第3話 儚い命


「アリス、アリス、アリス!!」


 ミーアが私を何度も呼んでくれていた。

 ゆっくりとミーアの方に顔を向ける。


「大丈夫ですか?」

「心配かけてごめん」


 カイも心配しているみたいで私に鼻をすり寄せてくる。

 ありがとうの意味を込めて、カイの頭を撫でた。


「アリス、これは何ですか?」

「どうしたの?」


 ミーアは崩れずに残った家の壁を見ていた。


「これは文字ですか? わたくしはエルフ文字しか読めないので。多分、共通文字プルリブスですわよね?」


 エルフ族の人たちは自分たちが使う文字をとても大切にしている。エルフ族は基本的に他国と交流をしないので、私たちが使う文字を読めない人が多い。

 レオーネも私たちの文字を少しだけしか読めなかった。


 立ち上がって、壁を見る。


『アリスへ アーサーたちは生きておる。アリス、グラナへ来るのじゃ。グラナはここから東の方角にある。エストー村からは二十日ほど掛かるのじゃ。待っておるからの』


 ユンナーからの手紙だった。


 私は自分を抱き締めて安心する。

 良かった。父様たちは無事だ。

 でも、どうしてユンナーからの手紙なんだろう?


 黙っている私を見て、ミーアは私の様子を窺う。


「…… アリス?」


 ミーアの顔はとても心配そう。

 私のせいだ。

 ごめん、心配を掛けてるよね。


 だから、今できる精一杯の笑顔で答える。


「父様たち生きてる!!」

「良かったですわ!!」

「ありがとう! この手紙はユンナーからなの。グラナに来いって書いてある」

「アリスのご家族もグラナにいるのですか?」

「この手紙には書いてないけど、多分そうだと思う」


 カイの疲れを確認する。


「カイ、もう少し頑張れる?」


 カイの鼻が私の額にチョンチョンと触れる。そして、軽く土煙を立てて、カイはその場で脚踏みをした。


 まだ走ってくれるみたい。


「カイ、よろしくね」


 私たちはカイの背に乗って、グラナへ向けて走り出した。



 町や村を通る度に愕然とした。

 レーヌやエストー村と同じように他の町や村も壊滅している。

 人もいない、花や畑もない、町や村は荒野となっていた。


 カイのお陰で十日も掛からずにグラナへ着いた。だけど、いつグラナの中に入れるか分からない。


 グラナの入口は正面の大きな門だけであり、四方は壁に囲まれている。

 グラナの周りにはラルヴァの襲撃で避難してきた人たちが山ほどいた。


 取り敢えず、私だけで門がある入口まで行く。

 門兵は五十人程いる。かなり警戒をしている。ラルヴァの襲撃に備えているんだろう。


 門兵の一人が出てきて、私に言う。


「入ることはできない。順番を待て」

「いつまで入れないの?」

「準備ができるまでだ」

「人を呼ぶことも駄目?」

「周りを見てくれ。皆お前と同じなんだ。食料や毛布などはこちらで用意をさせてもらった。悪いが、もう少し辛抱してくれ」


 ヨハンにもらった短剣を見せたら通してくれたと思う。だけど、私は黙って頷いた。


 周りの人たちの状況を見ながら、ミーアの元に戻る。


 怪我人は多い。

 重傷者もかなりいて、その中から亡くなる人も出ている。

 亡くなった人の家族だろうか。涙声が響いていた。


 私はミーアにお願いをする。


「私が魔力を作るから、重傷の人たちを治して欲しい」

「あの人数を治す気ですか?」


 見た限り、重傷者は百人、いや、二百人以上はいる。

 グラナのお医者さんたちが一生懸命治療に当たっているけど、重傷者の数は全く減っていない。


「見て見ぬふりはしたくないよ。だから、お願い」


 ミーアは深いため息をついて言う。


「仕方ないですわね。これだけの人数を治すためにはかなりの魔力が必要ですわ。アリスだけでは体力の限界が来ます。わたくしも手伝いますわ」

「ミーア、ありがとう」


 重傷者はすのこのベッドで寝ている。私たちはその場所まで来た。


 霊気を吸収して、魔力に変換する。右手をミーアの肩に乗せて、右手からミーアの体に魔力を流す。

 魔力への変換は遅いけど、私の霊気の吸収量はミーアを遥かに上回っている。


『レクティオー』


 一人、二人と治していく。

 すると、重傷者の治療をしていた女性のお医者さんが驚いた顔で私たちの元に来る。


「あなたたち、精霊魔術師なの!?」


 女性の問いにミーアが落ち着いて答える。


「似たようなものですわ」

「治療を手伝ってくれるのよね?」


 今度は私が言う。


「私たちも手伝わせて。力になりたいの」


 女性のお医者さんはエレナと名乗った。

