第19話 旅立ち
「アリス、これを切ってもらっていい?」
私は母さまから渡された野菜を切る。昼食の手伝いだ。
今日は私がアルフヘイムに旅立つ日。午後にレオーネが迎えに来る。
「そうそう、アリス」
母さまは料理をしながら私に話し掛ける。
「イリジノを作ったから、歩いてる時にレオーネさんと一緒に食べて。袋に詰めといたから」
「ありがとう、母さま」
イリジノはエモを手で纏めて、三角形や丸形などに形成したもの。イリジノの中には色んな具が入っている。私は母さまのイリジノが大好きだ。
「必ず食べるのよ!」
「え? あ、うん」
そんなに言わなくても美味しいから絶対食べるのに。今からでも食べたいぐらいだ。
料理ができて、私たちは席に着いた。
今日の昼食はいつもと変わらない。母さまにはご馳走を作るって言われたけど、いつもと変わらないご飯の方が良いって私が断った。
「母さま、美味しいよ!」
「本当に良かったの? もっと美味しいもの作ってあげたのに」
「うん! これがいい。母さまと父さまとセリカ、皆で食べれたら、私はいいの」
「そう。じゃあ、しばらく私の作ったご飯を食べれないんだから、沢山食べなさい」
「うん! 父さまはいつも沢山食べるけどね」
「あん? なんか言ったか?」
父さまはご飯の時間になると、ご飯にしか集中できなくなる。
口にご飯を入れながら、父さまが話す。
「ファリス、ふぁなしがぁはるんだが」
「食べてから話しなさい! 大人でしょ!」
母さまの怒鳴り声が響き、父さまがビクッと怖がるいつもの風景。
父さまはご飯を飲み込んでから私に話す。
「アリスに渡したいもんがあるんだ。後で俺の部屋に来てくれ」
「うん、分かった。」
旅立つ前の最後の昼食はいつもと変わらない楽しい時間だった。
「父さま、入るよ」
私は父さまの部屋に入った。
父さまの部屋は物が少なくて綺麗。散らかっている部屋が父さまらしいのに、いつもこの部屋に来ると変だなと思ってしまう。
「失礼なことを考えただろ?」
「え? 何も考えてないよ。それで、私に渡したいものってなに?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
父さまは部屋の奥に置いてある剣の保管庫から一本の剣を取り出す。
かなり細身で普通の剣よりも小さな剣だ。その剣を持って、私の元に来る。
「これをお前にやる。レーヌの武器屋でアリスの体に合わせて作ってもらった。持ってみろ」
両手で細身の剣を受けとると、細身の剣でもズッシリと重くて両手が下がりそうになる。鞘からゆっくりと剣を抜く。
「私にくれるの?」
「ああ、お前にやる。本当はもう少し大きくなってから渡すつもりだったが、遠くに行くからな。慎重に使え。実剣は危ないものだからな」
「うん! 大切に使う。父さま、ありがとう!」
私は剣を鞘に戻して、喜びのまま父さまに抱きつこうとしたが、途中で父さまに手で止められた。
「他にも渡したいものがある」
「え? まだあるの?」
次は机の引き出しの鍵を開けて革袋を取り出す。その革袋には何かがギッシリと詰まっていた。
「俺のヘソクリだ。マーガレットに内緒で貯めていた。バレたら取られるからな。アルフヘイムにも両替屋があると思うから、きっと使えるはずだ。お金の数え方は知っているだろう」
「うん。いいの?」
革袋を受け取る。中身を見ると、銅貨や銀貨が沢山入っていて、しかも、金貨が数枚も入っていた。
聖ソフィア王国の通貨価値は。
銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。金貨二枚あれば、普通の一般家庭は一ヶ月暮らしていける。
私でもこれが家にとって、大金だと分かる。私は直ぐに父さまへ返そうとした。
「こんなに貰えないよ!!」
「いいから取っとけ。あっちに数年はいるんだ。何かあるかもしれないだろ? アリスが持っとけ」
「でも……」
「もらっとけ! な?」
返すのは無理な感じだ。でも、今は貰っても、使わないのも私の自由だよね。
「父さま、ありがとう。でも、私戻ってきたら全部返すから」
「いや、返さなくていい。元々、これはお前のための金なんだ」
「え? どういうこと?」
「騎士学校の入学金だよ。マーガレットは反対してたから俺がこっそり貯めてたんだ。今は何かあった時のために俺のヘソクリをやるけど、また俺が貯めるんだからな。感謝しろよ」
「父さま、ありがとう」
私のためにそこまでしてくれている父さまの優しさに胸が熱くなった。目頭も熱くなってくる。
泣き顔を見られたくなくて、私は父さまの胸に飛び込んだ。嗚咽が出ないに我慢したつもりだけど、もしかしたら聞こえたかもしれない。
父さまはずっと何も言わずに私の頭を撫でていた。
そして、終に来た。
旅立ちの時。
父さま、母さま、セリカと一緒に私は外へ出た。外へ出ると、沢山の人たちがいて私は驚いた。
ルークとフレッドおじさん、ジェスさんやモーガンさんと他の騎士の人たち、それに、村の人たちまで。
でも、どうして? 村の人たちまでいるの?
