第15話

〜夜 アレストの部屋〜


今日はルイスと討伐に行く日だ。アレストはこの日がいつも待ち遠しかった。

「……」

いそいそと布を被って部屋の扉を開ける。

「あいぼ……」

「ぼっちゃん?どこへ行くんですか」

下を向いていたため、従者リヒターがいることに気づかなかった。

「さ、最悪だ……」

「こちらのセリフですよ」

「……」

リヒターはベノワットよりも少し背が低い。だが、アレストよりも3センチほどは高い。

「どこへ行くんですか」

「ん?……ふふふ」

「誤魔化さないでください。アレスト」

「……いや、ええと、小便……げふん、トイレに」

「その格好は何ですか?」

「……」

「ぼっちゃん?」

「相棒!!!」

アレストが廊下に飛び出す。廊下を歩いていたルイスの腕を取って、裏口へ。

駆ける。

「ギャハハ!!!ギャハハ!!!」

「な、何よ突然!」

「ギャハハ!悪いね!従者サンにバレた!」

「ちょっ……!」

「あんた、明日は飯無しかもねェ!ま、俺もだが!」

「巻き込まれてるのはこっちよ!もう!バカ王子!」

「ギャハハ!!このまま逃げちまおうぜ!!!」

本当は、こんな王宮を捨てて、わずらわしい立場も砂時計も捨てて

(……今夜だけじゃなく、あんたと逃げていたい)



〜シャフマ近郊の街〜


「……追手は来なかったわね」

討伐を追えたルイスが剣をしまいながら言う。

「あぁ。従者サン、何を考えているんだか」

「リヒターのことだからすぐに追いかけてくると思ったのに」

「もしかして父上に言ったかもしれないな。それはちょっとまずい」

「アレスト、ヴァンスさんのことをすごく気にするわよね」

「俺は幼い頃に母上を亡くしているんだ。だからかもねェ」

「……」

「あ、そういえばあんたは父上が亡くなっているんだっけな。逆だな」

「そうね。でも母上は……病弱だからあと何年持つか分からないわ」

病弱?アレストが首を傾げる。

「本当は私もなのよ。剣士になるのが夢だけど」

「気づかなかった」

「隠しているもの。純血だからかもしれないわ。ツザール村は閉鎖的だから……」

アレストの目が泳ぐ。

(……くそ、都合が良い)

「健康になったら、もっと楽しい未来があるかもしれないわね」

「……」

砂時計の最初の所有者である初代王子は絶対的な神の力を手に入れたという。

(相棒は、喜ぶかな)

(そんなわけないだろう)

(だが……口実にはなる)

王宮への帰り道、重い足を引きずりながらアレストは砂時計のことを考えていた。



〜昼 中庭〜


「ぼっちゃん、服が出来ましたよ」

「おっ」

中庭で花を眺めていたアレストにリヒターが真っ黒な服を渡す。

「父上はなんて?」

「好きな服を着れば良いとおっしゃっていました」

「あぁそう」

「部屋で着替えましょうか」

「くくくっ、たしかに許嫁たちの目が痛いぜ」


〜アレストの部屋〜


アレストが白い服を脱ぎ、黒い服に袖を通す。

「……ん?ここはどうするんだ?」

胸元の勝手が分からない。リヒターに尋ねる。

「そこはですね」

アレストの胸元を整える。

「こう着るのか。分かったぜ」

「はい。……ん?」

リヒターがふとアレストの真っ赤な爪を見る。

「そういえば最近爪を赤く塗っていますよね」

「オシャレさ」

「そうですか。風紀を乱さない程度ならまぁ……」

そのとき、1粒の砂がアレストの指先からこぼれ落ちた。

「砂……?」

「!」

「ぼっちゃん、まさか」

リヒターがアレストの手首を掴む。逃れようとしたが遅かった。

「砂時計に異常があるんですか……?」



他人に言うつもりなどなかった。

秘密は広がれば広がるほどリスクは上がるし、不謹慎だがルイスとの二人だけの秘密に心が踊っていたのも事実だ。

だが、ヴァンスが守ってきたこの国と大陸の心配をする従者は酷く気の毒に思えた。

「砂時計に何かあったらヴァンス様が悲しみます」

(……こいつは使えるかもしれない)

(ここまで『俺』のことを見ていないのならば非道な実験にも情が移らないだろう)

(利用してやろう)


「……今話した通り砂時計の寿命はあと3年と少しだ。リヒター……このままでは大陸が沈む」

「その前に、何か手を打たなくてはいけません!アレスト!!」

「そうだねェ……。一つだけ、あんたに頼みたいことがあるんだが」


「砂時計をもう一つ創りたい。俺は創り方を知っている。協力してくれるか?」

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