 ついて来てと言われ、ある場所まで案内される。


「この場所には助かる見込みのない人たちが寝かされているわ。…… 治せる?」


 見た限り、寝かされている人は五十人ぐらい。

 この人数なら私の体力も持つ。


 私の魔力を使って、ミーアが魔法で瀕死の人たちを順調に治していく。


「次ですわ」


 私の動きが止まる。

 五歳くらいの男の子がベッドの上で苦しそうに寝ていた。呼吸がとても荒い。

 それに、この感じは……


「ミーア、この子」

「どうしました?」


 私は魔眼を解放する。

 男の子の全身に邪気が見えた。

 レオーネが死んだ時と同じだ。


「やっぱり。これは邪法じゃほうだよ」


 ミーアも魔眼に霊気を集めて、男の子を見る。


「レオーネ様と同じですわね。この子は……」


 邪法で受けた傷は魔法でも治せない。

 しかも、既に男の子の全身は邪気によって侵食されている。

 この子は治らない。それにもう……


 エリカさんに質問をする。


「エリカさん、この子の親は?」

「…… ラルヴァに殺されたと聞いたわ。この子がどうしたの?」

「多分、もう助からない」


 私の答えにエリカさんは悲しい顔をした。


 ミーアが男の子に魔法を掛ける。


『エル・レクリオ この者に一時の安らぎを与えよ』


 私はこの男の子の前から動けなかった。

 他の人の元へ行くべきだと分かっている。この男の子だけを特別に見ちゃ駄目だ。でも、最期が一人ぼっちだなんて悲しすぎる。


「残りの人たちはわたくしの魔力で治しますわ。アリスはこの子と一緒にいてあげて下さい」


 私は男の子の側に寄って手を握る。

 ミーアの魔法のお陰で邪法の苦しみが取れた。男の子は目を薄っすらと開ける。


「…… お姉ちゃんは誰?」


 心を落ち着かせながら答える。


「私はアリステリア。皆からはアリスって呼ばれているわ。あなたの名前も教えてくれる?」

「僕の名前はロン」

「良い名前だね。…… ロンは何が好き?」

「僕が好きなのは剣術かな。父さんが騎士なんだ。とても強くて、僕の憧れだよ」

「ロンは私と一緒だね。私も父様に憧れてる」

「本当だ。父さんは僕のこと才能あるって言ってたよ。僕の力を見せてあげようか?」


 ロンは起き上がろうとするが、ガクガクと手が震えて立ち上がれない。


「あれ? 立ち上がれない。僕の力を見せるのは今度でもいい?」

「必ず見せてね」


 と言ったけど、その今度は無いことが分かっている。


「あれ? お姉ちゃん、泣いているの?」


 しまった。

 泣くつもりはなかったのに。


 直ぐに涙を拭って、ロンに笑顔を見せる。


「ううん、泣いていないよ。目にゴミが入っただけ」

「そっか。あれ? なんだかとても眠いや」

「眠ってもいいよ。私、ロンが眠るまで側にいててあげる」

「…… うん、お休み」


 ロンは眠るように目を閉じた。

 やがてロンの体は冷たくなる。


「アリス、終わりましたわ」


 ミーアが戻ってきた。

 とても疲れているみたい。


 周りを見ると、助かる見込みのなかった人たちが元気を取り戻している。

 でも、中には邪法のせいで死んでしまった人たちもいる。


 私はミーアを抱き締めた。


「ミーア、お疲れ様。ごめんね、残りの人たちを全部任せて」

「お疲れ様はあなたもですわ。大丈夫ですか?」


 ミーアが私を慰めるように抱き返す。


 ロンは死んでしまった。他にも人が死んだ。

 私は強くなったのに苦しんでいる人たちの助けになれない。何も役に立たない。

 ラルヴァは簡単に私たちの命を奪っていく。

 人の命はとても儚い。


 疲れきった私とミーアはカイを休ませている場所まで戻った。


 私を見るなりカイは近づいて、頭をすり寄せてくる。

 多分、また心配をしてくれている。


「カイ、ありがとう」


 翌朝、目を覚ます。

 背中が生温い。

 横を見ると、ミーアがぐっすりと眠っていた。

 どうやら私たちはカイを枕にして眠ってしまったみたい。


 ありがとうの意味を込めて、カイの頭を撫でる。

 目を覚ましたカイは目を細めて鼻で私の手を触る。まるでどういたしましてと言っているみたい。


 私はゆっくりと起き上がって、背伸びをする。


 朝日が眩しい。

 ボンヤリと人影が見える。

 私の前に誰かいるけど、朝日のせいでちゃんと見えない。


「アリス!」


 懐かしい声。この声で直ぐに分かった。

 私の前にいたのはユンナーだ。

















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