不思議そうな顔をしていると、母さまがコソッと私に話しをする。
「私が事情を隠して言ったの。遠い町の親戚で剣の稽古をつけてもらうって」
「でも、どうして?」
「どうしてって、なにが?」
「こんなに沢山の村の人たちを呼ぶことなかったのに」
「違うわ。皆がアリスを送りたいって言ったの」
「どうして?」
「分からないの? アリスが皆に好かれているからよ」
「私が皆に?」
いきなり大きな体に抱き締められる。大きな体のせいでなにも見えない。すると、甘い香りが鼻の中に入ってくる。この香りはラベンダー。
「マーラおばさん!?」
顔を上げると、泣きじゃくるマーラおばさんの顔があった。
「驚いたよ。マーガレットに聞いたのがほんの十日前でね。剣の稽古で行くって、アリスは急だよ! 悲しむ暇もない!」
「ごめんね、マーラおばさん。でも、私のために見送りなんか……」
「するに決まってるよ! 私たちを手伝ってくれる優しい女の子がいなくなるんだから、寂しいんだよ! お別れぐらいさせておくれよ?」
「ありがとう。マーラおばさん、それに皆も」
マーラおばさんから離れると、聞き慣れた声に呼ばれる。
「アリス!」
「ルーク!」
私を送るためにルークも来てくれたんだ。ルークのもとへ走って行く。
「ルークも来てくれたんだ!」
「当たり前のことを言うなよ? 俺はお前の親友だからな」
ルークが恥ずかしそうに鼻をこすって笑う。
「私もルークが親友だと思ってる。帰ってきたら、また勝負しようね。次は私が勝つんだから」
「ああ、いいぜ! 俺はもっと強くなって、またアリスに勝つから」
ルークと笑い合っていると、ルークの横にいたフレッドおじさんに話し掛けられる。
「アリス、達者でな。それと、もう一度礼を言わせてくれ。俺たちを助けてくれて、ありがとう。また会おうな」
「うん。フレッドおじさんも元気で」
私は来てくれた皆に順番で挨拶をしていく。ジェスさんやモーガンさん他の騎士の人たちにも挨拶をした。
最後はユンナー。
「ユンナー、色々とありがとう」
「儂は勝手じゃが…… アリスを孫のように思っておるんじゃ」
「そっか…… でも、私もユンナーのこと妹のように思ってるよ」
「なんじゃと!? 妹!? 儂の齢はだな――」
ユンナーの言葉を遮って、私はユンナーを抱き締めた。
「頭は撫でぬのか?」
「うん。私、ユンナーが大好きだよ。家族のことを頼むね。またね、おばあちゃん」
「…… 任せるのじゃ。アリスの家族のことは儂が見守っておくのじゃ」
家族の前に立った。
泣きそうな瞬間は何度もあったけど、旅立つ時、家族の前では笑顔だと決めていた。皆の前では泣かない。泣いたら、皆が心配するし、私も悲しくなる。
私はぎゅっと抱き締められた。
二人ぶんの温かさを感じる。父さまと母さまが一緒に抱き締めてくれた。
温かくて胸の中がホワホワする。ずっと一緒にいたいと思ってしまう。
「アリス、体には気を付けるんだぞ。ずっと帰りを待ってるからな。帰ったら、一緒に剣の稽古をしよう」
「うん、父さまも体には気を付けて。剣の稽古は約束だからね。父さま、大好き」
