第23話 霊気稽古


 魔眼を封印してから二日後。体の疲れもスッキリと取れて、今からレオーネとの稽古を開始する。ミーアも来てくれていて、私たちを離れた場所で見ている。


 私がミーアに手を振ると、ミーアは恥ずかしそうに小さくなって、手を振り返してくれた。ミーアはやっぱり可愛い。


 稽古を始めて欲しいんだけど、レオーネは大きな欠伸をしていた。レオーネはとても眠たそうで、直ぐに目を覚ますのが苦手みたい。


「レオーネ、大丈夫?」

「ああ……」


 元気のない返事。やっぱり眠たそう。


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ


 でも、レオーネは木刀を素早く何度も振る。

 力強くて美しい型。雑になる様子は全くない。一通り剣を振って、木刀の動きを止める。


 レオーネの目がパッチリとしていた。どうやら眠気が飛んだらしい。


「アリス、精霊は見えなくなったが、私の剣の動きは見えていたな?」

「うん。レオーネの剣の動きちゃんと見えていたよ」

「そうか。前に言っていた私の魔眼を使ってやる。アリス、剣を構えろ」

「いいの?」


 私は嬉しそうに木刀を構えた。レオーネの魔眼がどんなものなのか気になる。それに、前は何もできずに負けてしまったから、一撃だけでも当てたいと思った。


「いくよ!!」


 私は勢い良く地面を蹴って、レオーネとの間合いを詰める。レオーネは私が間合いを詰めるまでじっと動かない。

 私とレオーネの間にはかなりの身長差があるから、私は狙いやすいレオーネのお腹を連続攻撃で狙う。


 カン、カン、カン、カン


 木刀のぶつかり合う乾いた音が響く。


 私はレオーネの動きを予測しながら、右へ回り込む。私は小さいから、レオーネは自分の懐の中で色んな風に動かれたら嫌なはず。これは父さまとの稽古で覚えたこと。大きい人は懐に入られるのが嫌だ。

 私を懐に入れても、レオーネは私の攻撃を簡単に木刀で流していく。


 当たり前だけど、やっぱり強い。

 どうしよう? そうだ!

 レオーネが乗ってくれるかは分からないけど……


 私はレオーネの懐から離れて、少し間合いを取る。

 どうしても攻撃が当たらないなら、相手の攻撃を利用すればいい。

 父さまから習った、カウンターだ。


「距離を取るのか? なら、私が攻めるぞ」


 すると、レオーネは私の目の前に一瞬で移動して木刀を何度も振るう。

 レオーネの攻撃を防ぎながら、私は悔しいと思った。

 魔眼でレオーネの動きを追えるのは分かっていた。だけど、私の体がレオーネの攻撃に反応できているなんて、おかしい。レオーネに手加減をされていると直ぐに分かった。


 レオーネが木刀を高く上げた。

 きっと大振りになる。

 体の反応が追いつかないから、レオーネが木刀を振る瞬間に避ける。そして、木刀を戻す前に攻撃を仕掛ける。


 来た!! 大振り!!

 木刀の動きを予測して、ギリギリで当たらないと思う場所へ下がる。そして、木刀が地面に振り下ろされた瞬間に、私は攻撃を仕掛けた。


 レオーネはまだ反応ができてない。私の攻撃が当たると思った。

 力を込めて、木刀を振るう。


 当たると思ったら、前と同じことが起きた。

 視界がグニャンと揺れて、私の木刀が届いたレオーネと私の剣を吹き飛ばすレオーネが見える。

 そして、気がついたら、私は地面に尻餅をついていた。


「惜しかったな」


 レオーネに手を差し出されて、私は立たされる。


「まただよ。前もそう! レオーネと戦っていたら、視界がグニャンと変な感じになって…… あれは何なの?」

「それが私の魔眼の力。収斂しゅうれんの魔眼だ」

「しゅうれん?」

「私の魔眼は無数にある未来から一つの未来を選ぶ力だ」

「どういうこと?」

「私はさっき魔眼の力を使って、私がアリスに一撃を与えられる未来からアリスに尻餅をつかせる未来へと変更した」

「そんなのズルい!! 絶対に勝てないよ!!」

「確かに今のアリスにこの魔眼を使うと私は絶対勝つ。だが、この魔眼は未来の複数ある可能性を選んでいるだけに過ぎない。私と実力が同じくらいのものなら、この魔眼を使ってもあまり意味はない。二秒で勝つ未来は見えないからな」

