第26話 第二王子ライ


「帰るぞ」


 ボンヤリとしていた私はレオーネの声で動き出した。ミーアを見ると、ミーアも私と同じようにゆっくりと動き出す。


 四ヶ国武術大会クオンナディア魔女まじょ、破滅の魔眼。

 質問したいことは沢山あるけれど、二人は質問を聞いてくれる雰囲気じゃなかった。


 謁見の間から出ると、兵士長のフランクがレオーネの剣を持って待っていた。

 レオーネに剣を渡してフランクが言う。


「ライ様がお待ちです。ご案内します」

「ライ様が? 案内してくれ」


 ライ様? 誰だろう?


 私たちが案内された場所は執務室みたいな場所。

 部屋は広くて、部屋の中央に革の長椅子が置かれている。

 部屋の奥の窓際に、私よりも少し歳上ぐらいの少年が立っていた。かなりの美男子で、とても賢そうにも見える。


 すると、直ぐにレオーネとミーアがひざまずく。遅れて私も跪いた。


「レオーネ、すまない。三人一緒に呼ぶべきではなかった。父上が迷惑をかけた」

「いえ、ライ様が謝ることでは……」

「それと、私の前で跪くなよ。ミーアもだ。私たちは兄妹だろう? さ、二人とも立て」


 あれ? 私は?

 このまま跪いたままなのかと気になって、少年を上目見る。


「アリステリア、お前も立っていいぞ」


 状況が分からない私は不思議な顔をして立つ。


「アリステリア、私とお前は初対面だからな。まずは挨拶をしよう。私はアルフヘイムの第二王子のライだ。あ、それと私の目は見るなよ。私も魅惑の魔眼持ちだからな」

「え?」


 このライって人も私たちを操るってこと?

 私が警戒しているのを見て、レオーネが言う。


「アリス、この方は大丈夫だ」

「レオーネは私のことを信用しすぎだぞ」

「でしたら、私はもうライ様に操られているということです」

「そうか。なら、私は守護六星剣最強の剣士を仲間にしたことになるな」


 レオーネと仲良く話をしている。信用できる人みたい。


「ミーア、久し振りに会ったんだ。ずっと手紙だけだったからな。私に抱きつかないのか?」

「そ、そんなことできないですわ」

「仕方ないな」


 ライ王子はミーアに近付く。そして、ぎゅっと抱き締めた。


「ミーア、いつも嫌な想いをさせて、ごめんな」

「いえ。お兄様に会えて、わたくしは嬉しいです」


 ライ王子とミーアの姿を見て、私はクラウス兄様のことを思い出してしまった。胸が少し苦しくなる。

 ライ王子がミーアから離れて、私の前に立つ。


「妹と仲良くしてくれてありがとう。ミーアも友だちができたと喜んでいた。手紙はいつもアリステリアの話で一杯なんだ」

「お兄様!!」


 ライ王子は微笑みながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「これからもミーアと仲良くしてくれ」

「はい」


 ライ王子が革製の長椅子へと座る。


「三人ともとりあえずそこに座ってくれ。私が座りたいからな」


 私たちも座る。

 フカフカで、お尻が沈む。こんな椅子に座ったことない。寝転んだら、直ぐに寝れそうな気がする。


「レオーネ、四ヶ国武術大会クオンナディアをどう思った?」

「愚考かと……」

「辛辣だな。だが、私もそう思う。ダキアと国交を開くなどあり得ない」


 ダキアって、どこの国だっけ?

