第18話 友愛の誓い


 カーン!


 木刀のぶつかり合う乾いた音が響く。今までの音よりも少し大きい。私の攻撃を父さまに受けてもらった。


「いい打ち込みだ。強くなったな。返すぞ」


 木刀を押し返されて後ろへ後退。その瞬間を狙って、父さまが私に攻撃をする。私はその攻撃を木刀で受け止めた。

 手がジリッと痺れる。父さまもいつもより攻撃が強い。


「連続で打つぞ。止めろよ」


 最初の攻撃を木刀で止める。二回目もなんとか止めて、三回目はお腹を狙った攻撃。

 その攻撃を防ごうと木刀を当てたが、私が父さまの攻撃を止めきれなくて木刀を落としてしまう。

 四回目の攻撃は私の顔の直前で木刀が止まった。


「俺の勝ちだな」

「はい。参りました」

「ちょっとそこに座って休憩しよう」


 私は父さまと一緒にいつもの椅子に座る。


「体の反応は良くなったな。ずっとあの特訓を続けているのか?」


 あの特訓というのは、木と木の短い間を全力で走るというもの。私は木の間走と名付けた。


「木の間走のことね」

「きのかんそう? なんだそれは?」

「木と木の間を全力で走るから、木の間走なの」

「アリス、お前は時々、変な渾名を付けたがるな」

「凄いでしょー!」

「別に誉めてないぞ」


 私と父さまは一緒に笑う。

 いつもと変わらない一日を過ごしていた。でも、時々寂しい気持ちが表に出そうな時がある。だって、私が旅立つまでは残り二週間しかない。


 父さまが私の頭を撫でた。前は嫌だったけど、このゴツゴツした手はもう嫌じゃない。

 気持ちが落ち着く感じがして、とても安心した。


 すると、父さまが真面目な顔になって話を始めた。


「アリス、お前は今も騎士になりたいか?」

「もちろん! なりたいよ!」


 どうしてそんな質問をするの?

 兄さまが死んだ日に私は父さまに想いをぶつけたのに。確認のためとかでも、ちょっと悲しいよ。


「アリス、お前には魔眼という特別な力がある。騎士になれば、きっとお前の力を利用したがる奴らも出てくる。それに、お前は女だ。騎士が男の世界だってことは知っているだろう? 女が騎士になるのはとても大変なんだ。女騎士になったらスゴく目立つし、もし魔眼を持つことがバレたら、貴族の道具にされるかもしれない。それでもお前は騎士になりたいのか?」


 父さまは私の心配をしてくれている。父さまが私を怖がらせるために嫌なことを言っても、私の気持ちは変わらない。


「父さまはどうして騎士になりたいと思ったの?」

「ん? 俺か? 俺はだな……」


 少し考えてから父さまは言う。


「俺は大切な人を守るためだな。騎士になればその責任も一緒に付いてくるが、俺はそうでありたいと思った」


 父さまにピッタリな理由だと思った。


「そうなんだ。父さま、私もね、騎士になりたい。どんなことがあったとしても騎士になるの」

「どうして? クラウスのためか? クラウスだってお前が嫌な目にあってまで騎士になれとは言わないと思うぞ」

「クラウス兄さまが死んだ時、私に力があったら…… って思ったよ。でもね、騎士になりたいのは私の気持ちなの。皆に私と同じ悲しい気持ちをして欲しくないし、私は皆を守りたいって心から思ってる。だから、私は騎士になるの」


