ベルが鳴る

悠生ゆう

第1話 新しい出会いと居心地のいい場所

 大学生になって、私―鈴原梢(すずはらこずえ)が最も驚いたのは、その雰囲気だった。

 私の高校生活を色で例えるならば『灰色』だ。

 受験勉強とうわべだけの友情しかなかった高校生活は、ドラマや漫画の中で見るキラキラとした青春とは程遠いものだった。

 私が入学した大学はそれなりにレベルが高い。だからこのキャンパスにひしめく学生たちの多くは、私と同じように苦しい受験勉強を経てきたはずだ。だが、キャンパス内を見渡しても灰色の空気を背負っている人は一人もいないように見えた。

 むしろ、そうした苦しさから解放された反動が、この自由奔放な空気を醸し出しているのかもしれない。

 今日は特にキャンパス内が浮足立っているように感じる。

 大学を挙げての部活・サークルの新入生勧誘デーだから、それも仕方ないだろう。

 ステージでは、順番に部活やサークルが工夫を凝らしたPRをおこなっている。そして、キャンパス内のいたる所にブースが設置され、新入生の勧誘活動に励んでいた。

 活動が分かるようなパフォーマンスをしているブース、巨大な段ボールロボットを展示しているブース、アニメのコスプレをした学生が躍っているブースなどがある。

 私は目を白黒させながらその中を歩いていた。

 目的のサークルがあるわけではない。ただ、どのようなものがあるのか興味があった。

 それでも三歩進んではチラシを渡され、五歩進んでは声を掛けられるとう状態が続くと、さすがに疲労が溜まってしまう。

 そこで私は南棟に待避することにした。

 本棟から少し離れた場所にあるため、勧誘活動も少ない。

 校舎の中はさらに静かだった。

 ふと壁に貼られたポスターが目に止まる。

 ビル群と雑踏を写した写真のポスターと『写真部展示会場こちら↓』という文字があった。

 写真には興味はなかったが、気まぐれにその矢印に従って歩みを進めてみた。

 そして、矢印の終点にあった教室のドアをくぐる。

 人の気配のない教室の壁にはいくつもの写真パネルが展示してあった。これが写真部の展示のようだ。

 ここに来るまでに見た勧誘のような熱量はないようだ。やる気のない部活なのだろうか。だが、疲れていた私にはちょうどいい。

 私は、入り口の近くから順番に写真を見ていく。

 桜と富士山。

 澄んだ川の流れ。

 一面に広がる花畑。

 写真の良し悪しは分からないが、どれもきれいな写真だと思った。

 そして、最後の一角で足を止める。

 浴衣を着た小さな女の子の後ろ姿と赤い提灯。

 夕日に照らされた公園で遊ぶ子どもたちのシルエット。

 学生でにぎわう学食。

 ポスターにも使われていたビル群と雑踏の写真。

 日常を切り取ったような写真の下には、同じ撮影者の名前が掲示されていた。

 二年清水映子(しみずえいこ)

 身近な世界のはずなのに、どこか遠い世界のように感じるこれらの写真に惹きつけられた。

「あの」

 突然背後から声を掛けられて、私は思わずびっくりして飛び上がってしまった。

 振り返ると、そこには紙コップを差し出す女性が立ってる。

 気付かなかっただけで、その女性はずっとこの部屋にいたようだ。

 伸ばしっぱなしのもっさりとした髪と大きな黒縁メガネのせいで顔は半分ほど見えない。服装は、長袖のTシャツと汚れたジーンズで、首から下げられているカメラがやけに目立つ。写真部の人なのだろう。

