第22話 魔眼封印


 レオーネが村長をしている村に着いた。

 この村はエストー村と雰囲気が良く似ている。藁を敷き詰めた屋根の建物ばかりで、ディニタスみたいな美しさはないけど、不思議と安心した。

 家もポツポツと少ししか建っていないから、村人も少ないのかもしれない。でも、畑は沢山あった。今も畑で作業をしている人たちがいる。


「ここが私の村、ギムトだ。良い場所だろう?」


 歩いていると、畑作業をしていた人たちが動きを止めて、レオーネの周りに集まってきた。


 レオーネは大人気で、色んな人がレオーネに話し掛けている。ディニタスの人たちとは違って、私には興味がないようだった。

 声をかける一人一人に笑顔で話をしているレオーネが見えて、レオーネが本当にこの村が好きなんだと分かった。


「着いたぞ」


 レオーネの家はギムト村の端にあって、小さな一軒家。村人が住んでいる家と変わらない。

 すると。


「レオーネ様ーーー!!」


 レオーネを呼ぶ大声が聞こえた。


 私たちの方に走って来たのは、私より少し背が小さい女の子。真っ白の長い髪に輝くような赤い瞳が印象的。瞳は大きく、鼻は高い。頬はほんのりと赤く染まっていて、ぷっくりとしている頬は指で押すと気持ち良さそう。

 とても可愛いくて、この女の子から私は目が離せなかった。


「ミーアか、帰ったぞ」

「レオーネ様、お帰えりなさいですわ。もしかして…… レオーネ様、この方が魔眼保持者ですか?」


 この可愛い女の子は誰だろう?

 友だちになってみたいな。私から挨拶をしてみよう。


「アリステリア・グロウリアです。アリスと呼んでください」


 私が挨拶をすると、白髪の女の子は笑顔で言う。


「わたくしの名前はミーア・グリーシャ・ナトゥレーザですわ。ところで、あなたはおいくつですの?」

「齢? 九歳だけど……」

「九歳ですか? でしたら、わたくしのことはこれからミーアお姉さまと呼ぶと良いですわ」

「どうしてあなたがお姉さんなの?」

「わたくしがアリスよりも歳上だからですわ。わたくしは今年で二十二歳になりますのよ」


 二十二歳?

 どう見ても私と同じくらいの年頃なのに。やっぱりエルフだから見た目と年齢は違うのかな。ユンナーもそうだったし。


「アリス、エルフは人族に比べて成長速度が遅い。エルフの成人は四十歳だ」

「えっと…… じゃあ、この子は?」

「エルフの子どもだ。お前とあまり変わらない」

「レオーネ様!! どうして言うのですか? もう少しで、わたくしに妹ができましたのに……」


 この子は妹が欲しかったのか。確かに妹はとても可愛い。でも、私はクラウス兄さまだけの妹だから妹にはなれないかな。


「友だちじゃ、ダメ?」

「友だちですか? まぁ…… 仕方ないですわね。あなたがわたくしと友だちになりたいようですし」

「私、ミーアと友だちになりたい!」

「分かりましたわ。アリス」

「うん、よろしく」


 私はアルフヘイムに来て、直ぐに友だちができた。しかも、初めての女の子の友だち。とっても嬉しい!


「ミーア、頼みがある」


 レオーネが真剣な顔つきになって、ミーアに話し掛けた。


「封印のことですわね? レオーネ様、わたくし既に準備を済ませておりますわ」

「ミーア、流石だ」


 レオーネがミーアの頭を撫でると、ミーアは幸せそうに顔を緩ませる。

 ミーアはレオーネが大好きみたい。


 すると、ミーアが私に近付く。


「ちょっと失礼しますわ……」


 と言って、赤い目を私の目に合わせてじっと見る。


「魔法の気配を感じますわね。魔眼に間違いないようです。驚きましたわ。しかも、わたくしと同じ星の魔眼をお持ちだなんて」

「ミーアも魔眼を持ってるの?」

「ええ、持ってますわ。この赤い目が魔眼です」

「そうなんだ。ねぇ、魔眼に魔法の気配ってどういうこと?」

「それは魔眼が魔法だからですわ」

「魔眼が魔法? 私、分からないの。魔法って何なの? 魔術とどう違うの?」

「仕方ないですわね。わたくしが説明してあげますわ――」


 ミーアが魔法と魔術について説明をしてくれた。


 魔術は精霊から魔力を借りて発動させるもの。でも、それは世界の決まりの範囲内で行われることで限界があるみたい。例えば回復魔術も回復させる相手の生命力を利用して怪我を治している。だから、死にそうな人は治すことはできない。魔術を発動させるためには魔術に関係した材料が必要なんだって。

