第7話 妹の誕生とアーサーの教え


 母さまの体調はとても良くなった。

 クラウス兄さまの部屋で私と一緒に寝てからかなり良くなった。

 もしかしたら、クラウス兄さまが母さまを元気にしてくれたのかもしれない。


 そして、今日。

 私に妹ができた。


 父さまが母さまに優しい言葉を言う。


「マーガレット、本当によくやった。愛してる、ありがとう」

「ありがとう、アーサー。アリス、側に来て」


 少し離れて見ていた私は母さまの側に寄る。


 母さまは汗だくで、すごく疲れている。

 顔色は青白いけど、爽やかな笑顔だ。


「母さま、大丈夫?」

「私は大丈夫。アリス、ちゃんと見てあげて。あなたの妹よ」


 母さまが抱いている産まれたばかりの妹を私は見た。

 とても小さくて、母さまにそっくりな優しい顔。

 妹もその小さな瞳で私のことをずっと見つめている。


「アリス、この子の名前はセリカよ。支えてあげるから抱いてみる?」

「いいの?」

「当然でしょ。あなたはお姉ちゃんなんだから」


 私はゆっくりとセリカの体を抱く。


 柔らかくて温かい。

 この子が私の妹になる。ううん、違う。セリカは私とクラウス兄さまの妹だ。


「セリカ、私がお姉ちゃんだよ。これからよろしくね」


 セリカが私に笑ってくれたような気がした。

 私も微笑みを返す。


 セリカを母さまにもう一度抱いてもらう。


「ユンナー頼む」


 父さまがユンナーに声をかけた。


 ユンナーが産婆としてセリカの出産を最初から最後まで助けてくれた。

 心が傷ついた母さまを優しくお世話をしてくれて、私たちはとても感謝している。


 ユンナーにはもう一つ役目がある。

 精霊の読み手としてのお仕事。

 精霊の読み手は精霊の声を聞くことが可能で、人々に精霊の加護を与える力がある。

 加護があれば、何かあった時に精霊は助けてくれる。助けてはくれるけど、決して万能ではない。

 中には精霊の加護がない人もいて、加護なしと呼ばれている。でも、加護なしは滅多にいないみたい。

 その加護なしが私なんだけどね。


 ユンナーがセリカの頭に優しく触れる。


『森羅万象を創造する精霊たちよ 新たな命が誕生した 喜びと感謝を申し上げる 新たな命が精霊たちに畢生ひっせいの祈りを捧げると誓う 新たな命に精霊の加護を与え給え』


