第2話 絶望の帰郷


「は? 何言ってるの?」


 何かの間違いだと思った。


 ギルとガドルフも私の元に来る。


「君はエルガルの生まれか? 一ヶ月ほど前、エルガルの北方地域はラルヴァの群勢に襲撃を受けた。レーヌを中心にエルガルの北方地域は壊滅している」

「…… ラルヴァに?」


 ガドルフの説明を聞いて、私は頭が真っ白になった。

 突然すぎて、何も考えられない。


 バチン!


 頬がジーンとする。

 ミーアが私の頬を叩いた。


「ミーア……」

「しっかりするのですわ! ほおけている場合ではありません。アリス、故郷に行くのですわ!!」

「ごめん。そうだね。行かないと……」


 ヨハンがカイを連れてくる。


「エストー村までの道は分かるか?」


 村までの道……

 ここはフルーテで、エストー村までの道は分からない。

 黙って首を横に振る。


「ギル、頼む」

「はい」


 頭にギルの手が置かれる。


「俺がアリスに精霊魔術をかけるから、アリスは真っ直ぐ進め。精霊の力が導いてくれる」


 ギルも私のことを心配してくれている。

 でも、ギルの領地は……


「ギルは大丈夫なの?」

「…… 俺か? 俺は大丈夫だ。ガドルフ様から無事だと聞いた」


 ギルは精霊魔術を発動する。


『土の精霊ソイテラよ この者に、誕生の地を導き給え』


 エストー村への道順が何となく分かった。

 多分、行ける。


 カイの背に乗ると、ヨハンに声を掛けられる。


「アリス、カイに乗って走れば半月も掛からないはずだ。それと、これを持ってけ」


 短剣を受けとる。

 装飾品のようで、戦うための剣ではない。

 鍔の部分に紋章が刻まれている。

 太陽のような絵で、太陽の円の中に交差した剣と刀が描かれている。


「殿下! それは!」


 ガドルフは焦ったような声を上げた。


「構わん!」


 大切な物みたいだ。

 私に渡して良いの?


「大切な物じゃないの?」

「気にするな、持っていけ。ランスに門兵がいるはずだ。剣の紋章を見せろ。必ず役に立つ」

「…… 分かった」


 すると、ミーアはカイの背に乗って私の腰に手を回した。


「わたくしも行きますわ。あなた一人では心配ですから」

「お願い」


 今にも崩れてしまいそうな私の心にはミーアの優しさが心強かった。


 ヨハンが側に来て、私の手を優しく包む。

 温かい。それに、不思議。

 ヨハンの手に包まれると、とても安らぐ。


「ヨハン……」

「アリス、希望を持て。絶対に負けるなよ。俺も必ずお前の元に行く」


 ヨハンの手が離れると少し心細くなった。

 でも、大丈夫。

 ミーアとカイが側にいてくれるから。


「カイ、行こう」


 カイは鼻を鳴らして、エストー村へ走り出した。



 私は手綱を握りながらヤキモキしていた。

 エストー村が全然見えてこない。

 いつ皆と会えるの?


「…… アリス! アリス! アリス!!」


 ミーアが私を大声で呼んでいた。


「どうしたの?」

「カイが限界ですわ! 一度休みなさい!!」


 ゼェゼェと聞こえるぐらいの息をカイは吐いていた。

 私、気がつかなかった。


 カイをポンポンと叩いて、手綱を引いて止まるように指示をする。

 小さな川の側で止まった。


 ミーアの怒鳴り声が響く。


「アリスが急ぎたい気持ちも分かります! ですが、カイのことも考えなさい!!」


 無我夢中で、カイの体力を何も考えていなかった。

 私たちを乗せるだけではなくて、カイには荷物も運んでもらっている。

 普通の馬よりも丈夫だからって、無理をして良いわけじゃない。


 カイの背を撫でて謝る。


「カイ、ごめんね」


 気にするなと言うように、カイは私に頬擦りをする。それに、脚踏みをして、もう走れると言っているみたいだ。


 すると、ミーアがカイに魔法を掛ける。


『クインレティオ』


 カイの脚が淡く光る。


「これでもっと速く走れるはずですわ。ですが、必ず休憩も入れてください!」


 休憩を終えて、再びカイの背に乗って走り出す。

 速い。

 前に比べて軽やかに走っている。カイも速く走れて楽しそうだ。


 十日後。

 ランスの町門が見えた。

 門兵が出てきて、私たちを止める。


「通行証はあるか? なければ、審査のために質問をさせてもらう」

「質問? どのくらい時間が掛かるの?」

「審査は三時間ほどで終わる」

「三時間!?」


 そんなに時間が掛かるなんて。

 早くエストー村へ行きたいのに……


「アリス! ヨハン様から渡された短剣があるはずです」

「あ!」


 短剣を出して、門兵に短剣を見せる。


「これで通れるって聞いたんだけど……」

「何だそれは?」


 剣をじっくりと見て、門兵は紋章で目が止まる。すると、どんどん顔が青ざめていく。


「王家の印!? …… 失礼しました!! どうぞお通りください!!」


 門兵は道を空けてくれた。

 ランスへ入る。


 私は短剣を撫でなから、感謝の言葉を呟く。


「ヨハン、助かったよ。ありがとう。今度、お礼をするね」


 ランスはマディールと交易が活発で色んな種族の人たちがいた。

 ミーアも驚いている。

 だけど、私たちはランスを素通りした。

 一刻も早く、エストー村に着きたい。


 そして、五日が過ぎた。

 昼頃に私はレーヌに入った。


「何よ、これ……」


 目の前に広がっているのは瓦礫の山だ。

 レーヌの綺麗な町並みはなかった。

 覚悟はしていたけど……

 胸が痛い。


 カイの手綱を引いて、レーヌだった場所を歩く。

 瓦礫や地面に固まった血の跡が残っていた。進む度に血の跡が増えてきて、どんどん悲しくなる。

 この惨状を見て、ミーアも辛い顔をしていた。


 レーヌの町を後にして、カイを走らせた。


 エストー村へと続くグーラ街道に入る。

 まだ明るいのに、誰もいない。いつもなら旅人や行商人が歩いていたのに……


 エストー村に着いた。

 カイの手綱を引いて歩く。


 元々家は少なかったけど、何もない。家の残骸が見えている。

 ラルヴァの邪気のせいなのか、綺麗に花を咲かせていた場所が荒野と化している。

 歩いているのに、マーサおばさんのラベンダーの香りもしない。


 私の知っているエストー村じゃなかった。


 私の家があった場所に着いた。

 木の燃え屑だけが残っている。


 今まで我慢していた涙が堰を切ったように流れてきた。


「こんなのウソ! 有り得ないよ! 父様たちはどこなの!?」


 目の前が真っ暗になって、私は膝から崩れ落ちた。



















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