 でも、魔法はそんなのは必要なくて、魔法は世界の決まりを利用して発動させる。


「アルフヘイムに来た時、魔法で移動したと思いますが、一瞬でしたわよね?」

「うん、一瞬だった」

「正確な位置は教えませんが、アルフヘイムと彷徨いの森にはかなりの距離がありますわ。でも、一瞬で移動できる。これは魔法によって世界の決まり、つまり、世界の理に干渉しているのですわ」

「ええっと…… 魔法は魔術よりも凄くて、便利ってことだね?」

「よく分かっていないようですが、まぁ良いです。これから魔眼の訓練の時に魔法と魔術の違いについてみっちりと教えてあげますわ」

「え? レオーネが教えてくれるんじゃないの?」

「私は魔法が使えないから、魔法の説明はミーアに任せることにした。それにお前の魔眼はミーアに封印してもらうからな」


 意味が分からなくて、私は首を傾げた。

 魔眼を封印?


「魔眼を封印? どういうこと?」

「ん? 言っていなかったか? 魔眼が暴走しないために一度封印をするんだ。それから徐々に魔眼を解放して慣らしていく」

「え? 嫌だよ。魔眼を封印するなんて目が見えなくなるってことでしょ? 怖いよ」

「心配するな。目は見えるし、それにミーアは魔法の天才だ。ミーアに任せておけば問題ない」


 レオーネがこんなに信頼するなんて。

 そのミーアを見ると、レオーネに褒められたのが嬉しかったのか顔を真っ赤にしてニヤニヤしている。

 本当に大丈夫なのかな?

 でも、ミーアが魔法を使えて、どうしてレオーネは魔法を使えないのだろう?


「ねぇ、レオーネ。レオーネはどうして魔法を使えないの?」

「ああ。それは私に妖精門ようせいもんがないからだ」

「妖精門?」

「わたくしが説明してあげますわ。妖精門は霊気れいきを魔力に変えて魔法を使うための体の器官のことですわ」

「え? でも、魔眼を持っているから、レオーネも魔法を使っていることにはならないの?」

「なりませんわ。魔眼は魔法の一種ですが、飽くまでも体の一部に過ぎません。だから、妖精門のないレオーネさまが魔眼を使うと、体力を大きく消耗してしまうのですわ」

「だから、私はあまり魔眼を使いたくないんだ」

「へー。レオーネの魔眼はどんな力なの?」


 レオーネは少し微笑んで言う。


「また教えてやる。剣の稽古の時に少しだけ私の魔眼を使ってやろう」

「いいの? 楽しみにしてる!」


 レオーネはミーアに向かって言う。


「ミーア、そろそろ頼めるか?」

「はい。分かりましたわ」


 私とレオーネはレオーネの家に入って荷物を置き、もう一度外に戻る。


 すると、ミーアが地面に大きな模様を描いていた。その模様はアルフヘイムに来た時の模様に似ている気がする。

 しかも、描きながらミーアはずっと何か一人言を言っている。でも、一人言にしては少し大きな声な気がする。


「ミーアは何を言っているの?」

「今、ミーアは妖精と話をしているんだ」

「妖精!?」

「そうだ。ミーアもお前と同じく星の盟約を妖精と結んでいる」


 私と一緒の人がいて、安心した気持ちになる。

 ミーアになら、ラフネのことを話すことができるのかもしれない。


 模様を描き終わったみたい。私たちの方へミーアが戻ってくる。


「アリス、魔眼の封印をしますわ。模様の真ん中に移動をしましょう」

「うん」


 模様の真ん中まで移動する。


 この模様はなんだろう? 星形にも見えるけど、尖っている部分が五つある。


 模様の外からミーアが私に声を掛ける。


「それでは始めますわよ!」

「え? もう始めるの?」

「何ですの?」

「ちょっと心の準備が……」

「もしかして、怖いのですか? アリス、意外ですわね。あなたが怖がりだなんて。怖がりには見えませんでしたのに……」

「べ、別に怖くないもん」


 嘘、正直言って、怖い。不安で胸がドキドキ言ってる。怖いけど、怖いなんて言えない。せっかくミーアが私のために頑張ろうとしているのに。


「アリス」


 すると、ミーアが私の側に来て、私の両手を握った。


「不安ですわよね。わたくしと会ったのはついさっきですから。でも、わたくしはアリスが来ることを楽しみにしてましたのよ」

「楽しみにしてたの?」

「はい、それはとっても。最初は恥ずかしくて妹にとか言いましたけど、本当はアリスと友だちになりたかったのです。わたくしが言うべきでしたのに、アリスは先に友だちになろうと言ってくれましたわ。わたくし、とっても嬉しかったのです。アリスにとって、わたくしは会ったばかりで、まだ本当の友だちとは言えないかもしれませんが、アリスと友だちになりたいわたくしを信じていただけませんか?」