 父さまは私を見ながら大きな溜め息をついた。


「マーガレット、諦めろ。これは無理だ。頑固すぎる。誰に似たんだか……」

「え? 母さま?」


 母さまが私の場所から見えない家の角から出てきた。

 私たちの話を隠れて聞いていたみたい。


 母さまが私の手を握って言う。


「アリス、本気なの?」

「うん、本気。私、騎士になりたいの!」


 父さまが母さまの肩に手を置く。


「マーガレット、アリスの気持ちは変わらないよ。お前に似て頑固だ。それに、騎士になりたい理由を聞いただろ?」

「聞いたわ、聞いたけど…… 騎士は危険な仕事なのよ。アリス、分かってるの? クラウスはその騎士の仕事のせいであなたを守るために死んだのよ」

「マーガレット! そんな風に言うな!」

「だって……」


 母さまは私のことをとても心配して言ってくれている。母さまも嫌なことを言いながら、悲しい顔をしている。そんな顔をしないで。母さまには似合わない。

 でも、ごめんね。

 私は騎士になることを笑顔で言う。


「私、皆を守れるぐらいの強い騎士になりたい。だから、父さまよりも強くて、誰よりも強い最強の騎士になるの。最強の騎士になったら、母さまも心配の必要ないでしょ?」


 母さまは驚いたような顔になって、少し間が空く。そして、母さまは笑った。


「最強の騎士か、最強の騎士になるのね。じゃあ、アリス。最強の騎士になって、私を安心させてくれる? それまで凄く心配するけど、私も我慢をするわ」

「なるよ! 見てて、私が最強の騎士になるのを」


 大きな泣き声が聞こえた。セリカだ。最近、セリカの声はとても大きくなった。成長をしている証拠だって母さまが言っていた。


「セリカ! きっとお腹を空かせたんだわ!」


 母さまは何もなかったように、さっさとセリカの元へ走って向かう。

 私は母さまの気持ちの切り替えの早さに驚いた。


「我が家ではマーガレットが一番最強だな。俺たちもセリカを見に行くか」

「うん」


 母さまに気持ちが通じたことに、少し幸せを感じて私は家の中に戻った。



 今日はルークと約束をした日。

 いつもの空地へ向かう。


 私が先にいつもの空地へと着いた。今日はそよ風が吹いている。暑くもなく寒くもなく丁度良い天気だ。

 真剣勝負にはピッタリの気候。


 ルークが来るのをワクワクして待っていた。二週間ぶりで、久しぶりっていうこともあるし、勝負も楽しみだと思っている。


「アリス! 待ったか?」

「ううん。私もさっき来たところ。私、今日は負けないからね」

「へー。それは楽しみだな」

 

 木刀を打ち合う準備体操をして体が温まった頃。

 私たちは自然と同時に木刀を構えた。ルークも私も笑顔になっていた。私たちにとって剣の稽古は遊びと同じ意味だから。


 私が先手を取った。地面を蹴り、胴を薙ぎ払う。


 ガン!!


 読まれていた。ルークに木刀で止められた。

 そのまま私の木刀を払って、上から下への切り下げ。

 私はルークの木刀の動きを予測して半歩後ろに下がる。そして、そのまま攻撃。

 だが、ルークは私の攻撃を簡単に受け止める。


 ルークが連続攻撃を放ったが、私は全て防御する。でも、ルークの剣は私よりも重さがあって、私の手がだんだんと痺れていく。


 ルークと私の木刀が交差する。私たちは木刀を押し合う感じで接近した。力はルークの方が強いけど、私は力を込めてルークを押す。


 すると、ルークの右足の変な動きを見せた。私の魔眼はそれが見えるけど、体は反応ができない。

 ルークの右足が蛇のような動きをして私の左足を絡め取って、気がついたら、私は仰向けでルークは私の上に乗っていた。

 木刀で、コツンと軽く頭を叩かれた。


「俺の勝ちだな」

「負けちゃった。ルークは強いね。最後のあれは何? あんなの知らない! ずるい! 私も教えて!」

「分かった、分かったって。あれは柔術の一つだよ」

「じゅうじゅつ?」

「投げ技だよ。相手の関節とか反動とかを利用して投げるんだ。父さんに教えてもらったんだ。凄いだろ?」

「うん! 凄い!」


 私はルークにさっきの柔術を教えてもらって、休憩をしながら談笑していた。負けたのに不思議と悔しさは感じてなかった。だって、今まで一番楽しかったから。


「アリス、もうすぐ行くんだよな?」

「うん。ルーク、寂しい?」

「寂しくなんか…… ううん、寂しいよ」

「そうだね。私もとっても寂しい」


 友達と離れてしまうことが、こんなにも寂しいだなんて私は初めて知った。


「アリス、友愛の誓いゆうあいのちかいって知ってるか?」

「何それ? 聞いたことないよ」

「友愛の誓いは、仲間の騎士が遠い場所に行く時に誓う儀式みたいなものなんだって。今は古くてどの騎士もやってないみたいだけど。アリス、やろうぜ!」


 凄くかっこいい!

