第51話 公爵派の襲撃


 私たちはイーサ林道を歩いていた。

 カリギュラス王の嫌がらせで馬車に乗れなかったから。

 歩くのは別に良いんだけど、ワンピースが長いから嫌になってくる。

 そう言えばと思って、ヨハンに質問をする。


「どうしてヨハンたちが襲撃されたことを知っていたんだろう?」

「それは俺も是非カリギュラスに聞きたいな」


 ギルがヨハンの代わりに私の質問に答える。


「あの襲撃はカリギュラス王の仕業だと思うな。俺たちがガルリオーザからアルフヘイムに入ることを知っていたのはカリギュラス王とその側近たちだけだからな」

「じゃあ、カリギュラス王はヨハンの正体も知っているの?」


 今度はヨハンが答える。


「当然知っているだろうな。俺の前で態々わざわざハインツベルグの名前を出したくらいだからな」

「ハインツベルグってヨハンが敵って言ってた人だよね?」

「そうだ。公爵であり、聖ソフィアで最も力のある人間だ」


 ヨハンとギルの雰囲気がだんだん悪くなる。気まずいなと思った。

 私は明るい話に切り替える。

 初めてレオーネに会った時の話やエストー村での話、他にも色々と話をした。

 二人とも和やかな雰囲気になって私の話を聞いてくれる。


 イーサ林道の先はギムト村しかないので、この林道を使う人は殆どいない。今なんて、私たち三人しかこの道を歩いていない。

 林道なので道の両側は深い森が広がっている。時々、野生の動物が飛び出してくることもある。この森にも下級のラルヴァが生息しているので、一応気をつけないといけない。


「それでね――」


 私は話を止めた。

 嫌な気配を感じて、直ぐに魔眼を開放状態にする。

 魔眼で左右の森を確認した。

 森の中に白と赤が混ざったような点がいくつも見える。

 これは戦う時に見える色だ。稽古の時にレオーネとヨハンがいつも発していたから分かる。その森の中の点はだんだんと私たちに近づいてくる。


「ヨハン、ギル、剣を抜いて!!」


 私が剣を抜いたのを見て、ヨハンたちも剣を抜く。耳を澄ますと、茂みの揺れる音が大きくなってきた。

 敵が来る。


 この服だと動くのに邪魔だと思った。


「レオーネ、ごめん」


 レオーネからもらったワンピースを膝下からビリビリと破り捨てた。


 霊気を吸収して、魔法を発動する。


『オグ・エルラント! 光よ、我らを守れ』


 光が薄い膜となって、私たちの体を包む。私の魔法だから短時間だけど、防御力は上がる。


 バサッ!!