 不安に思っていた自分がなんだかバカらしくなった。こんなにもミーアは私のことを考えてくれているのに……


「ミーア、ごめんね。私、ミーアを信じる」


 ミーアが元の場所に戻って、地面に手をつく。

 すると、地面の模様が光を放つ。


 ミーアの大きな声が聞こえた。


『ファセル・アルカ・ファセル・アルカヌム・エッセ・レジオ・ケーラ!! 破壊を冠する精霊よ、盟約に従い、大いなる力をもって、魔眼を封印せよ!』


 模様の尖った部分から光が一直線に空へ向かって伸びる。その光は私に向かって段々と大きくなっていく。このまま中心にいると、私は光に呑まれてしまう。


「アリス! 必ず封印しますわ! わたくしを信じて下さい!」


 ミーアの言葉に私は大きく頷き、光に呑まれる前に私は目を閉じた。


「起きてください。アリス、アリス」


 頭を優しく撫でれる。とても気持ちが良い。

 このままこうしていたいなと思ったけど、私は目を開ける。


 目の前にミーアの顔があった。


 あれ?

 頭に柔らかくて気持ちの良い感触を感じる。私はミーアの太股を枕にして寝ていた。


「ミーア、ごめ……」


 私が起き上がろうとすると、ミーアに頭を押さえられる。


「寝ているのですわ。きっと疲れたはずです。よく、私を信じてくれましたわ。わたくし、嬉しいです」


 膝枕をしながら私の頭を撫でてくれるミーア。


「当然だよ。だってミーアは私の大切な友だちだから」


 ミーアは嬉しそうな笑顔を見せた。


 私の頭を撫でながら、ミーアが質問をする。


「アリス、どうかしら? 精霊は見えますか?」

「え? 立ってもいい?」

「はい、手を貸しますわ」

「ありがとう」


 ミーアに支えられて、私は立つ。


 辺りを見渡すが、全く精霊が見えない。ただ、微かな光でボヤッとする場所がいくつかある。


「うん。精霊は見えないけど、ボヤッとしているものが見える」


 私が言うと、私たちの側に来たレオーネが答える。


「それは精霊だな。魔眼の力が大きく封印されたから、ボヤッとした光で見えているのだろう。これでアリスが精霊界に呑まれることはない」

「本当?」

「ああ」


 私はホッとする。どんどん視界に精霊が増えてきて怖かった。このまま精霊界に呑まれてしまうんじゃないかと思っていたから。


「ただし、魔眼の制御は必要だぞ。封印が解れて、暴走するかもしれないからな。明日は体を休めて、明後日から魔眼の訓練を始めるぞ」

「はーい。じゃあ、その時に剣の稽古もしてくれる?」

「ああ、してやる」

「やったーー!!」 


 私は嬉しくて飛び跳ねた。

 精霊界に呑まれることもなくなって、レオーネに剣の稽古をつけてもらえる。私、とても嬉しいかも。

 だけど、直ぐにハッとする。

 バカバカ、嬉しくなっている場合じゃない。さっさと魔眼を制御して帰らないと。父さまや母さま、セリカ、それにルークも待っているんだから。


「アリス、あなたはコロコロと表情が変わりますのね?」

「そう? そんなつもりなかったけど」

「いえ、楽しくなりそうですわ。わたくしもアリスの修行を手伝いますわ」

「本当? ミーア、ありがとう!」


 これからもミーアと会えると思うと、気分が良くなった。


「もう遅い。ミーアは帰れるか?」

「はい、帰れますわ」

「待って! レオーネ、ミーアもレオーネの家に泊まっちゃダメなの?」

「そんな…… わたくしがレオーネさまの家に…… 失礼ですわ」


 ミーアがモジモジしてる。レオーネの家に絶対泊まりたい感じだよね。それに私もミーアとお泊まりして、もっと仲良くなりたい。


「ねぇ、レオーネ、駄目?」

「別に良いが、私の家は狭いんだ。くっついて寝ることになるぞ」

「やったーー!!」


 私がミーアに抱きつくと、ミーアは変な声を出す。


「な、何をするのですかー、わたくしからー、離れてくださいましー」

「最初から話し方変だけど、今はもっと変」

「わたくしの話し方は変じゃありませんわ!」


 ミーアの手を引っ張って、レオーネの家に向かう。


 私は新しい女の子の友だちができて、とても嬉しかった。それに、これから楽しくなりそう。




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