「よ、よかったら、どうぞ」

 女性は静かな教室でも聞き取るのが難しいような小さな声で言う。

 どうやらお茶をサービスしてくれるようだ。

 私は少し警戒しながらもコップを受け取った。ちびりと飲むと冷たいお茶が喉の渇きを心地良く潤す。

 気が付くと一気に飲み干してしまっていた。

「おかわりいりますか?」

 と、女性が聞いてくれたので、ありがたくもう一杯頂くことにした。一杯目のお茶で喉がカラカラに渇いていたことに気付くと、さらに次が欲しくなってしまう。

 女性は端に置いたクーラーボックスからペットボトルを持ってくると、コップにお茶を注いでくれた。

 俯き加減の女性を見ながら、私はぼんやりと「大学生にも灰色の生活を送っている人がいるんだな」と思っていた。留守番を押し付けられてしまったのだろうか。

 そんな彼女への同情からか、お茶へのお礼なのか、私はついつい気まぐれで話しかけていた。

「私、この写真、なんとなく好きです」

 ビル群と雑踏の写真だ。

「匂いとか、音とかを感じるような気がします」

 すると、女性の雰囲気が一変した。

「ありがとうございます。私の写真です」

 どうやらこの女性は撮影者の清水映子本人のようだ。

「この写真はですね、私の先輩の写真を参考にして撮ったものなんです。シャッタースピードと明度の調整がポイントで……」

 つい先ほどまでの存在感が希薄な、声の小さな女性はいない。

 イキイキと写真の説明を始めた映子先輩の姿に、私は思わず唖然としてしまう。

 その内容のほとんどが写真の技術だったため、意味はまったく分からない。だけど先ほど彼女に感じた「灰色」のイメージが間違いだったということはわかった。

 写真のことを語る姿はとても楽しそうだ。きっと前髪で隠されている瞳はキラキラと輝いていることだろう。

 その変貌ぶりに、私は思わず吹き出してしまった。



 カシャッ



 次の瞬間、映子先輩がカメラを持ち上げて私のことを撮影していた。

「何を撮ってるんですか!」

「あ、ご、ごめんなさい。いい笑顔だったので思わず」

 映子先輩はオドオドしながらペコペコと頭を下げる。

「許可も取らずに撮影するなんて失礼です。すぐに消してください」

 そう言った私に、映子先輩は申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさい。これフィルムなので……」

「え?デジカメじゃないんですか?」

「はい」

「へー、はじめて見ました」

 私の興味は、写真を撮られたことよりも、フィルムカメラに移っていた。

「わかりました。それなら、印刷したらその写真見せてください」

「印刷……じゃなくて、現像……」

 女性は小さな声で訂正する。

「とにかく映子先輩の連絡先教えてください」

 私はスマホを取り出して、映子先輩に連絡先の交換を催促した。

 映子先輩はもそもそと自分のスマホを取り出す。

「へー、携帯はアナログじゃないんですね。ガラケーとか出てくるかと思った」

「スマホでも写真を撮るから」

 そうして無事に映子先輩と連絡先を交換する。

「それじゃあ、映子先輩。印刷ができたら絶対に連絡してくださいよ」

「現像なんだけど……」

 映子先輩がつぶやくのを聞き流して、私は教室を後にした。




 それから一週間以上が経過しても、映子先輩からの連絡はなかった。

 でも、特に気にしてはいなかった。私にとっては大学生活に早く慣れることの方が重要だからだ。

 高校時代、積極的に友だちを作ろうとはしなかったが、今はできれば友だちを作りたいと思っている。

 友だちと言って良いのか分からないが、よく話す人たちはできた。

 同じ学部で、履修科目が同じものが多かったため、よく顔を合わせて話をするようになった二人だ。

ひとりは東野しず香(とうのしずか)。

 見た目はやや派手目だ。しかし、まだその派手なメークやファッションが板についていない感じがある。

 しず香は真面目な女子高生として、私と同じように灰色の高校生活を送っていたそうだ。大学に入り、色んなことに挑戦したいと言っていた。いわゆる『大学デビュー』というやつだろう。

 そんなしず香がこれからの大学生活でどんな風に変わっていくのか興味深い。

 もうひとりは、武藤桐乃(むとうきりの。

 こちらは派手にならない程度に着飾ることが板についている。

 おそらく要領のいいタイプなのだと思う。周りとうまく合わせられるが、本心は見せていない印象だ。実は、驚くような正体を隠しているのではなかと思うと、少しワクワクしてしまう。

