第54話 巣立ちと帰還


 暗闇の中で激しく炎が燃えていた。

 レオーネの亡骸を火葬している。言いつけ通り、ギムト村に戻った後、直ぐに行った。


 炎の周りには村人たちも集まっている。村人たちは涙を流して、炎を見つめていた。

 けれど、私とミーアは泣いていない。

 また泣いたら、レオーネに笑われる気がしたから。多分、ミーアも同じ気持ちだと思う。


 炎が消えると、レオーネの骨は一切残らなかった。


 火葬を終えると、ミーアはゼルスさんに手紙を渡すように頼んだ。


「ゼルス様、どうかこれをお兄様に」

「分かった。必ず渡す。ライ殿下には会っていかないのか?」

「はい。レオーネ様の言いつけですから。わたくしたちは直ぐに発ちます」


 私はレオーネから受け継いだ龍元光りゅうげんこうを背負う。

 背負うと剣の方が私よりも大きい。柄の部分が私の頭より上の位置にある。

 でも、。これなら他の荷物も持てそうだ。


 霊馬のカイも一緒に連れていく。カイは私にしか懐いていない。残していったら、きっと寂しがるだろう。


「カイ、よろしくね」


 ブルブルと鬣を揺らして、私に頬を寄せてくる。


 カイに荷鞍にくらを付けて、荷物を持ってもらうことにした。

 カイは霊馬なので、普通の馬よりも大きく丈夫だ。多く荷物を持たせたけど、問題ないみたい。


 村人たちに別れを告げて、私たちはギムト村を出た。



「ミーア、平気?」


 ギムト村を出て、しばらくしてからミーアに質問をした。


「平気ですわ」

「でも、辛くなったら言ってね」

「それはあなたもですわ」


 確かに村の人たちと別れる時は悲しかった。急いでいたから、一人一人ちゃんと挨拶はできなかったのは残念に思う。


 私の横を歩いていたミーアがヨハンに話し掛ける。


「ヨハン様、本当にガルリオーザを通るのですか?」

「ああ。ガルリオーザを通る方が早い。それに、俺たちが通るのはガルリオーザの辺境だ。辺境の方にはドワーフはいない。ドワーフはガルリオーザの中央にしかいないからな。だから、安心しろ」

「別に不安に思っていませんし、ドワーフがいないことも分かっていますわ! …… 嫌なだけです」


 ミーアの顔が歪むぐらい眉間に皺を寄せている。レオーネもそうだったけど、エルフはドワーフが心底嫌いだ。


 すると、ギルがミーアの肩を叩いた。


「ミーア、安心してくれ。何かあれば俺が守るよ」

「ギルベルト様……」


 歪んでいた顔が一気に笑顔へと変わる。

 しかも、この甘い空気は何?

 うわぁーって叫びたいのを必死に我慢した。


 ブラハ林道を抜けると、ちょうど日も昇ってきた。

 エルナ湖の湖面が朝日でキラキラと輝いていて、とても綺麗だ。


 湖畔を歩いていくことも可能だけど、湖の周りを歩かないといけない。


「カイ、頼める?」


 カイは鼻を鳴らして答えると、全員に鼻で触れる。


「皆、見てて」


 私は皆に見本を見せた。

 湖の上に立ち、そのまま歩く。

 皆、大きな目をして驚いている。

 絶対に驚くと思ったんだ。だから、ちょっと嬉しい。


「これはね、カイの力なの。霊馬は精霊に近い存在で、カイは水の精霊マークアの力が少しあるんだって」


 カイのお陰で、エルナ湖を歩き、彷徨さまよいの森へ近道をした。


 森へ入ると、ウッとなる。

 魔眼を解放していないのに、精霊が山ほど見える。目は痛くならないけど、精霊がこんなにもいたら、酔ってしまいそう。


「キツいですわね……」


 ミーアも私と同じみたい。


 ヨハンは興味ありげな顔で私に話す。


「魔眼持ちは精霊が見えるんだったな」

「どんな精霊がいるのか教えてあげようか?」


 色んな話を沢山していると、彷徨いの森を直ぐに抜けた。普通の森へ変わると、精霊が見えなくなって、スッとする。


 だけど、坂道。

 しかも、ずーっと坂道。

 え? ずーっと?