 私の髪が優しく揺れた。穏やかな風が目の前から吹いている。しかも、その風の中心はセリカだ。セリカを中心に優しい風が吹いている。そして、その風は直ぐに収まっていく。


 ユンナーは黙って一礼をした。


「ユンナー、セリカには加護が付いたの?」


 私が質問をすると、ユンナーは頷いて答える。


「そうじゃ。風の精霊ウントゥーネの加護が付いたようじゃ」

「よかった。セリカにはちゃんと精霊の加護が付いたんだね」


 母さまを見ると、ウトウトとしていた。


 私にはまだ分からないことだけど……

 新しい命をこの世界に誕生させるのって、きっと奇跡みたいにスゴいこと。

 だから、とっても疲れているんだと思う。

 でも、母さまはセリカを見つめながら笑顔のままだ。

 父さまも母さまを見て、静かに微笑んでいる。

 私も母さまを見て、ホカホカする気持ちになった。

 嬉しくて泣きそうになる。

 だって、母さまのちゃんとした笑顔を久しぶりに見たから。


 セリカの誕生で、私たち家族の雰囲気がようやく良くなってきた。




 セリカが誕生して一ヶ月ほどが過ぎた。


 今日は父さまに剣の稽古をつけてもらっている。


 カーン


 木刀のぶつかり合う乾いた音が響く。


「アリス、いいぞ! 剣が速くなった」


 剣が速くなったと言っても、全て防御されている。

 まだ攻撃を父さまの体に当てたことはない。

 一撃だけでも当てたい。

 私は強くなりたいんだ。


 父さまよりも私は体が小さいんだから、もっと父さまの懐に入らないと……


 地面を蹴って、父さまとの距離を詰めた。

 父さまは私の攻撃に備えて、私の動きをじっと見る。


 懐に入るには父さまの最初の攻撃を避けないといけない。

 でも、私は知っている。

 父さまの最初の攻撃は必ず、私の左右どっちかの腕に木刀を振ってくる。

 だから、その攻撃にだけ注意を払えば良い。


 やっぱり、右腕を狙った攻撃が来た。

 私は木刀を使って、父さまの攻撃を流す。


 父さまは驚いた顔をした。


 だけど、私は動きを止めない。

 父さまに一撃を入れたい。


 左右に体を揺らしながら、父さまに近付いて、私は間合いを詰めた。


 この小さな間合いは私の空間だ。

 と思った。

 その瞬間、父さまとの間合いが広くなった。

 父さまが直ぐに後ろへ下がったからだ。

 そして、木刀を振り上げて、私に向かって木刀を振り下ろす。


 また父さまに一撃を入れることができない。悔しいと思いながら、父さまの木刀を見つめる。


 あれ?

 父さまの木刀の動きが遅い。

 父さまの攻撃ってこんなに遅かった?


 父さまの攻撃を防ごうとするが、体を思うように動かせない。

 動かしているけど、スゴく遅い。

 父さまの攻撃を目ではちゃんと追えているのに体が間に合わない。


 私は何とか自分の木刀で父さまの攻撃を防いだ。


 木刀がぶつかり合って、私は後ろに弾き飛ばされて地面に転がる。

 私は起き上がろうとするが、私の顔の前にはもう父さまの木刀が突き付けられていた。


「参りました」


 父さまに一撃当てれると思ってたのに……

 悔しい。


 肩を落としている私の頭を父さまがくしゃくしゃと撫でてきた。


「やめて」


 私が父さまの手を払うと、父さまは勝ち誇ったようにニタッと笑う。


「もしかして俺に一撃当てれると思ったのか? アリスはまだまだだなー」

「父さまだって驚いた顔をしてた! 私は父さまよりも強くなるもん!」

「俺より強くなるか…… 俺より強くなる予定のアリスに一つアドバイスをしてやろう」

「教えてよ」

「あれ? アリスー、そんな態度で良いのか? 俺はお前の師匠でお前は弟子。ちゃんとした頼み方があるんじゃないのかー? んー?」


 ちゃんとした頼み方と言うのは、父さまがこの前、無理矢理決めてきた。

 私をバカにしてるような頼み方。

 それは……


「アーサー父さま、だーい好き。私の大好きな父さま! 私に教えてください!」

「俺のことが大好きなアリスのためだ。俺が教えてやろう」


 どうしてこんな頼み方をしないと分からないけど、この頼み方をしなかったら父さまは本当に教えてくれない。

 私をイライラさせる面倒な父さま。


 私は溜め息をついて、父さまに聞く。


「私は何をしたら良いの?」

「アリスに足りないのは敏捷性だ」

「びんしょうせい?」

「アリスの目はとっても良い。俺の攻撃をちゃんと追えている。だけどな、目の反応に体が追い付いていないんだ」


 父さまに感心した。

 私の悩みがあっという間に分かったからだ。

 なんとなく何が悪いのかは私も分かっていたが、自分の中でちゃんと見つけることはできなかった。


「どうしたらいいの?」

「腕立て、腹筋、背筋を毎日しろ。これで体の動かし方がましになる。それから」


 父さまは木と木の間に立つ。


「この短い幅を全力で走れ。走ったらバックして戻る。それを何度も繰り返すんだ。もう走れないと思うところまでやるんだぞ」

「この幅を?」


 木と木の間隔は私の数十歩程しかない。

 何の意味があるんだろう?


「意味があるのかって思っている顔だな。アリスは分かりやすい。顔に書いてあるからな」


 私はギクッとする。

 思わず頬を触って、顔に何か書いてあるか確認してしまう。


 父さまはフッと笑って、私に説明する。


「これは反応や体の動かし方、体の重心移動を強化できるんだ。それに何度も走ることで体力も付くしな。とりあえず一ヶ月やってみろ」

「うーん、分かった! 私やってみるね」


 父さまが教えてくれた鍛練方法を私は一ヶ月続けた。




 

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