第13話 決着
白の鎧に赤のマント。
銀色の長い髪に深い青色の瞳。キリッとした目つきが特徴的だけど、小顔で、とても綺麗。
うっとりしてしまうぐらいの美人だと私は思った。
カルビリオン神話に登場する
妖精神アルタニウスから力をもらって、ずっと昔にあったカルビリオン王国を百万のラルヴァの群れから救った伝説の英雄。誰もが知っている神話の人物。
そして、私の中にある記憶の持ち主。
そのエルザニアが私の前に立っていた。
エルザニアの登場と世界が止まった状況。
こんな状況はありえないし、あそこにいる父さまを私は止めなくちゃならないのに。
色んなことを一度に考えてしまって頭が混乱する。
どうしたら良いのか分からなくて私は黙っていた。
「なぜ黙っている? この状況が心配か? ならば、心配するな。私たちは今、魂の世界で会話をしている。魂の世界で過ぎた時間は現実の世界では一瞬にも満たない」
「ええっと…… 大丈夫ってこと?」
魂の世界?
それが一体なんなのか分からなかったが、エルザニアの話の雰囲気から大丈夫だとなんとなく伝わった。
「そうだ。だが、私たちが会話をできる時間はあまりない。私はラフネの力によって呼び出されただけだからな」
「え? あなたをラフネが呼び出したの?」
「お前の魔眼を覚醒させた時、同時に私の魂もお前の魂から呼び起こした」
「ちょっと待って! 私の魂から呼び起こしたってどういう意味? 言っている意味が分からないよ」
「アリス、お前は私の転生者だ。お前は私の生まれ変わった姿であり、お前の魂の核には私の力と記憶が刻まれている。だから、私はお前と魂で会話ができるんだ」
「生まれ変わり? …… だから、私はあなたの記憶を見たりするの?」
「どんな記憶を見ているかは知らないが、おそらくそうだろう。それで、私の転生者であることを理解したか?」
「理解……」
急に現れて転生したとか、魂の核に刻まれているとか言われても、私は直ぐに理解することなんてできない。
私が神話の英雄エルザニアの生まれ変わり?
ありえない、信じられない。
記憶があるからって、私がエルザニアの生まれ変わりだと全く思えない。
だって、私は今までずっとアリステリアとして生きてきたから。
「私は…… 父さまと母さまの娘で、クラウス兄さまの妹。そして、セリカのお姉ちゃん。だから、私はあなたじゃない。私はアリステリアよ!」
エルザニアは少し驚いたように目を見開き、フッと笑う。
「何がおかしいの?」
「いや、何もおかしくはないさ。転生者だからと言って、アリスがアリスでなくなるわけではないし、別に私の転生者であることを信じなくてもいい。お前はお前だ」
「そうよ、私は私なの!」
ニヤッと笑って、エルザニアは言う。
「まさか私に乗っ取られるとでも思ったのか?」
「ち、違うもん!!」
少し笑った後、エルザニアは真剣な顔になって話を続ける。
「さて、この状況だ。ラルヴァ化しているあの子どもはお前の友だちだな?」
「うん、ルークよ。私の大切な友だちなの」
「そうか。ならば、助けるぞ。魔眼を使う手助けをしてやる」
「え? 魔眼?」
自分の目に触れた。
霊気が漲っていた時は不思議と魔眼の使い方が分かったけど、今は魔眼の使い方が全く分からない。
「お前の魔眼は
「この魔眼が…… でも、魔眼を使っていたけど、グラベーゼと邪気を見ることしかできなかったよ」
「お前のそれは魔眼の使い手であれば、できて当然の基礎。私が言っているのは、浄天の魔眼の特別な力の一つのことだ」
「特別な力? じゃあ、その特別な力を教えてよ」
「無理だ。今のお前の力では使えない。だから――」
私には特別な力が使えないと言われて、腹が立った。
エルザニアの話を遮って言う。
「ルークを救えないの!?」
「早とちりをするな。お前は落ち着きがないのか。話を最後まで聞け」
私の悪い癖が出たと思って、直ぐに謝る。
「ごめんなさい、聞きます」
「今回は私の力で魔眼を制御する。私が魔眼を制御するから、アリスはルークの負の感情を斬れ」
「負の感情?」
「ルークは今、憎しみの負の感情と
ラフネもルークは憎しみに支配されているって言っていた。
エルザニアの話はまだ続く。
