第49話 緑のワンピース
半月ほど前、カリギュラス王の使者がヨハンを訪ねた。
カリギュラス王との謁見のためだ。本当はヨハンたちがアルフヘイムに着いた時点で謁見する予定だった。
そして、今日が謁見の日。
ヨハンたちは後十日ほどで帰国する。帰国直前に会うことになったのはカリギュラス王が今日を指定したためだ。
カリギュラス王と会うので、ヨハンたちは正装をしている。
二人とも黒色の服装で、襟が長く服の正面には色んな飾りが付いている。
しばらくすると、迎えの馬車が来た。
レオーネがヨハンに言う。
「私が共に行こう」
レオーネの体は以前に比べてかなり痩せた。それに顔も青白い。
レオーネの体調が良くないことはヨハンたちも気がついている。
「いえ、俺たちだけで大丈夫です」
「しかし……」
だけど、レオーネは食い下がらない。
「なら、私が行くよ!」
体調の悪いレオーネには行ってもらいたくないので、私が代わりに行こうと思った。
なのに、レオーネは心配そうな顔で私を見つめる。
「お前が行くのか? 余計に心配だ」
「何でそんなこと言うの! 私に任せてよ。大丈夫だから」
「…… ヨハン、アリスで構わないか?」
「はい。アリスに来てもらいたいと思います」
「そうか。ヨハンが言うなら…… アリス、呉々も迷惑を掛けるなよ」
少しムカッとして、口を尖らせて言う。
「大丈夫! 私だって成長しているんだから」
「そうか」
と言って、レオーネは嬉しそうに微笑み、私の頭を撫でる。
「いつまでも子ども扱いして。止めてよ」
と言うが、私はレオーネの手を退けない。だって、レオーネに頭を撫でられるのは嫌いじゃない。
「私にとってお前はいつまでも子どもだ」
「もう! またそんなこと言う」
何かに気がついたようにレオーネは私をまじまじと見つめる。
「アリス、この服では城に入れん。ヨハン、時間は問題ないか?」
「ええ、大丈夫です」
レオーネがミーアに呼び掛ける。
「ミーアも手伝ってくれ」
「分かりましたわ」
私たちはレオーネの家に戻った。
家に入ると直ぐに服の選定が始まる。
「なんでもいいのに……」
「何でも良くありませんわ。人前に出るのですよ」
数分後、レオーネが声を上げる。
「見つけた!」
箪笥から取り出したのはボロボロの黒のワンピース。白カビや穴が沢山ある。何とか服の形を保っている感じ。今にも千切れて粉々になってしまいそう。
しかも、変な臭いもする。
鼻を摘まんで、顔をピクピクさせながら聞く。
「いつのやつ?」
「二百五十年前ぐらいのものだな。私が子どもの頃に着ていた。エルフの服は物持ちが良いんだ」
「物持ちって…… ボロボロだよ!? もしかして、私が着るの?」
「そうだ。ミーア、頼めるか?」
「もちろんですわ!」
ミーアはワンピースに手を翳して、魔法を発動する。
『レクティオー!!』
すると、ワンピースの穴が塞がり、白カビも消える。更にワンピースは黒色から鮮やかな緑色に変化する。ワンピースの色は黒色だと思っていたが、それは黒カビだった。
とても可愛い緑のワンピースになる。
「その魔法って服も直せるの?」
「復元魔法ですから、当然ですわ。対象物は何でも構いません」
「スゴい! やっぱり私にも教えてよ!」
ゴチッと頭を殴られる。
レオーネの拳骨だ。
「レオーネ、痛い!」
「当然だ。さっさと着ろ。ヨハンたちを待たすな」
緑のワンピースをテキパキと着る。
「とても似合うな」
「アリス、可愛いですわ!」
クルリとその場で回る。
とても動きやすい。薄い服なのに寒くない。それに、私のブロンドヘアはこの緑色に良く映える。
それにニヤニヤと笑ってしまう。
褒められたら嬉しいよね。
「頬が緩み過ぎだ。アリス、剣を持ってけ」
少し首を傾げたが、用心のためだと思って、自分の剣を腰に差す。
「さ、行くぞ!」
ヨハンたちの元へ急いで戻ると、ヨハンたちは先に馬車へ乗っていた。
馬車へ乗る前に、小さな声でミーアに話し掛ける。
「直ぐに戻ってくると思うけど、レオーネのことをお願い」
「分かっています。気をつけて行くのですわ」
「うん」
私も馬車に乗り込む。
そして、馬車はクレール城に向けて出発した。
馬車が王都ディニタスへと続くイーサ林道に入って、少し時間が過ぎた。
ヨハンとギルが隣同士で、私は二人の向かいに座っている。
二人とも無言で目を閉じている。馬車の中はとても静かだ。静か過ぎるこの空気に堪えれなくて、私は二人に話し掛ける。
「ヨハン、ギル」
呼び掛けると、二人とも目を開けて私を見る。
しまった。
話題を何も考えていなかった。
「何だ?」
ヨハンが仏頂面になって聞いてきた。
レオーネに正体がバレてから、ヨハンは素でいるようになった。
素のヨハンの方が好きだから、私は良いと思う。
「早く話せ」
この命令口調は少しイラッとするけどね。
私は態とらしく咳払いをして言う。
「二人とも分かっていると思うけど、王の目は見ちゃ駄目だからね」
「魅惑の魔眼のことだな。問題ない」
ヨハンが答えるとギルも言う。
「大丈夫。俺も分かっているよ」
「そう、それなら良いんだけど……」
心の中で頭を抱える。
カリギュラス王に会うんだから。それぐらい知っているよね。
話すことがなくなってしまった。
どうしよう…… ?
すると、ヨハンが口を開く。
「アリス、俺の仲間になることは決めたか?」
まさかその話が来るとは…… その話はしたくなかった。
ずっと有耶無耶にしてたのに。
「それはまだ……」
ヨハンから視線を外して言った。
「もう一度言う。俺にはお前が必要だ。俺の騎士になれ」
どうしてそんなに真っ直ぐなの?
私の心が揺れる。ヨハンと一緒にいたい。あなたについていきたい。
その気持ちを取り払うようにブンブンと顔を横に振った。
ヨハンには不思議な力がある。
ふと気がつくと、いつもヨハンを見ていたくなる。側にいたいと思ってしまう。
だけど、私は……
「…… でも、ヨハンにはギルがいる」
「俺か?」
ギルもヨハンと同じで迷いのない表情をして言う。
「ヨハン様を守る騎士は強くあって欲しい。そして、アリスは俺よりも強い。それに信頼もできる。俺もアリスにヨハン様の騎士になってもらいたい」
答えは決まっている。
でも、二人に言われて考えてしまう。
仲間になりたいと……
今度は二人の目を見て言う。
「私はヨハンとギルの友だち。だから、何かあれば助けるよ。でも、私は――」
言い掛けた時に、馬車が止まった。
馬車の窓からクレール城が見える。
「着いたようだな」
私はホッと胸を撫で下ろす。
話が有耶無耶に終わってくれた。
「アリス、返事はまた聞く」
有耶無耶にはできないみたい。ちゃんと答えを言うまで逃してくれない。
私は溜め息をついて俯いた。
そんな私を見て、ヨハンは言う。
「言うのを忘れていた。アリス、とても綺麗だ」
「え!?」
私は直ぐに顔を上げる。
だけど、ヨハンはもう馬車のドアノブに手を掛けて、クレール城を睨んでいた。
「行くぞ」
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