銀竜神社 本宮 その一

 銀竜神社の離宮は、最近になって階段に手すりがついたり、周囲が小ぎれいになって、観光地感が出たんだと松乃ちゃんから聞いたけど、初めて来たときは、正直ちょっと怖かった。

 背の高い針葉樹に囲まれていて、鳥居をくぐった先は薄暗い。

 夏でも涼しいし、木漏れ日はとてもきれいだけど、薄暗くて視界の隅がよく見えない感じがする。

 石でできた階段を、数段上る。

 そこから足元は玉砂利になって、歩くと独特な音がする。

 手水場の先に建っている社殿は、大きな茅葺の屋根で、ものすごく重厚な存在感がある。

 正面にはお賽銭箱があって、大きな鈴と、それを鳴らすための、独特の和風の布で作られた太い紐みたいのが垂れ下がっていて、その向こうに木の格子戸がある。格子戸の奥には、祈祷や行事を行う部屋があるのが、ぼんやり見える。

 左側にはお守りや破魔矢なんかを買える社務所がある。

 でも、今は巫女さんも誰もいないようだった。


 周囲に誰もいないことを確認してから、右を向く。

 本殿への入り口は、右側に伸びる、玉砂利の道。

 舞の練習が始まる前に、扇子を借りるついでに本宮を見学させてもらった。

 じゃりっと足音を立てて、右に向かう。

 両脇を針葉樹に囲まれた、玉砂利の道。道の両側に、背の低い和風の柵も設置されていて、歩きやすい遊歩道みたいになっている。

 数歩進んだ先の右側に、小さなお社が見えた。

 これは確かお稲荷さんのお社。

 その前を通り過ぎると、離宮の社殿が、林の間から少しだけ見える。

 

 じゃりじゃりじゃりと足音が響く。

 この辺りは、まだ、歩いていても怒られない。立ち入り禁止区域じゃないはずなのに、心臓はばくばくいってる。

 何だか、すごく悪いことをしているような気分になる。

 カーブした先を進むと、どんどん道が細くなっていく。両側にあった柵ももうなくなって、玉砂利はしいてあるけれど、周囲の森はどんどん鬱蒼としていく。

 どんどん暗く、怖い雰囲気になっていく。


 もう、離宮が全く見えなくなったころ、瓦屋根の大きな建物が見えてきた。


 本宮……に続く建物だ。


 離宮に比べると、新しくて近代的に見える建物。

 建物の少し手前に「許可のない立ち入りを禁止します」と書かれた立て看板がある。

 看板の横には三角コーンが二つ並んでいる。

 けど。

 その気になれば、こんなもの、またいで通り抜けれてしまう。

 タクト君は、この奥に行ったんだろうか。


 タクト君は、そもそもこっちに来たのだろうか。

 本宮の場所は、ちょっと分かりづらいし、実は観光客は本宮があることすら知らずに、だいたい離宮だけ見て帰ってしまう。

 まあそもそも本宮は立入禁止だから、来ても意味がないんだけど。

 そんな場所を、中学校すら自分で見つけられなかったタクト君が一人で来れるの?

 そもそも、さっきのツクヨミとかいう子は、どうやってタクト君がここにいるって知ったんだろう?

 GPSとか?

 ていうか、こんなにでかでかと『立ち入り禁止』って書いてるのに入っていく目的は何?

 虫が怖くて、家の庭すら一人で歩けないタクト君が、こんな森の中をここまで歩いてこれたのかな?

 でも。

 マウンテンバイクは、確かに入り口にあった。

 ここの、どこかには、きっといる。

 そんな気がする。


「どうしよう……」


 呟いて、とりあえず、松乃ちゃんにメッセージを送ることにした。


『タクト君が乗ってた自転車を、銀龍神社で見つけました。本宮の方にいないか探しています』


 送信ボタンをおしても、すぐには既読にならない。

 校内ではスマホは使用禁止だから、当然か。


「あ」


 そう言えば、私はタクト君のスマホの連絡先を知らない。

 お父さんやお母さん、校長先生も知らないのかな?

 そもそも、持ってるとこを見てないな……。

 まだ中二だし、厳しいお家なら持たせないこともあるかも?

 うーん……。


「スマホは持ってないけど、ナビがいるんだよな」

 ナビはタクト君が作ったって言ってたしなあ。

 

 その時、私の脳裏に、昨日の放課後のナビによる爆発騒ぎのときの記憶が、鮮明に蘇った。

 そして一気に連想された最悪の結末。


 虫への恐怖心からナビを警戒モードにするタクト君。

 本宮に何らかの用事があり、中に入ったのち、虫に遭遇。

 パニックになるタクト君の肩から、ナビによる威嚇射撃もしくは、ビーム攻撃が発射される。

 本宮で爆発騒ぎ……間違いなく呼ばれる警察や消防。

 逮捕されるタクト君。


 私は一気に血の気が失せていくのを体感した。


「は、はやく見つけなくちゃ……!」


 私は勇気を振り絞って、一歩踏み出した。

 そして、三角コーンをまたいで、本宮の敷地へと侵入した。


 今行くからね! おとなしくしててよ、タクト君!

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