「ヨハン、ひょっとして、この道って山?」

「良く気づいたな。俺たちは今、スプルターニャ山脈を歩いている。しばらく山が続くぞ」

「しばらくってどのくらい?」

「十日程だ」

「十日!? 聞かなかったら良かった」


 小さな川を見つけた。ちょうど日も落ちかけている。

 今日はここで休むことになった。


 カチッ、カチッ、カチッ!


 レオーネに教えてもらった火打石で、枯草に火をつけた。

 火打石で火をつけたのを見て、ヨハンが言う。


「意外だな。火打石を使えるのか」

「意外って何よ」

「お前のことを不器用だと思っていた」


 苛ついたので、そっぽを向いて言う。


「それぐらい私にもできるわ」


 私の怒る姿を見て、ヨハンは笑っていた。


 まったく……

 何が面白いの?


 更に寝床を整えて、夕飯の準備をする。

 夕飯は干し肉と焼いた川魚、それと、オグイルだ。

 オグイルは赤い果物で、このオグイルはレオーネが育てたものだ。


 シャリッ!


 歯応えの良い音がした。

 オグイルを噛ると、爽やかな甘い味がする。


「…… とても美味しいですわ」

「うん! とても美味しい!」


 食事を終えて、ミーアは魔法をギルは精霊魔術を発動する。


『風の精霊ウントゥーネよ 悪意の囁きがあれば、我らに教え給え』


『イル・アラスト 光よ、我らを守る結界となれ』


 ギルの精霊魔術で敵が近づけば、直ぐに察知ができる。ミーアの魔法は朝まで効果が続く簡易的な結界だ。

 これで、安心して眠れる。


 眠りついてしばらく経った頃、私は足音で目を覚ました。


 あれ?

 ミーアがいない。

 どこに行ったんだろう?


 残りの二人を起こさないように、私は静かにミーアを探しに行く。

 直ぐに見つけた。

 川辺の石に座って、水面をボーッと見ている。


「ミーア!」

「ひゃい!」


 ミーアは驚いた顔で私を見つめている。

 目がキョトンとしていて、とっても可愛い。

 私はミーアに抱きついた。


「驚いた?」

「もうなんですの! 心臓が止まるかと思いましたわ!」


 ミーアを膝に乗せて座る。

 石が固くてちょっとお尻が痛いけど、がまんがまん。


「なぜわたくしがアリスの膝の上に座っているのですか?」

「駄目?」

「駄目とは言いませんが、少しだけですわ」


 いつもなら嫌って言うのに……

 私と同じで寂しいのかな?


「どうしたの? 眠れない?」

「ちょっと起きていたいと思いまして」

「そっか」


 川のせせらぎだけが聞こえる。

 ミーアは何も話さない。

 私が何か話さないと……

 今日食べたオグイルのことを話そう。


「レオーネのオグイル、美味しかったね」

「…… 当然ですわ。レオーネ様が育てたのですから」

「でも、一番最初に作ったオグイルはすごかったよね」

「あれですか。腐っていると思いましたわ」

「は?」

「え?」

「私、そこまで酷いこと言ってないよ」


 失言だったことに気がついて、ミーアは顔を真っ赤にする。オグイルみたいになっちゃった。


「まー、正直、私も腐ってると思った」


 ミーアは目を丸くすると、クスクスと笑い出した。ミーアの笑った姿に私はホッとして一緒に笑う。


 レオーネとの思い出は山のようにあって、ミーアとの話は朝まで終わらなかった。



 道も下りが多くなってきた。それに木々も少ない。もうすぐスプルターニャ山脈を抜けるようだ。


 皆、ずっと無言。

 疲れているのもあるけど、無言なのはなんだか嫌だ。

 取り敢えず何か話そう。


「ねぇ、ヨハン」

「何だ?」

「気になってたことがあるんだけど、どうしてヨハンはアルフヘイムに来た時、正体を隠してたの?」

「何だそんなことか。対外的な問題だ」

「対外的って?」

「俺は公爵派に命を狙われているが、公爵派は王族の俺を大っぴらには殺せない。貴族は対面を気にする生き物だからだ。自国や他国で王族が殺されたとなれば、我が国の周辺諸国にも直ぐに知られることになるだろう。貴族たちはそれを良くないことだと思っている。だが、侯爵を装わさせれば、俺は単なる貴族に過ぎない。それに、貴族が死ぬことは何も珍しいことではない。だから、貴族の俺が死んでしまっても貴族ならばと、周辺諸国も気にしないということだ」