父さまが先に離れてしまう。
「アリス、いつも笑顔でいなさい。私はあなたの笑顔が大好きよ。アリスなら、きっと何があっても大丈夫。私はアリスが大好きよ」
「うん、母さま…… 私も母さまが大好き」
母さまも離れてしまって、胸の中に大きな穴ができたように感じた。
セリカにもお別れを言う。
「セリカ、お姉ちゃん行くね。私のこと忘れないでね。父さまと母さまをよろしく。二人を助けてあげて」
セリカの小さな手を優しく握り、私は妹のおでこにキスをした。セリカはキラキラした可愛い笑顔で笑う。
「アリステリア、別れの挨拶はもういいか?」
レオーネに呼ばれる。
「うん」
私はレオーネと一緒に歩き始めた。
村の人たちと騎士の人たちの声。
「アリス! 行ってらっしゃーい!」
ユンナーの声がする。
「アリス、待っておるのじゃー!」
そして、ルークの声。
「アリス!! 必ず戻ってこいよ!!」
最後に父さまと母さま。
「アリス、俺たち待ってるからなー! 元気でな! 愛してるぞー!」
「アリス、行ってらっしゃい! 愛してるわ! アリスの帰りを私たち待ってるからー!!」
私も沢山手を振って、大きな声で言う。
「行ってきまーす!! 皆、大好き!! 必ず帰ってくるからねーー!! またねー!!」
皆が見えなくなるまで私は手を振り続けた。皆が見えなくなって、涙が溢れそうだったけど、必死に我慢をして前を向いて歩く。
「村人もアリステリアの家族も、皆良い人たちだな」
レオーネに言われて、私は笑顔になった。
聖ソフィア王国からアルフヘイム精霊王国へ行くルートは二つある。交易都市国家マディールを越えるルートとガルリオーザ王国を越えるルート。
「レオーネ、どっちから行くの?」
私はレオーネに質問をした。
「マディールからだ。マディールには知り合いもいる。それに、私はガルリオーザが嫌いだ」
「嫌い? どうして?」
「知らないのか? あの国には私たちエルフの嫌いなドワーフがいる」
「ドワーフ? ドワーフって確か背が小さくて体がズッシリとしている種族のことだよね」
「それに火が大好きだ。森を焼き、鉄を作る。エルフが一番関わりたくない種族のことだ。私は見たくもないし、近寄りたくない」
「そうなんだ。じゃあ、マディールから行こう!」
エストー村を出て、しばらくすると、レーヌの町に入った。
「来る時も思ったが、ここは香りがきつい」
「香水とかを売ってる町だからね」
レオーネは香りがきつくてレーヌの町が嫌そうだけど、私は違う。レーヌはクラウス兄さまと最後に来た場所。しばらく行けなくなるから、レーヌの町並を沢山見て覚えておく。
レーヌの町を出て、山道に入った。徐々に日が落ちてくる。
レオーネが開けた場所を見つけて、立ち止まった。
「アリステリア、ここで野宿にする。野宿の経験はあるか?」
「ないよ。初めて」
「そうか、まずは火起こしだ。見ておけ」
レオーネは鞄から金具と石、小さな黒い布、綿を取り出した。一番下に繊維、その上に黒い布、そして石と重ねていく。
ガチ! ガチ! ガチ!