 その日の講義を終えると、桐乃が私たちに話しかけた。

「サークルの先輩に新歓コンパに呼ばれてるんだけど、二人も来ない?」

「どんなサークルだっけ?」

 私はなんとなく尋ねる。私は結局どのサークルにも所属していない。

「まあ、ひと言でいえば、何だかんだ理由を作ってみんなで飲むサークルかな」

 桐乃の言葉に私は眉をひそめる。

「それは、サークルなの?」

「コミュニケーションサークルだよ。他校との交流とかもしてるみたいだし」

「面白そう」

 しず香は興味津々だ。

 私はすでに行く気満々のしず香を横目にさらに尋ねた。

「そのサークルに入ってないけど、いいの?」

「新入生誘ってこいって言われてるから。ね、二人とも行こうよ」

「アタシは行く」

 しず香はワクワクとした表情を隠すこともなく答える。

「梢も行こうよ。彼氏もできるかもしれないよ」

「彼氏は、あんまり興味ないしなあ」

 私は思わず本音をつぶやく。

「えー、どうして?」

 しず香が私のつぶやきに食いついた。

「もしかして、そっち系の人だったりするの?」

「ちょっと、しず香、何言ってるのよ」

 しず香の言葉に、桐乃が眉をひそめて注意をした。

「アタシ女子高だったからさ、たまにいたんだよね、ガチで女同士っていうの」

 なるほど、彼氏づくりに興味がないイコール同性愛者ということになるのか。なかなか単純な思考で興味深い。

「梢はかわいいんだから、そんなはずないでしょう」

 桐乃はフォローのつもりで言っているのだろう。だけど、かわいいイコール同性愛ではない、という理論も意味が分からない。

 二人はこれまで話してきた感じでは悪い人ではないと思う。

 だけど、私とは相容れない考え方を持っている人たちなのだろう。

 今の二人の言葉に反論することもできる。

 だけど、それだけのエネルギーを費やす気持ちにはならなかった。

 これがもしも、大切にしたい友だちだと感じている相手ならば、時間をかけてでも話し合ったかもしれない。だが、二人に対して、そこまでの思い入れはない。

 そのとき教室を出ようとする女生徒がしず香にぶつかった。

「いたっ」

「ごめん」

 金髪に近い茶髪の少女では、小さな声で謝罪をすると足早に立ち去ってしまう。

「あいつ、ムカつくなあ」

 しず香はすでに姿が見えなくなった入り口を睨みながら言う。

 私は話が途切れたのを幸いに話を新歓コンパに戻す。

 もちろん高校時代に培ったうわべだけの友だちスキルを発動した。

「うーん、楽しそうだけど、ちょっと今日は先約があるんだよね」

「断れないの? サークルで先輩と繋がりができると、過去問もらえたり情報もらえたりして結構便利だよ」

 桐乃がさらに新歓コンパを勧めてくる。

「ちょっと面倒な相手でさ。今日断ると後が大変なんだよね」

 私は苦悩の表情を浮かべて言う。

「えー、本当に無理そうなの?」

「うん、ごめん。今度また誘って」

 私は両手を合わせて謝罪の意を伝える。それでもまだ名残惜しそうな顔をする二人に、私は笑顔でこう伝える。

「化粧直しとかしておかなくて大丈夫?」

 すると二人はハッとして顔を見合わせた。

「じゃあ、また今度誘うから」

「次は絶対一緒に行こうね」

 口々に言って化粧室へと向かった。

 私はホッとしてゆったりと帰路に付いた。

 大学を出て向かった先は、自宅ではない。

 先約があると言ったのは本当だった。

 ただし断れないほど重要な先約ではない。

 私は目的のマンションに辿り着きインターホンを押す。

 ほどなくして「どうぞ」という不愛想な男性の声が聞こえた。

 私は慣れた足取りで目的の部屋に入った。

 部屋の中には二十代前半の男性が一人。

 自称小説家志望のフリーター渡月睦(とげつあつし)だ。

「睦さん、そろそろ大作は完成しましたか?」

「ああ、もうちょっとだ」

 これは私と睦さんのいつものあいさつだ。

 睦さんは不愛想だけど基本的にはやさしい。多分、気も利くタイプだと思う。それに容姿もそれなりに整っている。

 だから異性にはモテそうだと思うのだが、彼女がいるという話は聞かない。

 生活費を稼ぐためにやっているのアルバイト以外はほとんど外に出ないために、出会い自体がないのかもしれない。