「だが、負の感情にもう一度支配されると、ルークは再びラルヴァ化する」
「え? どうして? 赤魂石と負の感情を斬ればルークは元に戻るんじゃないの?」
「一度ラルヴァ化した者は体内にラルヴァ因子と呼ばれる物ができる。そのラルヴァ因子は宿主の負の感情に反応し、再び宿主の心が負の感情に支配されると、宿主をラルヴァ化させる。だから、ルーク自身がどんな時も負の感情に打ち勝つ必要がある」
私は考え込むように黙ってしまった。
「どうした? 怖じ気付いたか?」
違う。私は怖じ気付いたんじゃない。
悔しかったし、ルークに謝りたいと思った。どうしてルークの気持ちをもっと考えなかったんだろうって。
ルークの様子がおかしいことに気が付いてたのに…… だから。
「私がもう二度とルークをラルヴァなんかにさせない」
「ああ。私もそう願うよ。人間をラルヴァにさせるなんてあってはならない」
エルザニアが私の側に来て、私の頭に手を置いた。
私は不思議そうな顔をしてエルザニアを見上げる。
「えっと…… なに?」
「お前はまだまだ弱い」
「そんなこと…… 言われなくても分かってるよ」
ヴォルスとラルヴァ化したルークと戦えたのもラフネの力のお陰だ。
私は弱い。
ヴォルス一体も一人で倒すことができないことを体験して、私は自分の弱さが身に沁みた。
「だから、今回はルークを救うために魔眼の霊気の制御を私がしてやる」
「お願いします……」
「だが、お前は弱いままではダメなはずだ。アリス、兄が死んだ時にお前は自分に誓いを立てたな? 言ってみろ」
思い出す必要もない。
私の口から誓いの言葉は直ぐに出た。
「ラルヴァから皆を守って、誰も死なせない。私は強い騎士になる」
「その誓いを守るつもりなら、強くなれ。誰よりも強くなって最強の騎士となれ」
あの誓いは生半可な覚悟で達成できるものじゃないと私は分かった。
だって、あの最強の騎士エルザニアが私に最強の騎士になれと言っている。
それぐらい難しいことなんだ。
でも、今さら私はあの時の想いに嘘をついて、あの誓いを変えるつもりはない。
だから、私は力強く頷く。
「今の熱い思いを忘れるな。今から現実に戻す。覚悟は良いか?」
「うん。私、ルークを元に戻して、それから…… 最強の騎士になるよ!」
「そうか。アリス、また会おう」
すると、強烈な光が辺りを包む。
私は目が眩んだ。
ぼんやりと見える世界で、エルザニアは私に微笑んでいた。
地面を踏むジャリっという音が聞こえる。
父さまの移動する音だ。
魂の世界は閉じられ、私は現実に戻ってきた。
「エルザニアに会ってきたんだね?」
どこか懐かしそうな顔でラフネが私に話し掛けてきた。
私は頷く。
「じゃあ、もう大丈夫だね。僕がアリスのお父さんを止めておくよ」
「お願い」
「アリスは僕の契約者だからね。サービスだよ。だから、アリスは頑張ってねー」
ラフネは父さまの方へ行くと、父さまの動きを止めて、地面に倒した。
おそらく魔法で動きを止めてくれているのだろう。
父さまは傷だらけだから強く抵抗ができない。
ルークの方へ私が行かないと。
体は再び霊気を感じていた。霊気の白い光も見える。
エルザニアのお陰だ。
霊気を体に集めながらルークの方へ歩く。
「ダメだ! アリス、行くな!」
父さまが地面に倒れながら私に向かって叫んだ。
「父さま、ごめん。ルークは私が助けないといけないの」
「ルークはもう無理なんだ。お前にそんなことはさせられない!」
「父さま、大丈夫だよ。ルークは私が救う。私は誰も死なせないから」
その後も父さまの叫び声は聞こえていたが、私は何も答えずに父さまを横切った。
そして、ルークの前に立つ。
ルークの表情は苦しそうで、泣きそうな顔をしているように見える。
顔はルークのままなのに、背中から生えていた触手は体の至る所から生えていて、顔以外はラルヴァの体になっていた。
エルザニアの制御で私の魔眼に霊気が集まる。
すると、ルークのお腹の中に赤魂石とそれに纏わり付くどす黒い泥状の物が見えた。
あれがルークの負の感情……
「ルークがあんな感情に負けるわけがない。私が今助けるからね」
私は先に飛び出した。
赤魂石と負の感情だけを斬れば良い。そこに目掛けて剣を振るう。
キーン!