「へー、そうなんだ。…… カルシュタインの名前を使ってたけど、カルシュタインも公爵派なの?」

「分からん」

「え?」

「おそらく表向きは敵だろうな。どっちの側に付くか今は考えているのだろう」


 そして、ヨハンは不敵に笑った。


 聞くべきじゃなかった。

 重たい話だし、ヨハンが笑う意味も分からない。

 私の頭がこんがらがっただけだった。


 ようやくスプルターニャ山脈を抜けた。

 遠くには小さな町が見える。


「あれがガルリオーザ辺境の唯一の町ガルハだ。…… ま、素通りするがな」

「素通りなの!?」

「町を抜けると直ぐに、国境のダイロ山が見える。ダイロ山は一日あれば、越えれる。明日には聖ソフィアへ着くぞ」


 明日には聖ソフィア……

 じゃあ、もう直ぐエストー村に帰れる。

 父様、母様、セリカにも会えるんだ。


 横を歩くミーアの顔はどこか寂しそう。

 そうだよね。故郷を離れるんだから。いつ帰ってくるかも分からないし。

 帰ると思って浮かれた自分が恥ずかしくなる。


 本当にガルハの町を素通りして、ダイロ山の山中で休むことになった。


 翌朝、ダイロ山を越えるために歩き出す。今日はカイの手綱をギルに頼んだ。


 私はミーアの横を歩いて話し掛ける。


「ミーア、家に着いたら、私の家族を紹介するね」

「ええ。よろしくお願いしますわ」

「父様はミーアのこときっと大好きになるし、母様はミーアと気が合うよ。妹のセリカは私のことを覚えていないから、私と一緒にセリカのお姉ちゃんになれるね」

「アリスはもしかして、わたくしを元気にしようとしているのですか?」


 バレバレだった。

 私が旅経つ時は家族がいたから寂しくはなかった。でも、ミーアは……


「寂しい気持ちはありますわ。でも、寂しいだけではありません。誰よりも幸せになるという決意もあります。幸せを掴むために巣立つ時が来たのですわ」

「そうだね。ミーアは誰よりも幸せにならなきゃね」


 誰よりもミーアが幸せになることはレオーネの願ったこと。

 きっとミーアなら叶えれるはず。

 お手伝いになるか分からないけど、まだ一緒にいてもいていいよね。

 ううん。お手伝いとかそんなことじゃなくて、私がミーアと一緒にいたい。


「…… ユンナーと一緒に暮らしても良いと思うけど、私の家で一緒に暮らすのはどう?」

「邪魔になるのでは?」

「だって、今さら一緒に暮らさないのは変じゃない? 私たち姉妹みたいだし……」


 自分で言っておいて、恥ずかしくなった。頬が赤くなるのを感じる。


「そうですわね。わたくしもアリスと一緒に暮らしたいです」

「うん! でも、私が姉だからね」

「それは違いますわ! わたくしが姉に決まっています」


 ムッとした私はミーアの背後に回り、お腹を全力でくすぐった。体を捩りながら、ミーアは大きな声で笑う。


「アッハハハハハハハハ!! 止めるのですわ! ハッハハハハ」


 ヨハンの大きな声で、ミーアをくすぐっていた手が止まる。


「聖ソフィアが見えるぞ!」


 私は笑顔で駆け出した。

 ダイロ山をもうすぐ越える。


 アルフヘイムでは色んなことを経験して、私は強くなった。魔眼も制御できるようになったし、霊気操作もできる。レオーネの奥義だって受け継いだ。

 強くなったけど、私はもっと強くなりたい。

 レオーネに教えてもらったことを魂に刻んで、私はレオーネを超える。

 ――そして、最強の騎士になる!



 ダイロ山を越えて、私は実感する。

 自分が国に還ってきた。




【第一部 冒険編 完】
















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