 あぐらをかいてスマホを操作する睦さんを横目に、私はソファーに座る。

 しばらくすると、「ただいまー」という女性の声がした。

 この部屋の主、渡月神奈(とげつかんな)である。

 私はパッと立ち上がって玄関に向かう。

「お帰りなさい、神奈さん。お仕事お疲れさまでした」

 そう言って神奈さんの腕に抱き着く。

「お風呂にする? ごはんにする? それとも……」

 私がそう言ったとき、神奈さんの背後から腕が伸びてきて、私の頭を掴んで握力で締め付ける。プロレス技のアイアンクローである。

「いたたた」

 私がたまらず神奈さんから離れると、三嶋鈴(みしまりん)が鬼の形相で私を睨みつけた。

「あんたは、毎度毎度懲りないわね」

 これもいつものあいさつのようなものだ。

 私は高校三年の後半から、この部屋に度々通っていた。

 神奈さん、鈴さん、睦さんは『ファーマーズクエスト』というスマホゲームで出会った人たちだ。

 週末にこうして神奈さんの部屋に集まり、リアルタイム対戦をリアルで楽しんでいる。

 月に一度か二度、この部屋を訪れるようになって、もう半年程が過ぎた。

 神奈さんと鈴さんは女性同士で付き合っている。しず香の言葉を借りるなら『そっち系の人』である。

 だけど私は女性同士で付き合うことを特別だとは思わない。

 そもそも私も神奈さんに告白をして、たった三日だったけれど付き合っていたことがある。

 その流れで今でも神奈さんにアプローチを続けているけれど、鈴さんとの仲を裂く気はない。

 神奈さんと鈴さんをからかうのが楽しいだけだ。

 思い返してみても、付き合いたいと思うほど好きになったのは神奈さんがはじめてだった。

 他に参照例がないので、私が女性しか好きにならないのか、男性を好きになることがあるのかはわからない。

 取り敢えず睦さんのことは好きだけど、付き合いたいとは一ミリも感じない。

 神奈さんのことは、ゲームの中のメッセージのやり取りをしているときから気になっていた。その時は神奈さんが男性なのか女性なのかもわからなかった。

 そしてはじめて対面して話をしたとき、この人が好きだと強く感じた。

 だからすぐに告白をしたのだ。

 少々焦り過ぎたとは思うけれど、神奈さんを好きになったことも、告白をしたこともおかしなことだとは思わない。

 私にとっては、ごく自然な気持ちだった。

 そして今は、フラれた相手の家にのこのこと遊びに来ている。

 きっとしず香と桐乃に話せばおかしいと言われるだろう。

 私に見せつけるようにイチャイチャする鈴さんには少しイラっとするが、それも楽しいと思う。

 私は、ここで過ごす時間がなにより居心地いい。

 それは多分、自分を飾る必要がないからだ。

 大学でも自分を飾る必要のない友だちができるだろうか。

 今日の話でしず香と桐乃とは、そんな関係を築くことはできないだろうと感じた。

 四人でゲームを終えて、それぞれに入浴を済ませると、私と神奈さん、鈴さんは、神奈さんの部屋で横になった。

 神奈さんと鈴さんがベッドに、私が来客用の布団を使っている。

「神奈さん、たまには私と一緒に寝ませんか?」

 そう声を掛けると、神奈さんではなく鈴さんが枕を投げた。

「乱暴者だな。そんなだとすぐに神奈さんにフラれますよ」

「神奈ちゃんは私のことが大好きだから、これくらいでフラれたりしないわよ」

 神奈さんはいつものように困ったような笑顔を浮かべている。

「まあまあ、リンリン、落ち着いて」

「梢はいつまでも神奈ちゃんのことを追っかけてないで、誰かほかにいい人でも見つけなさいよ。あ、睦くんが余ってるわよ」

 鈴さんの毒舌がさく裂する。

「睦さんはいらないです。それなら鈴さんにあげますよ」

 私も負けずに応酬する。

「睦、気の毒すぎる」

 神奈さんは涙をふく真似をした。

 その後、神奈さんは急に真顔になって言った。

「冗談はともかく、ベルちゃんも大学生になって、新しい友だちができたでしょう? いつもここに遊びに来ていて大丈夫?」

 神奈さんはいつまでも私のことをゲームのプレイヤー名で呼ぶ。それは、鈴さんのことを配慮しているからなのかもしれない。神奈さんなりの一線なのだろうか。いや、何も考えていない可能性もある。