金具で石を何度も叩く。一瞬だけ火花は見えるが、直ぐに消える。
「これは火をつけるための道具で、火打ち石と言う」
「でも、レオーネも精霊魔術師なんでしょ? どうして精霊魔術を使って、火を起こさないの?」
「当然だ。精霊魔術はむやみに使うものではない。魔術は私たちも疲れるし、精霊も疲れる。それに火をつけるぐらい自分でできるだろ? だから、アリステリアも火をつけるぐらい、自分一人でできるようになれ」
火が着いて、地面にあった枯れ木を燃やす。
「うん、分かった。私、頑張ってみるね。ねぇ、レオーネ」
「何だ?」
「アリステリアって呼ぶのやめて、アリスにしてよ。長いから」
「私は長いとは思わないが」
「アリスの方がいい。アリスって呼んで」
「べ…… 別に構わない。お前が良いならな」
レオーネは私から顔を背けて言う。
「ア…… アリス」
「うん。それで呼んで? レオーネ、どうしたの? 顔が赤い」
「気にするな」
レオーネの顔は少し赤かった。レオーネは私の名前を愛称で呼ぶのが恥ずかしかったみたい。ちょっと意外で、私はレオーネと仲良しになれる気がした。
焚き火を見ていると、お腹がグーッと鳴る。
思い出した!
母さまにイリジノを貰ったんだった。私は鞄からイリジノの入った袋を取り出す。
「レオーネ、母さまが握ったイリジノを一緒に食べよう」
「くれるのか?」
「うん!」
袋を開けて、イリジノを取り出す。
パタ
「アリス、なにか落ち――」
言いかけてレオーネは途中で言葉を切った。
「どうしたの?」
「お前は親に愛されているな」
私が首を傾げると。
「ほら、手紙だ」
「え?」
手紙を受け取り、私は読み始めた。
『アリステリアへ
アーサーと一緒に手紙を書きました。イリジノを食べてと念押ししたのは手紙を読んでもらうためだったの。
アリス、寂しくて泣いてないかしら?
私たちのこと大好きだもんね。泣いて、レオーネさんに迷惑を掛けてないか心配だわ。
でも、あなたは強い子よ。辛くてもどんなことがあっても一歩ずつ前に進んでいける子だって信じてる。
アリス、私たちも寂しいの。まさか、こんなに早く子離れされるとは思わなかったわ。アーサーなんて、ずっと泣いているのよ。うるさくて、私がいつも怒ってるのよ。でも、アリスはもっと辛いはずよね。
ごめんなさい。あなたを救えない親で。私とアーサーがあなたを救うべきだったのに。救う力がなくて、情けない親だわ。
これから一人できっと辛いことがあると思うけれど、アリスなら大丈夫。必ず乗り越えられるわ。だって、私たちの自慢の娘で、クラウスの可愛い妹で、セリカの自慢のお姉ちゃんだからね。
でも、大変だわ。あなたが帰ってくるのがいつになるか分からないから、アリスのための可愛い服が山ほどできてしまうわ。アリスが可愛いく成長するだろうから楽しみね。セリカも大きくなるから、私が沢山可愛い服を作るつもり。
話が逸れてしまったわね。
何が伝えたいかと言うと、あなたは一人じゃないわ。離れていても、私たちはいつもアリスのことを想っている。
辛いと思ったら我慢せずに泣きなさい。それでも辛くなって、どうしようもなくなったら、笑ってその辛さを吹き飛ばしなさい。
でも、無茶だけは駄目よ。アリスは直ぐに無茶をする子だから。
私たちはアリスが元気で生きてくれてさえいればいいの。どんなに離れてても家族なんだから、心は側にいるわ。
ごめんなさい。長くなってしまったわね。
アリスは強い子よ、あなたなら大丈夫。
私たちはアリスの帰りをいつまでも待ってるわ。
あなたは私たちの最高の娘よ。
アリス、とっても愛してる。
あなたを愛する両親より 』
私の体は震えた。
「レオーネ、泣いていい?」
「ああ」
寂しいけど、温かくて、嬉しくて。色んな感情が私の体の中をグルグルと回っていた。この手紙を読んだら、胸の中に空いた穴があっという間に塞がった。
「私も父さまと母さまが大好きだよ。ありがとう」
手紙を抱き締めながら私はずっと泣き続けた。
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