 それに、今の私たちにはピッタリ。


「やろう! どうするのか、教えて?」

「先ず、木刀を右手で持って」

「持ったよ。それで?」

「お互い向き合って、俺がアリスの木刀を持った右手を左手で掴んで、アリスも俺と同じようにする」

「これでいいの? 何か変な感じだけど……」


 お互いに右手で木刀を持って、向き合ったまま両手を繋いだ状況だ。

 ルークの顔がいつもより近い。恥ずかしくなって、顔が赤くなってきた気がする。ルークも顔を右に向けているけど、赤くなっているのが丸見えで、恥ずかしいみたい。


「このまま立ったまま、お互いの夢を語り合って、絆を誓い合うんだ」

「じゃあ、ルークの夢ってなに?」

「前にも言っただろ? 俺の夢は聖天四真将せいてんよんしんしょうになることだ!」


 そう言えば、初めて出逢った時にも言ってた気がする。同じ夢を変わらずにずっと持ち続けるなんて、ルークはスゴいなと思った。


「俺は言ったよ。アリスの夢はなに?」


 私は即答できる。


「私は皆を守れる最強の騎士になりたい!」

「最強の騎士? 俺より弱いくせに」

「今は弱いけど、必ず最強になるもん。アルフヘイムに行ったら、レオーネっていう強い人に剣を教えてもらうの」

「レオーネ!? アルフヘイムのレオーネって言った? もしかして大剣を持ってる人か?」

「ルーク、レオーネのこと知ってるの?」

「は? なんでお前が知らないんだよ! レオーネは守護六星剣しゅごろくせいけんの一番強い人だぞ!」

「しゅごろくせいけん? 聖天四真将みたいなもの?」

「違う!! 守護六星剣は聖天真四将よりも歴史は長い! 聖天真四将は守護六星剣を真似て、二百年前に作られたばかりなんだぞ!」

「そうなんだ……」

「そうなんだってお前! レオーネさんに教えてもらうのは凄く光栄なことなんだぞ!」

「もー。ルーク、さっきから難しい言葉ばっかり使って、私、頭が痛くなってきたよ」

「別に難しい言葉じゃねぇよ。普通だ。お前が本を読まないからだよ。もういいや。お前の夢は皆を守れるぐらいの最強の騎士になるってことでいいんだよな?」

「そうだよ。ルークも私が守ってあげるんだから」

「そっか……」


 ルークは俯いて、ボソッと言う。ほんのりと頬が赤い気がする。


「ん? 聞こえないよ」

「お前が皆を守るって言うなら、俺がお前を守ってやるよ!」

「え?」

「あ、アリスだけ皆を守ったら、アリスを守る奴が誰もいねぇだろ? だったら、俺しかいないし。ほら、俺たち友達だろ?」


 ルークは赤い顔をしながら、いつもの笑顔を私に見せる。私はとても胸がホカホカした。ルークの優しさってまるで太陽みたい。


「ありがとう、ルーク。私のことを守ってね」

「ああ、任せとけ!」


 友愛の誓いの最後は同じ言葉を同時に言って終わりだとルークから説明を受けた。

 誓いの言葉は難しかったので、何度も練習をした。


「アリス、いいか?」

「うん、いいよ」

「せぇーの……」「せぇーの……」


 私たちは呼吸を合わせて言う。


『幾千の時、幾千の場所が離れようとも、我らの心は常に共にある。忘れるな、この日を。忘れるな、この場所を。友愛を誓おう、再会の日まで』


 私は急に寂しくなった。

 残り一週間で私はアルフヘイムへ行く。

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