第53話 お前たちを愛している


「できないよ!!」


 私の金切り声が響いた。


「背中の傷からグルンディスにラルヴァ因子を移された。ラルヴァ化のせいでお前たちを襲いそうだ。ラルヴァ化を必死に止めているが、もう限界だ。このままだとお前たちを襲ってしまう。完全にラルヴァへと変化する前に、私を殺せ」

「そんなの嫌だよ!! 私、レオーネを殺したくない!!」

「甘えるな!! 私がラルヴァになれば、皆死ぬぞ! お前は騎士になるんだろ!」


 黙って首を横に何度も振る。

 レオーネを殺せだなんて……


 私はハッとする。

 待って。私ならラルヴァ化を止めれるんじゃ…… ?

 だって、私はルークをラルヴァ化から元に戻した。


 自分の魔眼に触れる。

 浄天の魔眼の力なら……


「…… 限界だ。もう止めれない。私を殺せるのはお前だけだ。アリス、私を殺せ!!」


 レオーネの意識が消えて、私たちに向かって動き出す。


 覚悟を決めろ。自分の力を信じろ。

 大切な人を私が救うんだ!!


「ヨハン、剣を借りるよ!」


 ヨハンから剣を借りて、剣に霊気を纏わせる。 そして、レオーネの斬撃を剣で受け止めた。


 グァーンと鈍い音がする。

 レオーネの剣はズシッと重い。


 意識を失っているレオーネは霊気を操作していない。

 なのに、この重さ。

 レオーネの肉体はしなやかな柔らかさを見せれば、時には鋼鉄のような強靭さも見せる。

 厳しい稽古を重ねて、レオーネはこの肉体を手に入れた。その剣が軽いわけがない。


 魔眼や霊気に頼り過ぎるなとレオーネはいつも言っていた。それは肉体の鍛練を怠るなという意味だ。

 レオーネの剣を受ける度にそのことを学ばせられる。


 レオーネの連続攻撃。

 後ろに下がりながら避ける。


 レオーネの猛追は続く。

 目では終えているから、避けることはできる。

 でも、時間が過ぎるほどレオーネはラルヴァに近づく。

 隙を作らないと……


 横薙ぎの一撃が私を襲う。

 私は腰を低くして、レオーネの斬撃を潜るように躱して、一気に間合いを詰めた。


 拳に霊気を乗せて放つ。


光霊掌こうれいしょう!!」


 レオーネが吹き飛び、後方に下がった。

 しかも、霊気操作がないから防御力が下がっている。光霊掌がかなり効いているみたいだ。

 レオーネが膝をついている。


 私はレオーネへの追撃は止めて、その場に立ち止まった。

 ルークを助けた時のことを思い出す。

 きっとできるはず。


 剣と腕にもっと霊気を集めろ。白い光が輝くまで。

 魔眼にも霊気を集中させる。赤魂石せっこんせきとそれに纏わりつく負の感情を見つけるんだ。

 もう霊気は脚だけでいい。他はいらない。


「アリス!!」


 ミーアたちが私の名前を呼んでいた。

 きっと私が動かないから。


「信じて!!」


 一言だけ言った。


 他にも何かを言っているけど、もう聞こえない。

 今までで、一番集中している。

 森の音も風の音も何も聞こえない。


 レオーネの胸の辺りにボンヤリと何かが見えてくる。

 赤魂石とそれに纏わりつく黒い泥状の物。そして、邪法のせいで残った邪気。


 グルンディスを倒した時みたいに、もう一度突きの構えを取る。

 でも、今度の突きは大切な人を救うための技。


 レオーネは私の構えを見て、大剣を頭上でブンブンと回す。

 遠心力を使って、私を真っ二つに斬る気だ。あんなのまともに喰らったら、命はない。


 地面を渾身の力で蹴り出す。

 レオーネの元へ一気に駆ける。


 遠心力を利用した横薙ぎの一撃が来る!

 横薙ぎの動作に入った。

 魔眼で予測すると、大剣は胴の真ん中を通る。


 躱すには……

 止まったら駄目だ!!

 このまま行く!!