「二秒って?」

「魔眼の効力の範囲内だ。二秒以上は見えん。二秒で勝てる相手でないと、勝つ未来を選べないというわけだ」

「そっか、二秒でね…… あれ?」


 私、レオーネにバカにされている? お前なんか二秒で勝てるぞって。


「レオーネ、私をバカにしてる!!」

「気づいたのか? てっきり気づかないと思ったのに」

「もう! レオーネのバカ!」

「まぁ、そんなに怒るな。この魔眼を使うと、体力を削られるんだ。アリス、魔眼を使うときに何が必要なのか分かるか?」


 私が魔眼を使っていた時のことを思い出した。たしか魔眼の力を使おうとしていた時に霊気を目の辺りに集中させていた。


「霊気で合ってる?」

「正解だ。では、霊気はそもそも何なのかは知っているか?」

「ううん。知らない」


 霊気は光の帯みたいなもので、霊気を吸収すると強くなることは知っている。父さまが霊気を吸収して強くなっていたし、私も未来の私の力を借りて、霊気を吸収して戦っていた。でも、霊気が一体何なのかは知らない。


「霊気、正しくは精霊気と言う。この世界には精霊七礎を基本として無数の精霊に溢れている。その精霊たちから世界に流れ出ている力のことを精霊気と呼んでいるんだ。ある一定の実力を持つ剣士はこの霊気を体に取り込み身体能力を強化することができる。ユンナーに聞いたが、アリスも霊気を使っていたそうだな?」

「うん。あの時は使えたけど、今は使えないよ」

「そうだろうな。アリス、霊気は今も見ることができるのか?」

「集中したら、光の帯が見えるよ」

「そうか。なら、話が早い。魔眼を制御するためには霊気を自由自在に操らなければならない。今から霊気操作の稽古を始めるぞ」


 そう言うと、私の左肩にレオーネが右手を置く。


「え? 何?」

「霊気操作を修得するには三段階の稽古がある。最初に同調、次に流入、最後は操作。今から最初の同調を行う。お前は一度霊気を操作したことがあるから、霊気を感じやすいはずだ。目を閉じて、私の右手からお前に流れる霊気を感じろ」


 私はレオーネの言われるままに目を閉じた。


 すると、レオーネの右手から温かいものが私の体に流れ込んでいくのを感じる。

 だんだんと体が熱くなる。体はスゴく熱くなっている感じがするのに汗は出ない。それに早く動きたいと思った。


 レオーネの右手が私の左肩から離れた。でも、私の体はまだ熱いまま。


「アリス、目を開けろ。どうだ? 体は熱いか?」

「うん、とても熱いよ。それに早く動きたい」

「今のアリスは私が吸収した霊気と同調している状況だ。体に漲るこの熱い力を持続させるのが最初の稽古になる。気を抜くと、あっという間に霊気は抜けるからな。アリス、私と打ち合うぞ。剣を構えろ」


 私は木刀を構えた。でも、体の中にある霊気が気になって、集中する気持ちが少し緩んだ。


「行くぞ!」


 すると、レオーネが目の前から消えた。私はレオーネを目で追う。

 左に少し動いただけなのに、レオーネの速さがスゴくて砂埃が舞い上がった。そして、そのまま私に向かってくる。

 こんなの反応できるわけがない。

 でも、私の目だけはレオーネの動きに反応をしていたから、左から攻撃を仕掛けてくるのが分かった。

 私は咄嗟にレオーネのいる方向へ木刀を振った。


 ガーン!!


 木刀がぶつかり合う激しい音がした。


「あれ? 防げた?」


 レオーネは私の前に戻って言う。


「これが霊気の力だ。霊気が体に漲ると、反応速度、筋力など全ての身体能力が向上する。今のアリスは私の力で霊気と同調していたから、私の攻撃を防げたわけだ。だが、気を抜いていると――」


 体の熱さが急に冷めていく。それに膝がガクッと震えて、力が入らなくなった。フラッとして、前へ倒れそうになる。


「こうやって倒れてしまうぞ。この霊気が抜けた後にも慣れないといけないな」


 レオーネが私の体を支えてくれた。そして、ゆっくりと地面に座らせてくれる。


「ありがとう。霊気操作ってこんなにも大変なんだね」


 未来の私から力を借りてたから、霊気操作がこんなにも大変だなんて知らなかった。


「霊気操作だけができるようになっても、本当の強さは手に入らない。強い剣士になるためには霊気操作と霊気操作を必要としない自分自身の実力も必要だ」


 レオーネが私の前に座って、言う。


「アリス、お前は強くなりたいと言ったが、その意思は変わってないか?」

「もちろん、変わってないよ。私は強くなって、最強の騎士になるの。だから、私にレオーネの剣を教えてよ」

「前も言ったが、厳しくなるぞ?」

「私、負けないよ! 望むところ!!」


 私の言葉を聞いて、レオーネはニッと笑った。



 それからレオーネの厳しい稽古が始まった。私は霊気の流入まで修得し、剣の実力も上がった。

 でも、魔眼はまだ制御できていない。瞳の色が変化することも一度もなかった。

 あっという間に、二年の月日が流れた。

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