「少し話をする人はいますけど……。ちょっと相容れない部分があるかなあ」

「梢は一見愛想いいけど腹黒いから、友だちとか無理なんじゃないの?」

 鈴さんが悪態をつく。

「女同士で付き合うのって、おかしいですかね?」

 私は二人にちょっと聞いてみたくなった。

「それをおかしいって私たちが言うのがそもそもおかしいでしょう?」

 神奈さんが笑う。その通りだ。

「何、そんな話でイジメられてるの?」

 鈴さんはなぜかワクワクとした表情で私に聞く。

「イジメられてませんよ」

「なんだ、つまんない」

 鈴は口を尖らせて言うが、本当は私のことを心配してくれているのは伝わってきた。

「今日、『そっち系の人』みたいな発言があって、なんだか納得できないというか」

「あー、あるよねー、そういうの」

「まあ、色んな考え方の人がいるからね」

 鈴さんと神奈さんが口々に言う。この二人もそういった心無い言葉を浴びせられたことがあるのかもしれない。

「その人たちに無理に合わせる必要もないし、無理に理解してもらおうとしなくてもいいと思うよ」

 神奈さんが静かに言う。

「そうそう、面倒な人とは付き合わなきゃいいんだし。梢がしたいようにすればいいの」

 鈴さんが軽い口調で言う。

「ところで神奈さんは鈴さんのどこを好きになったんですか? すごく乱暴で口が悪くて意地悪な人だと思うんですけど」

 私の言葉に鈴さんが立ち上がろうとするのを神奈さんが抑える。

「どこかって言われると、最初は顔かなあ」

「顔? ロマンの欠片もないですね。顔なら私も負けてない思うんだけどな。若い分、私の方が上じゃないですか?」

 神奈さんが苦笑いをする。

 そして鈴さんが後を繋いだ。

「一目惚れってやつよぉ。私も最初に神奈ちゃんが緊張しすぎて、私を『リンリン』って言っちゃったところにズキュンとしたし。それで梢は、大学で一目見てピンと来た人はいないの?」

 そう言われて、ふと写真部の映子先輩のことが頭に浮かんだ。

「あー、そういえば、ちょっと気になった人はいますね」

「へー、どんな人?」

 鈴さんが好奇心満タンの顔で身を乗り出す。

「まだ、名前くらいしか知らない人です。なんかもっさりしていて……押しに弱いところは神奈さんに似てるかもしれませんね」

「もっさり……押しに弱い……」

 神奈さんがショックを受けたように繰り返す。

 鈴さんはそんな神奈さんを無視してグイグイ質問してくる。

「連絡先は知ってるの?」

「はい。一応交換して、連絡をしてくれって言ってあるんですけど、一週間経っても連絡してきませんねー」

「それなら梢から連絡しなさいよ」

「いやですよ」

 私から連絡する気はない。

「どうして。モタモタしてると他の人にとられちゃうかもしれないわよ」

 私は映子先輩が、男性か、女性かとイチャイチャする様子をイメージする。

「いや、それは大丈夫だと思います。もっさりしているので」

「梢、そんな人が好きなの?大丈夫?」

 さっき神奈さんと似てると言ったのだが、「そんな人」扱いでいいのだろうか。横目で神奈さんの様子を伺うと、やっぱりちょっと打ちひしがれている。

「別に好きってわけじゃないですよ。面白そうな人だと思っただけです」

「そうなの? じゃあ、なんで自分から連絡しないのよ」

「んー、力関係みたいなもんですね。最初が肝心ですから。向こうから連絡してきたところに、どうして連絡よこさなかった! ってマウントをとるためです」

「怖い、怖いよ、ベルちゃん」

 神奈さんが怯えるように鈴さんに抱き着いている。これは本当に怖がっているわけではなく、理由を付けて鈴さんとイチャつきたいだけだろう。

 もちろん私の言葉も冗談にすぎない。

 映子先輩の写真はきれいだった。だから、映子先輩が私をどんな風に写したのかには興味がある。

 だけど、もしも連絡をくれなければ、それでもいいと思っていた。

 ただ、なんとなくではあるけれど、映子先輩は約束を守ってくれるような気がしていた。

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