 茂みから黒頭巾を被った人たちが現れた。

 逃げないように私たちのを周りを囲む。

 一斉に剣を抜くが、直ぐには襲ってこない。剣を抜いて待ち構えていた私たちを警戒をしている。


 魔眼で人数を確認しながら、感情の色を確かめる。やっぱり白と赤。しかも、色はだんだんと濃くなっている。私たちを襲う気満々だ。


「ギル、ヨハンを守れる?」

「もちろんだ。任せろ! ヨハン様は俺が命に代えても守る」

「馬鹿を言うな。俺も戦うぞ!」


 悪いけど、この敵と戦うにはヨハンでは実力不足だ。


「ギル、ヨハンを魔法で守って! 私がこいつらを倒す」

「待て! お前一人では――」


 ヨハンが何か言ったようだが、もう聞こえない。私は前方の敵に向かって、既に駆け出していた。

 魔法を発動する。


『エル・ラニアス! 重きを忘れよ!』


 体が軽くなり、更に霊気を全力で吸収する。

 霊気の込もる脚で地面を蹴った。


 一瞬で敵の前に移動する。

 黒頭巾で顔は見えないが、反応で驚いたように見える。

 黒頭巾は咄嗟に剣を振るが、私は霊気を纏った剣で簡単に弾いた。

 そして、がら空きになった腹部を左の掌で突く。黒頭巾の腹は沈み、近くの大木に向かって吹き飛んだ。


 これは私の作った技、光霊掌こうれいしょう

 剣に霊気を乗せて放出できるなら、組手でも応用ができると思った。

 それに、この技なら相手を殺すことはない。

 エルザニアに覚悟を持てと言われたけど、私はまだ人を斬るような覚悟は持てない。


 黒頭巾は十人いたから、残りは九人。


 一人を倒すと、続けて三人も光霊掌で倒す。

 黒頭巾の一人が声を上げる。


「女に構うな、先にヨハンを殺せ!!」


 ヨハンの近くにいる黒頭巾たちは私を無視して、ヨハンへ攻撃を仕掛ける。

 ギルが魔法を発動する。


『イル・フラニース! 光よ、我らを守る盾になれ!』


 ヨハンの前に光の壁ができあがり、黒頭巾たちからの攻撃を防いだ。

 しかし、光の壁は一度攻撃を防いだだけで、壊れてしまった。


「ギル! 任せて!!」


 ヨハンの方にいる黒頭巾は三人。

 私は一気に駆ける。

 黒頭巾は私に反応して剣を振るが、既に振り遅れている。宙を舞い、黒頭巾の後方に着地した。即座に、光霊掌で三人を吹き飛ばす。


 これで、残りは三人。


 そのまま動きは止めない。

 身を翻して、残りの三人の方へ向かう。

 一人、二人と倒した。


 そして、最後の一人と対峙する。


「我らの邪魔をするな!!」


 最後の一人が吠えた。男の声だ。


「友だちを助けるのは当たり前よ! どうしてヨハンを襲うの?」


 黒頭巾の男は鼻で笑って答えない。


「貴様ら、ハインツベルグの犬だな?」


 ヨハンが男を睨んで言った。


「だから、カリギュラスは俺たちを歩かせたのか。俺たちを襲いやすいように。カリギュラスではなく、貴様らが襲ってきたのは貴族の面目を守るためか。くだらん。犬は犬らしく、ご主人様の元に帰れ!」

「黙れ!! 何も知らないくせに。俺は…… お前を殺さないと……」


 黒頭巾の男は胸元から何かを取り出した。

 手のひらに乗る小さな玉だ。良く見ると、玉の表面がドクドクと波打っている。


 あれは何? 気持ち悪い……


 男はその玉を飲み込んだ。

 そして。


 ズブ!!


 男は剣で自分の心臓を刺した。ジワリジワリと血が流れ、剣を抜くと噴水のように血が噴き出す。


 私は呆気に取られて見ていた。

 だけど、男は勝利を確信したように笑う。


「俺は…… 死ぬ…… だが、お前たちも死ぬ。これで俺の――」


 突然、男の全身がビクンビクンとあの玉のように波打ち始めた。体の部位が色んな方向に曲がり、バキバキと音を立てて体が変形していく。

 見る見るうちに男の体は大きくなり、その大きさに着ていた服が耐えられなくなって弾け飛ぶ。


 変形が終わった。

 私は思わず後退りをする。

 多分、男は普通の人間だったはず。今、男からは途轍もない邪気が発せられている。

 大きくなった体は元の体の倍はあり、ゴツゴツとした筋肉に覆われている。全身は赤黒く、手には何でも切り裂けそうな鋭い爪。目はギョロギョロと動き、口から涎を垂らし続けている。

 一番特徴的なのは胴から胸にかけて巨大な口があり、大きな牙が見える。

 男はもう人間じゃない。男はラルヴァになってしまった。


「ゴガァァアアーーー!!」


 鼓膜が潰れてしまいそうな大声。顔を少し背けてしまった。


 その隙にラルヴァは移動して、倒れている黒頭巾全員の首に噛みつく。一瞬でラルヴァの全身は返り血で血だらけになった。


「何なのあいつ……」


 理解不能な行動に恐怖した。


「アリス!!」


 ヨハンの叫び声で我に返る。

 その直後、ラルヴァが私に向かってきた。


 速い!!


 鋭い爪の攻撃を剣で防ぐが、その衝撃で後ろに下がってしまう。しかも、剣がビリビリと揺れる。手も痺れる。何度も攻撃を受けると、剣が持たない。


「ギル、もう一度ヨハンを守って」


 魔法が発動され、ヨハンたちを守る光の壁が見えた。


 ラルヴァはジリジリと私に近寄る。一気には来ない。あのラルヴァはきっと私のことを獲物だと思っている。


 魔眼に霊気を集中させ、予測能力を高める。


 もう一度私に向かってきた。嵐のような攻撃。左右の爪を使った攻撃に蹴り技まで使ってくる。

 予測して躱すがラルヴァの攻撃は速く、掠って体の至る場所から出血してしまう。

 あの鋭い爪は掠っただけで、深い切り傷ができる。


 痛い!!