しかし、触手が瞬時に鉄のような固さになって私の剣を防いだ。
私は助走をつけるために距離を取る。
ルークの表情は変わらず苦しそう。
早く終わらせてあげたいと思った。
脚に霊気を集めて、私は一気に駆け出す。
私の動きに反応して触手が槍となって、四方から攻撃をしてきた。
しまった、囲まれた。
だが、触手が止まっている。
違う、魔眼のお陰で遅く見えているんだ。
エルザニアが制御しているお陰で、いつもよりも止まって見える。しかも、体の霊気もエルザニアが制御してくれているから、私の動きはとてつもなく俊敏だ。
四方から襲う触手を軽々と余裕で躱した。
そして、ルークの目の前に到達する。
私は地面を蹴りあげて宙に跳んだ。
ルークの頭を狙って剣を振り下ろす。
触手もその攻撃に反応して、防御の構えを取る。
私は剣を触手に当たる直前で止めて、身を翻す。そして、素早い動きで地面に着地した。
ルークの胴はがら空き。
触手も私の動きを見失っている。
私は魔眼に霊気が集中するのを感じた。
赤魂石と負の感情がはっきりと見える。
私の剣が霊気で光った。
ルークの胴を凪払う。
赤魂石と負の感情が両断されて、私はその二つが消滅するのを感じた。
「ルーク…… これでもう大丈夫だからね」
私はその場に崩れ落ちる。
力が入らなくて、もう立てない。霊気が完全に体から抜けた。
急に目蓋が重くなってくる。
「アリス!! 大丈夫か!?」
体を持ち上げられて抱き締められる。
このゴツゴツとした感触。
父さまだ。
泣きながら私を抱いている。
父さまに大丈夫だと言いたいのに声が出ない。
それにスゴく眠たい。
「アリス、疲れたね。僕はアリスの頑張る姿が見れて、楽しかったよ。それにしてもアリスは弱いね」
ラフネがケラケラと笑いながら言った。
「うるさい! 分かってるよ。私はこれから強くなるの! …… あれ? 話せてる」
「これは心で会話してるんだよ。僕たちは契約した者同士だからできるんだ」
「そうなんだ。ルークは無事?」
「うん。無事だよ。特に大きな怪我はないみたい。仲間の人たちも怪我はしているみたいだけど、誰も死んでないよ」
「そう、良かった」
私は心からホッとする。
「良かったねー。今度、僕が現れるまでに魔眼を使いこなせるようになってよ。もちろん今よりもずっと強くもならないとダメだよ」
「え? 今度?」
「そうだよー。今のアリスは僕と一緒にいると大きな負担になるからね。僕がいなくても魔眼を制御できないと死んじゃうけどね」
「はい? 死んじゃう?」
「うん。死んじゃうよ。あれ? 言わなかった?」
そんなことは聞いていない。初耳だ。
あ、本格的に眠たくなってきた。
目蓋が落ちる。
ラフネには他にも聞きたいことがあったのに……
「アリス、次に会うのを楽しみにしてるよ。おやすみ、僕の大好きなアリス」
私は意識を失うように眠りに落ちた。
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