第8話 ルークの焦り

 

 ベビーベッドで寝ているセリカを私は愛しい目で見つめていた。


 セリカはスヤスヤと寝ている。


 なんて可愛いんだろう。こんなにも可愛い子が私の妹だなんて。嬉しいな。

 セリカを見ていると、頬が緩んじゃう。


「母さま、ありがとう」

「え? どうしたの?」


 思わず口から言葉が出てしまっていた。


 母さまは私たちのために編み物をしている。私にはマフラー、セリカには帽子と靴下。


 少しだけ肌寒い。

 私はお姉ちゃんになったけど……


「母さま、そっちへ行ってもいい?」

「ええ、いいわよ」


 母さまの膝の上に座った。母さまがギュッと後ろから抱き締めてくれる。


「エッヘヘヘヘへ」


 私は嬉しくて笑った。


「変な子ね。アリスはもうお姉ちゃんなのよ。こんなに甘えてていいの?」

「いいの。だって、セリカ寝てるもん」


 私だって甘えたいし、母さまに抱き締められたい。

 やっと母さまの笑顔を沢山見れるようになったのだから。母さまのホカホカした温もりをずっと感じていたいと思った。


「アリスーー!」


 家の外から私を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、ルークだ」


 どうしよう……

 母さまと一緒にいたいのに。


「ほら、行ってきなさい。それとも私に抱っこされたままルークと会うの?」

「母さまの意地悪! 一人で行くよ」


 母さまから離れて、ドアノブに手を掛ける。


「アリス、行ってらっしゃい」


 母さまがいつもの笑顔で手を振ってくれた。

 私も満面の笑顔になって言う。


「行ってきます!!」


 私はドアを開けて外に出た。



「ルーク、おはよう」

「おはよう。アリス、何でニヤついてんの?」


 自分の顔を触ると、口角が上がりっぱなしだった。さっきまで母さまと一緒にいたからだ。


「ん? 私、別にニヤついてないけど」


 口角が上がっているのを無理矢理手で直して、直ぐに誤魔化す。


「別にどうでもいいけど…… 木刀を持てよ。行くぞ」


 ルークに言われて、家に立て掛けてある木刀を持って、ルークの後ろをついて歩く。


「ルーク、どうしたの? 何かあった?」

「別に何もない」


 いつものルークはもっとお話をするのに、今日は静かでちょっと怖い。

 どうしたんだろう?


 私たちは剣の稽古をいつもしている空地に着いた。


 その空地は雑草が絨毯のようにいつも生い茂っていて、地面に倒れても雑草がクッションになって痛くない。


 すると、ルークがいきなり木刀を構えた。


「アリスも構えろ、行くぞ」

「え、待って」


 私も木刀を構えるが、ルークはもう私の方に向かって距離を詰めに来ていた。


 ルークの木刀が私に向かって伸びる。

 私はその攻撃を木刀で流す。


 そして、続くルークの連撃。

 目で追いながら攻撃を予測して防御する。


 今までこんなことはできなかったけど、父さまに教えられた鍛練のお陰で体の動きがスムーズになった。

 それに私の目はルークの攻撃を完璧に読んでいる。


 でも、今日のルークの剣はなんだか狂暴な気がする。剣を受ける度に怒りの気持ちが伝わってくる。


 私はルークの剣を押し返して、距離を取った。


「ルーク、どうしたの? 何か変だよ?」

「別に変じゃねぇよ」

「変だよ! 何かあったの? 怒った顔してる。私、ルークに嫌なことした?」

「何もしてねぇ……」


 ルークが何を思っているのか私は分からなかった。でも、今日のルークが明らかにおかしいことは分かる。


 私は木刀を地面に置いて、ルークの言葉を待つ。


 ルークが観念したかのように溜め息をつく。


「俺、本当に強くなってるのかな?」

「え? 私まだルークに勝ったことがない。ルークは強いよ」

「俺は強くなってねぇよ!!」


 ルークが急に大きな声を出したから、私はビクッとして後ずさった。


「ルーク?」

「俺は強くなってないのに、アリスは強くなってる。俺にどんどん追い付こうとしてる。それに父さんとまだちゃんと戦えてない! こんなんじゃ、俺はラルヴァを倒せない!」

「そんなことないよ。努力すればきっと倒せる。私たちまだ子どもだよ?」

「関係ねぇよ! 俺はもっと強くなりたいんだ!」

「どうして急にそんなこと言うの? 今日のルーク、何か変だよ」


 ルークが急に静かになる。

 そして、小さな声で言う。


「今日は俺の母さんの死んだ日なんだ。だから…… 俺は…… アリスだってそうだろ? ラルヴァを倒したいと思うだろ? 兄さんを殺されたんだから」


 ルークの言葉を聞いて、私の胸は締めつけられた。

 私は思わず怒鳴る。


「そんなこと言わないで! ルーク、酷いよ!」

「ごめん。でも、俺の気持ちを分かって欲しくて。アリスだって、ラルヴァを倒したいだろ?」

「私もラルヴァを倒したいよ。でも、今の私じゃ負けるって分かる……」

「でも、それじゃ俺もアリスも何も変わらない…… 俺が強くなれてないのはきっとそれなんだよ。ラルヴァに勝たないと強くなれない。アリス、一緒にラルヴァを倒しに行かないか?」

「ダメ! 私たちじゃラルヴァに敵わないって。ルークだって分かってるでしょ? ルーク、あれだよね? 冗談で言っただけだよね?」


 冗談に決まっている。

 今日がルークの母さまの命日だから、ルークは気持ちが昂ってしまっただけだ。

 私もクラウス兄さまを思い出す時、同じ様なことがある。


 冷たい表情だったルークはいつもの笑顔になって言う。


「アリスはバカだな。当たり前だよ。冗談、冗談」

「そうだよね。でも、私は最初から知ってたよ。私はわざとルークの冗談に乗っただけだし!」

「分かった、分かった。そう言うことにしておくよ。もう一回やろうぜ」


 ルークは木刀を私に向け、私も木刀を構えた。

 私たちの稽古が再開する。


 その日、初めてルークに勝った。


 そして、その晩ルークの姿が消えた。


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