながら言う。少し寂しそうだが、悲観している感じはしない。

 私は柳先生も佑夏のことを大切に思っているような気がする。

 講義中、柳先生はさりげなく佑夏のことを気に掛けていた。

 目が合うと俯いてしまう佑夏は気付いていないかもしれないけれど、そのとき、柳先生はとてもやさしい目で佑夏を見ていたのを知っている。

「なんかすっきりした」

 佑夏は座ったまま背伸びをして言った。

「いままでこんな話、誰にもしたことなかったんだ」

「それは私も一緒だよ」

 そして二人で笑い合う。私は、大学に来て、はじめて友だちと呼べる人ができたような気がした。

「これから、しず香とか、他の人もうるさくなるかもしれないよ」

 佑夏が言う。

 あれでしず香が収まったとも思えない。それを考えるとちょっと面倒臭い。

「うーん。面倒だけど、まあ、なんとかなるでしょう」

 私は楽観的に言った。

「あの……鈴原さん」

 背後から小さな声がする。

 先輩が来たようだ。

 佑夏が振り返り先輩を見て小さく頭を下げてた。

「ああ、この人が、もっ……あの先輩?」

 もっさりという言葉を何とか飲み込んだ佑夏に心の中で拍手を送る。

「そう、例の先輩」

 私が答えると、佑夏が苦笑いを浮かべて、ウンウンと頷いた。

 おそらくは「梢が髪を切らせたがるのわかるよ」と言いたいのだろう。

「それじゃあ、アタシ、行くね」

 佑夏が立ち上がって手を振りながら校門に向かって歩いて行った。

 それを見送り、私も立ち上がる。

「それじゃあ先輩、行きましょうか」

 私の言葉に映子先輩はうれしそうに頷く。

 先輩の頭の中には、すでに写真部の新歓コンパで食べられるタダの晩御飯が浮かんでいるのかもしれない。

 私は短い時間でかなり精神力を消耗したので、もう帰ってしまいたかったが、それをグッと我慢した。

 私は新歓コンパを最後まで乗り切ることができるだろうか。

 足取りの軽い先輩を横目に、重い身体を引きずるようにして新歓コンパの会場へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る