 前に聞いたことがあるような気がする。


「はい。それに、ダキアはエルドゥーツとは停戦協定を結んだそうですが、次はティノア龍皇国りゅうこうこくに狙いを定めていると聞きます」

「それは私も知っている。ティノアは我が国アルフヘイムと同じ小国だが、ティノアは問題ないよ。ティノアの強さはお前が一番知っているだろう?」

「はい。ですが、なぜ王はあのダキアと関係を持とうと思ったのでしょう?」

「分からない。少し前から父上の様子が変だ。だが、四ヶ国武術大会クオンナディアはもう他の三ヶ国も準備を進めているため止められない。レオーネ、すまないが、出場をしてくれるか?」

「はい。王命でもありますので。ですが、ミーアは」

「分かっている。私が何とかする。ミーアを四ヶ国武術大会クオンナディアに出させはしない。だから、ミーアは心配するな。私に任せておけ」

「お兄様、ありがとうございます」


 ミーアがいつもの笑顔に戻っている。さっきまでの辛そうな表情が嘘みたいだ。

 きっとミーアはライ王子が大好きなんだ。


 ミーアとライ王子はしばらく談笑した。二人とも楽しそうだった。


「さて、帰りは馬車で送ろう。歩くのは大変だろう?」


 と言って、馬車を待たせている場所までライ王子が案内してくれる。その間もずっとミーアと楽しく話をしていた。


 ミーアがライ王子に話をして馬車に乗り込み、レオーネはライ王子に一礼をして乗り込む。

 そして、最後に私。私もレオーネと同じくライ王子に一礼をして乗り込もうと思ったら、ライ王子に話し掛けられた。


「アリステリア、ミーアを頼む。これからもミーアと仲良くして欲しい」


 ライ王子の言葉に私は頷いて馬車に乗った。


 馬車が走り出すと、ミーアが横でライ王子に手を振っている。ライ王子も私たちの馬車が見えなくなるまでずっと見送っていた。

 ライ王子は優しいお兄さんだ。私はミーアが少し羨ましいと思ってしまった。



 ギムト村に戻って、直ぐにレオーネの家で寝転んだ。色んなことがあって疲れたから。

 バッと起き上がって、目を覚ますと、すっかり日が暮れていた。


「私、眠ってたみたい」


 家の中にレオーネがいないことに気が付く。


 机の上に書置があった。レオーネは西の森の見回りに行っている。


 お腹はまだ空いていない。暇だなと思って、もう一度寝転ぶけど、なんだか落ち着かない。


「木刀でも振ろうかな」


 外に出て、木刀を振りだす。


 木刀を何度も振っていた。でも、集中は全然していなかった。

 気になることが沢山あるから。

 ミーアの暗い表情、ディニタスの人々のミーアへの態度、それから王のミーアへの態度、魔女と言う言葉の意味。

 全部、ミーアのことだった。


「やっぱり外にいたのですね。木刀を振っていると思いましたわ」


 振り向くと、ミーアがいた。ミーアのことを考えていたから、ちょっと嬉しい気持ちになる。


「ミーア!」

「大声を出す必要ないですわ。わたくしはここにいますのに。今日はごめんなさい。心配をかけましたわ」

「ミーアはもう大丈夫なの?」

「ええ、平気ですわ」


 ミーアが近くの木椅子に座った。ミーアが横に座るようにと私を手招きする。


「アリス、一緒にここへ座って下さい」


 私は言われる通りに、そこへ座った。


「アリス、今日はありがとう。本当に助かりましたわ」

「別にいいよ。気にしないで。私はミーアが元気ならそれでいいの」


 すると、ミーアが私と手を繋いだ。繋いだ手は震えていた。


「ミーア、どうしたの?」


 ミーアは深呼吸をして話す。


「アリスも分かっていると思いますが、わたくしはカリギュラス王の娘ですわ。ライ王子はわたくしの兄です」

「うん」

「王都の中でわたくしを見た者たちが、悲鳴を上げたことを不思議に思いませんでしたか?」

「思ったけど、意味が分からなかったよ」

「そのことについても今からお話をしたいと思います。アリス、わたくしの話を聞いてくださいますか?」

「私、聞くよ。ミーアの話なら私は何でも聞く」


 ミーアは少し笑うと、静かな声で私に話を始めた。

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