第44話 廃嫡王子からの誘い


「俺の本当の名はヨハン・フォン・バジウスドソフィア」

「ソフィア?」

「俺は廃嫡された王子だ」

「えーー!! ヨハン、王子様なの!?」


 まさかヨハンの正体が私たちの国の王子様だなんて……


 私が驚いた顔をしていると、ヨハンは溜め息をついて言う。


「廃嫡されたと言っただろう? だから、今の俺は王子ではない」

「あ、そっか。でも、どうして廃嫡されたの? 廃嫡って、家を継ぐ権利を失うってことだよね」

「俺の父フリードリヒは実弟のカールによって殺された。そして、カールが王となり、俺はカールによって、王太子の権利を剥奪された」


 つまり、ヨハンは叔父に父を殺されたってこと?

 とても辛い話なのに、どうしてヨハンは表情を変えずに話すことができるの?

 なんだか悲しくなって、私は俯いてしまった。


「気にするな。王権争いは良くある話だ。前王の息子である俺は廃嫡されたから立場が弱い。だが、公爵派やカールにとって、前王の息子である俺は邪魔な存在だ」

「公爵派?」

「ハインツベルグ公爵を中心とする派閥のことだ。既に貴族の大多数が公爵派で、国政を支配している。アリス、ヴァリオン周辺に来たことがあるか?」

「ヴァリオン?」

「俺たちの国の王都だ。王都の名前を知らなかったのか?」

「だって、行ったことなかったし」


 私は口を尖らせて言った。

 王都の名前を知らなくて、恥ずかしかった。顔が熱くなるのを感じる。

 そんな私を見て、ヨハンが軽く声を出して笑った。

 私が目を丸くしてヨハンを見つめると、ヨハンは何もなかったかのように表情を引き締め直した。


「ヴァリオン周辺は特に酷い。公爵派の貴族によって、民が虐げられている」

「虐げられるって…… 貴族って私たちに優しくないの?」

「そう思うのはお前がシュタイナー伯爵が治めるエルガルの人間だからだ」


 あの時、私が貴族を褒めるようなことを言ったから、ギルは答えにくそうにしたのね。


「民を救うために、ヨハンたちは公爵派の貴族と戦っているんだね?」

「そうだ」

「でも、どうして私に話すの? この話って、とても大切な話よね?」


 私の質問に答えないで、ヨハンは話を続ける。


「俺には成し遂げなければならないことが二つある」


 ふと視線を下にすると、ヨハンは拳を強く握り締めていた。

 表情が変わらないなと思っていたけど、私に気持ちを見せないようにしていただけみたい。


「一つ目は貴族の圧政から民を救うこと」


 私は黙って頷く。


「二つ目は王位を奪還し、ロンガル帝国から聖ソフィアを守ること」


 魔眼で見えたあの猛炎の正体はこのことだったんだ。出会った時と同じ様に強い覚悟を感じる。今は魔眼を使わなくても、ヨハンの身体から抑えきれない想いが溢れだしているのが分かった。


 でも、ロンガル帝国?

 思わず首を傾げた。


 ヨハンがちゃんと説明をしてくれる。


「公爵派の貴族たちはロンガル帝国での立場と引き換えに、俺たちの国をロンガル帝国に売り渡そうと考えている」

「売り渡す?」

「聖ソフィアをロンガル帝国の属国にするということだ。そうなれば、聖ソフィアの民たちはロンガルの奴隷に堕ちてしまう」

「奴隷?」


 知らない単語が出てきて、ヨハンにまた質問をしてしまった。

 気にした様子はなく、ヨハンは淡々と答える。


「人としての権利を失い、生きる権利も死ぬ権利も何もかもロンガル帝国に奪われてしまうことだ」

「そんなことって……」

「だが、事実だ。公爵派の貴族たちはそれを考えている」


 信じられない。自分たちが良い思いをするために他の人たちを奴隷にしようだなんて。

 貴族って、一体何なの!?


「俺は王になって国を守る。だが、今の俺には自身を守るための力すら乏しい。だから、俺はレオーネ様の弟子になった。ギルが強くなろうとするのは俺と同じ理由だ…… アリス、お前は俺にどうして自分に話すのかと聞いたな?」

「え、うん」


 ヨハンが私の瞳を見つめて言う。


「アリス、俺たちの仲間になれ」

「え!?」

「お前はこれからもっと強くなる。お前の力を俺に貸して欲しい…… いや、俺たちの国を守るためにお前の力を使わせて欲しい」


 突然の提案に私は黙ってしまった。

 もし、ヨハンの仲間になったらどうなるの?

 何も思い浮かばない。全然想像ができなかった。

 私はラルヴァから皆を守れるような最強の騎士になって、兄様と同じエストー村の騎士になろうと思っていた。

 だけど、ヨハンの話を聞いて……

 自分のことが分からなくなって、私は首を横にブンブンと何度も振る。


「アリス、直ぐに答えろとは言わない。俺の仲間になるということは、国を守るために命を懸けるということだ。よく考えてくれ。だが、俺の想いだけは伝えておく」


 心に響くような声でヨハンは言う。


「アリス、俺の騎士になれ」


 とだけ言って、ヨハンはこの場を去った。


「私がヨハンの騎士に…… ?」


 岩山で一人、私はしばらく呆然としていた。
















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