 だけど、攻撃の流れの中に動作の乱れを見つけた。爪の攻撃をしてから、蹴りを出す動作が少し遅れる。


光霊掌こうれいしょう!!』


 動作の乱れた隙を狙って、光霊掌を放つ。

 腹部に当たるが、全く沈まない。だけど、同時に放つ霊気の衝撃で後ろに下がった。


 私も後ろに下がって、ラルヴァから更に距離を取る。


 このラルヴァの皮膚はとても硬い。私の剣が当たっているのに全く傷がつかない。

 なら、強力な技を出すしかない。

 魔法の効果もちょうど切れてきた。もう一度、自分に魔法を使う。


『エル・ラニアス! 重きを忘れよ!』


 魔眼と脚、そして右腕から剣に霊気を集中させる。


 ラルヴァに対して半身になり、剣を右手で胸の辺りに持ち、剣先をラルヴァに向けた。


 これは突き技の構え。外すと、間違いなくカウンターを喰らう。

 一撃必殺だけど、諸刃の剣。

 だけど、私は大丈夫。私には敵の攻撃を瞬時に予測ができる魔眼がある。

 だから、手の震えなんて気にするな。私は怖くない。

 ――自分の力を信じろ!


 更に剣へ霊気を纏わせる。

 剣から白い光が輝く。


 ラルヴァも動かない。私の動きを待っているみたい。もしかしたら、警戒をしているのかもしれない。


 額から汗が地面に落ちた。


 全力で地面を蹴り、ラルヴァまで駆け出す。ラルヴァは私の動きに反応して後ろに下がる。


 何かを誘っている?

 気にしない! このまま行く!!

 止まるな! 行け!


 爪が見えた。

 重心をずらして、ラルヴァの攻撃を躱した。

 次にラルヴァは蹴りを――


 私の方が速い!!


光霊剣こうれいけん!!」


 ラルヴァの胸に向かって突きを放つ。

 全力の霊気の斬撃だ。

 ラルヴァの胸にぶつかる。巨大な口がある場所だ。


 硬い、でも……


「イッケェーーー!!」


 ラルヴァの体を霊気の斬撃が貫いて、胸の辺りに大きな穴ができる。

 その衝撃で大きな体のラルヴァも吹き飛んだ。


「ハァハァハァハァ――」


 膝をついて、息を吐く。胸で呼吸をしてしまう。


 バキバキバキ……


 という音を立てて、剣が粉々になってしまった。地面に剣の欠片が落ちる。


 父様から貰った大切な剣だったけど……


「ありがとう、お疲れ様」


 ラルヴァが吹き飛んだ方を向くと、大きな赤魂石せっこんせきが見えた。

 無事倒したようだ。


 私はフラフラと歩きながら、ヨハンたちの元へ戻った。


「ヨハン、ギル、大丈夫?」

「お前こそ大丈夫なのか!?」


 私は思わずヨハンの顔を見つめた。

 とても疲れたけど、ちょっと嬉しい。


「そんな顔、初めて見た」

「何を言っている?」


 ヨハンがとても焦った顔をしている。

 こんなヨハンの顔は初めて見た。いつも澄ました顔をしているのに。

 頑張った甲斐があったのかもしれない。


「でも、ちょっと肩を貸して」

「ああ。いくらでも貸してやる」


 取り敢えず、もう安心だ。

 後は帰るだけ。


 バキン、バキバキバキ!!


 色んな場所から嫌な音がした。

 ラルヴァに首を噛まれて殺された人間たちが寝ている場所から。


 恐怖でガチガチと歯が鳴ってしまう。


「どうして!?」


 死んだ人間たちがさっき倒したラルヴァに生まれ変わっていた。


 ヨハンの肩から離れる。

 折れた剣を握り、霊気を吸収する。けれど、直ぐに霊気は体から抜けていく。

 もう一度膝をついてしまった。

 私の体が限界なのは自分が良く分かっている。


 私、どうしたらいいの?

 このままじゃ、ラルヴァたちに殺される。

 早く逃げなきゃ。でも、どうやって?

 …… 誰か助けて。


「やれやれ。こんなこと前にもあったな。私はお前を助けてばかりだ」


 それは安心する声だった。


 顔を上げると、青く美しい髪が目に入った。私の心を支配していた絶望が消えていく。


 目の前にはレオーネが立っていた。
















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