第5話 再会と残酷な現実
「アリス、アリス、アリス」
名前を呼ぶ声が聞こえる。
私、まだ寝ているのに。
「起きるのじゃ。アーサーたちと会えるぞ」
父様たちと会える……
私は閉じていた目を一気に開いた。
「ぬぉ! 驚いたのじゃ。アリス、目は覚めたか?」
「…… うん。覚めたよ」
この一ヶ月はあっという間だった。
父様たちと早く会いたかったのに、この一ヶ月を長いとは思わなかった。
そんな私の様子を気にして、ユンナーとミーアはとても心配していた。
「アリス様、お開けします。よろしいですか?」
「うん」
エラードさんが馬車のドアを開けた。
降りようと身を乗り出すと、エラードさんが私に手を差し出す。
私は何だろうと思って、首を傾げた。
「アリス様、お手をどうぞ」
え? 手を掴めってこと?
迷っていると、エラードさんが真顔で私を見つめる。
この一ヶ月でエラードさんのことが少し分かった。性格を表に出すことが苦手なだけで、とても優しい。ユンナーもそれを理解して、態度を改めた。
エラードさんの手を取って、私は馬車を降りる。
とても恥ずかしい気持ちになった。
上を見上げて、思わず呟く。
「お城?」
「いえ、屋敷でございます」
分かっているんだけど、そう思っただけ。
だって、こんなにも大きい。
カルシュタイン侯爵の屋敷は三階建てで、外から見える部屋の数は七十室以上ある。
クレール城みたいな派手さはないけど、素朴な造りで温かみを感じる。
屋敷は広大な土地の中にある。広大な土地の中には屋敷以外にも色んな大きい建物があって、屋敷の近くには馬小屋もあった。見渡すだけでは土地の中を把握することはできない。
カイに運んでもらった
エラードさんが何か言いたそうな顔をしていたけど、私は気づかないフリをした。
龍元光は私の大切な剣だ。自分の近くに置いておきたい。
屋敷の中は天井が高く、廊下も長い。
エラードさんに教えてもらったけど、天井から吊り下げられている照明器具はシャンデリアと呼ばれるらしい。
エラードさんが先頭で歩いていると、屋敷で働いてる人たちが廊下の両端に下がって頭を下げる。その中には私と同じくらいの女の子もいた。
時々、廊下の壁には肖像画があって、肖像画には父様に良く似た人が描かれていた。
エラードさんが部屋の前で止まって、私に言う。
「こちらの部屋でございます」
ドアを見つめる。
この部屋の中に父様たちがいる。
私の手は緊張で震えていた。
後ろから肩をトントンと叩かれて、振り向くと、頬に指が当たる。
「痛いよ、ミーア」
「アリスが緊張をしているからですわ」
ミーアに右頬を軽く引っ張られる。
「アリス、笑顔ですわ。久しぶりの再会ですから、ご両親も笑顔を見たいはずです。分かりましたか?」
「笑顔だね。ありがとう、ミーア」
「分かれば良いのですわ。わたくしたちは別の部屋で待っていますわ」
エラードさんがミーアとユンナーを別の部屋に案内する。
私一人だけになった。
口角を上げる。
笑顔で会おう。
久しぶりの再会なんだから。
ドアをコンコンと叩く。
「はーい。どうぞー」
母様の声が返ってきた。
私は自然と笑顔になって、ドアを勢い良く開けた。
「母様、父様……」
椅子に座っていた母様が驚いて立つ。
ベッドの上で背を起こしている父様も驚いた顔で私を見つめている。
「アリス!!」
母様が私を抱き締めた。
私も抱き締め返す。
この感じは久しぶりだ。とても安心する。
本当に母様だ。
「アリス、良かった。無事で、本当に……」
母様が泣いている。
私も母様を心配していたけど、母様は私のことをもっと心配していたんだと思う。
私と母様はしばらく抱き締め合った。
「おい、俺を忘れている」
父様が寂しそうな声で言った。
いじける父様の様子を見て、私と母様は顔を見合わせながら笑った。
龍元光を壁に立て掛けた。
すると、壁に立て掛けてある二本の杖が目に入った。
二本の杖は脚を怪我した時に使う物だ。
多分、父様は脚に怪我をした。
父様の近くの椅子に座る。母様も椅子を持って、私の横に座った。
「父様、久しぶり」
「本当に久しぶりだ。アリス、大きくなったな」
「私、とても成長したんだから!」
「そうだな」
父様が私の頭を撫でた。
このゴツゴツとした手も久しぶりだ。
父様も母様も笑顔だけど、とてもやつれている。
母様に怪我はない。父様は怪我をした脚の部分に布団を掛けている。
「あれはアリスの剣か?」
父様は龍元光を指差して言った。
「ごめんね。父様の剣は壊れちゃった。あの剣はレオーネから受け継いだの」
「受け継いだ?」
私は父様たちにアルフヘイムでの出来事を話す。一度開いた口は閉じなくて、ずっと話を続けた。
「レオーネさんが亡くなったとは…… アリス、お前も大変だったな」
「うん。父様たちも」
悲しい気持ちになって、私は黙ってしまう。
すると、母様が私の肩を抱いた。
母様のお陰で、気持ちが少し楽になる。
「村の皆のことは聞いたのか?」
「グラナにいる時に知ったよ」
「…… アリスは大丈夫か?」
父様は私を心配して言ってくれたけど、私はその言葉が辛かった。
だって、私は何も感じることができないでいたから。
「私、大丈夫なんだ。皆がいなくなったっていうことがちゃんと分からないの。だって、その場にいなかったから。私、最低だよね」
母様が私の頭を撫でた。
ずっと撫でてくれる。まるで最低じゃないって言ってくれるみたいに。
「…… アリス、あの日のことを聞くか?」
聞きたくない。
だけど、私はエストー村の一員として知るべきだと思う。
「父様、教えて」
父様は頷くと、話し始めた。
「最初の異変は
私は思わず叫んだ。
「
「知っているのか?」
「
「そうか。続きを話すぞ」
父様の話が続く。
「俺たちは逃げながら戦った。中級以上のラルヴァが沢山いて、俺たちは必死に戦った。逃げる度に知り合いが死んで、他の町や村も襲撃された。襲撃が終わった頃には皆、死んでたよ。俺は誰も守れなかったんだ」
「そんな……」
父様に掛ける言葉が見つからなかった。
私の代わりに母様が言う。
「アーサー、違うわ。あなたは私とセリカを命懸けで守ってくれた。アーサーのお陰で私たちはアリスともう一度会えてるのよ」
「だが、俺は…… ウッゥゥ」
父様が痛みを我慢するような声を出して、右膝を手で押さえた。
「アーサー!!」
「すまん。大丈夫だ。いつものだから、直ぐに治まる」
私は心配して聞く。
「脚を怪我してるの?」
「アリス、すまない」
え? どうして謝るの?
私は心配をしただけだよ。
「…… 帰ったら、稽古をつけるっていう約束は守れなくなった」
「どうして?」
父様は自分の脚に掛けてある布団を捲る。
私は言葉を失った。
父様の右脚の太股から下がない。右脚が切断されていた。
その右脚を見て、嫌な感覚がする。
右脚の欠損部からは
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