 走った勢いのまま、レオーネに向かって跳ぶ。

 横薙ぎの斬撃が足裏スレスレを通り、風圧で足裏の皮がビリビリと剥がれる。


 剣の勢いをつけるために右腕を後ろへ引き、レオーネの胸に向かって突きを放つ。

 レオーネを苦しめる全ての物を破壊するために。


 突きの衝撃でレオーネが吹き飛び、私も突きの勢いで地面に転がった。

 でも、直ぐに立ち上がって、レオーネの元に急ぐ。


「レオーネ、起きて! レオーネ!! 死なないで! レオーネ!!」

「うるさい!」


 レオーネが目を覚ました。


「ミーア!! レオーネを回復して!!」


 急いでミーアは私たちの元に駆け寄る。


「どうして私は死んでいない? ラルヴァ化が消えた…… ?」

「私が治したの!」

「アリスが? そうか。これがお前の魔眼の力か」


 私とミーアは安心して、寝ているレオーネの側でぐしゃぐしゃに泣いてしまう。


「二人とも泣くな。私は…… いや、やはりもう駄目だな」

「…… え?」

「魔眼で私の体を見ろ」


 魔眼の解放を解いていたので、もう一度魔眼を開放状態にした。

 ミーアも魔眼に霊気を集中させる。


「どうして…… ?」


 消したはずの赤黒いモヤがレオーネの全身から見えていた。

 邪法の邪気も消したはずなのに。


「ミーア、痛みを失くす魔法はないか?」


 わなわなと唇をと震わせながら、ミーアは頷く。

 レオーネに両手を向けて、魔法を発動する。


『エル・レクリオ この者に一時の安らぎを与えよ』


 レオーネは横になったまま手足を軽く動かす。


「痛みはない。楽になったな。ミーア、ありがとう」


 レオーネは弱々しい手でミーアの頭を優しく撫でる。


「止めてください。わたくしは……」

「ミーア、すまんな。せめてお前が成人するまでは見てあげたかった。そんなにメソメソと泣くな。前もって死ぬことは言ったはずだぞ」

「でも、そんな…… 急過ぎますわ」


 レオーネは口を手で覆って、コンコンと空咳をする。

 手と口元には真っ赤な血がついていた。

 それを見て、レオーネはフッと小さく笑う。


「ミーア、お前は賢い子だ。お前の母のシアに良く似ている。以前にも話したが、私が死んだら、直ぐに国を出ろ。アリスの国へ行け。私の従姉妹のユンナーを頼れ。きっと良くしてくれる」

「そんなこと聞きたくないですわ!」


 ミーアは涙を流しながら、首を何度も横に振る。

 私も涙が止まらない。


「いいから聞け」


 レオーネはミーアの肩をグイッと掴んで、ミーアを見つめながら言う。


「ミーア、お前はもっと自分のことだけを考えろ。そして、誰よりも幸せになれ」

「…… 分かりましたわ。わたくし、誰よりも幸せになってみせますわ!」


 ミーアは泣き顔のままニッコリと笑った。

 悲しくて悲しくて、とても辛いはずなのに。


 次にレオーネは私の肩を掴んだ。

 薄緑の瞳が私を見つめる。


「アリス、お前は強くなった。上級ラルヴァを倒せるほどにな。だが、お前は優し過ぎる。今はまだ良い。だが、剣士として騎士として生きていくなら、覚悟を決める時が必ず来る。よく考えろ。だが、私はお前の優しいところが大好きだ」

「うん。私もレオーネが大好き」

「そうか。アリス、ヨハンたちを呼んでくれるか?」


 私は頷き、急いでヨハンたちをレオーネの元へ連れてくる。


「レオーネ様、申し訳ございません。私は貴女を巻き込んでしまった」

「それは違う。私は既に死ぬことが決まっていた。そのことはこの二人も承知してる。だから、ヨハンは何も悪くない」


 レオーネが起き上がり、胡座で座る。


「ヨハン…… いや、ヨハン殿下。あなたを私の弟子にすることができて、良かった。殿下の道は茨の道だ。だが、殿下には不思議な魅力がある。今後はその魅力が殿下自身を助けてくれるはずだ。どうか強くあられよ」

「はい。道の先を叶えるため、強くあります」


 レオーネは頷き、ギルベルトの方を見る。


「ギルベルト殿、私は貴方に感謝したい。貴方はミーアと仲良くしてくれている。どうかこれからもそのまま仲良くしてやって欲しい。種族の違いはあるだろうが、どうかよろしく頼む」

「俺で良ければ一緒にいます!」


 レオーネはヨハンとギルを見て、満足顔になった。


 ゴホッとまた咳き込む。


「…… アリス、ミーア、私が死んだら、亡骸は直ぐに燃やせ。魔眼を盗られるわけにはいかない。それにこの体は邪気で穢れていて、森の毒になる。できれば、骨も残らずに燃やして欲しい」


「……」

「……」


 グスッグスッと泣き声しか聞こえない。

 私とミーアは返事ができなかった。


 気にせずにレオーネは話を続ける。


「ミーア、私の亡骸は燃やしたら、直ぐにアルフヘイムから出ろ。カリギュラス王に見つかるな。できれば、ライ様には直接会わず、ゼルスに手紙を頼め。それから…… アリス、龍元光を忘れるな」


 すると、レオーネは声を出して笑う。


「あー、お前たちに言わないといけないことが沢山ある。覚悟はしていたが、死にたくないと思ってしまったぞ」


 私たちはレオーネに向かって叫ぶ。


「生きてよ!」

「生きて下さい!」


 レオーネは私たちを見て、苦笑する。

 すると、レオーネは私たちの肩に手を回して、ギュッと抱き締める。

 レオーネの体は冷たかったけど、少し温かい気持ちになった。


「お前たちをちゃんと抱き締めるのは初めてだな。お前たち、こんなにも…… 細かった…… のか」


 レオーネの言葉が途切れ途切れになるが、私たちは気づかないフリをする。


「そうだよ」

「わたくしたちは子どもですから」

「そうか。お前たちは…… そうだな。まさかお前たちと…… 離れることが…… こんなにも…… 辛いとは思わなかった」


 私たちの肩に腕を回したまま、レオーネは私たちの顔をじっと見つめる。

 そして、レオーネは今まで見たこともない満面の笑みを私たちに見せた。


「ミーア、アリス…… お前たちを愛している」


 すると、レオーネの瞳から生気が抜けていく。


「私も愛してるよ」

「わたくしも愛してますわ」

「そう…… か」


 倒れ込むレオーネの体を私たちは抱き締める。

 そして、レオーネは満足した顔で静かに息を引き取った。




















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