迷子を探す その三
眩しい!
反射的に閉じたまぶたの裏側が、ピンク色に染まる。
タクト君と初めて会ったときと一緒だ。
けど、あの時は一瞬で眩しいのがおさまったのに、今度は、まだ、ずっと眩しいままだ。
——聞こえますか?
「えっ?」
突然、女の子の声がした。
——……聞こえますか?
あ。眩しいのが弱まった気がする。
恐る恐る目を開ける。
目の前には、さっきと同じ皐月姫の像。
けど、なんだろう。何かがおかしい。何かが、いつもとちがう。
空気? 雰囲気?
——貴方にお願いがあり、声をかけています。聞こえますか?
「!」
はっきり聞こえた。妙にクールな女の子の声。後ろから聞こえた。
バッとふりむくと、鳥居の向こう、湖の水の上に、長い髪をゆらゆらとたなびかせた、女の子の形をした白いもやのようなものが、ふわふわと浮いている。
「は? 誰? ていうか、何?」
お、おばけとかいうやつ?
そう言えばあんまり考えたことないけど、妖怪の言い伝えなんかもあるんだっけ?
妖怪?
いや私、落ち着いてるつもりだけど、もしかして混乱してるかな?
全然何が起こっているのか理解できない。
——貴方に、お願いがあります。この世界にいる、我が同胞を助けてください。我々は、この世界線を放棄することを決定しました。よって、同胞たちとの合流も、同時にあきめることとなります。
「は?」
だいぶ、何を言ってるのかわからない。
「あの、すいません、もしかして話しかける人、間違ってませんか?」
——貴方に話しています。
「はあ、そうですか……会話できるんですね。あの、何を言ってるのか、わからないんですが」
——我らが庇護下を出たクナイ・タクトに、どうか今のことを伝えてください。「この世界線は放棄する。よってそちらに向かったすべての同胞との合流は、永劫不可能である」と。
「タクト君? ねえ、ちょっと待って!」
さっき、よくわかんないけど、タクト君のことをあきらめるとかそういう感じのこと言ってなかった?
——わたしが接続可能だったそちらの人物は、あなただけでした。よって、このことは貴方にしか頼めません。
「いや、あの、あなた何なんですか? タクト君の家族?」
——家族。そうであったと言えるかもしれません。
「いやいやいや、何言ってんの? ちょっとそういうことじゃなくて、タクト君今、行方不明なんです。家族ならちょっとこっちにも協力して……」
——クナイ・タクトは、おそらく、我々が建設した地下施設に向かいました。貴方たちが、銀竜神社と呼ぶ場所。特に、その中の
「
それって、普段は立ち入り禁止のとこじゃん!
——この接続も間も無く切れます。最後に、貴方を、貴方の世界の人々の代表として、謝罪を。
「はい?」
なんか今、勝手に世界代表にされなかった?
——未来の我々が、貴方がたの今を犯したこと、謝罪いたします。ごめんなさい。
「……え?」
今、なんて言った?
は?
——これは、クナイ・タクトの願いでした。それでは……
「あ、ちょっと!」
もやが消えていく!
「待って! あなた誰? もっとちゃんと話を……」
——わたしは、ツクヨミ……
「あっ……」
その声を最後に、もやが完全に消えた。
と、同時に、空気が一変した。
風の音と、揺れる水音が突然耳に響いた。鳥の声。虫の声。木々の葉がこすれる音。道路を通る車の音。
一斉に音がして、私はようやくさっきの違和感の正体に気付いた。
謎の白いもや……ツクヨミって言ったな……が話していた間、周囲は全く音がしなかったのだ。
車は通らなかっただけ。風は静かだっただけ……かもしれない。でも、絶えず揺れる波の音は、消えるはずがない。
時間でも、止まらない限り。
「まさかぁ」
私は、力なくそう呟くことしかできなかった。
「でも、あのツクヨミって子、タクト君は本宮に行ったって、言ってたな」
正直、今となってしまえば、夢でも見たんじゃないの? って言われたら、そうかもしれないと思ってしまうくらい、ツクヨミとの会話は現実味がない。
けど、それでも、今タクト君がいる場所のヒントは、他にない。
「山か……」
銀竜神社のお社は、階段を上がって、道路をわたったところにある。けれどあれは、実は「離宮」なのだ。
観光客や、地元の人が普段通うためのもので、本物の、竜神様がいるっていうお社は、離宮の裏側。森の中にある。
私たちが、来週のお祭りのときに、舞を奉納する場所だ。
行ってみよう。
来週のお祭りの準備のために、誰かいるかもしれない。
私は意を決して階段を駆け上った。
自転車はそのままにして、横断歩道を渡る。
大鳥居よりは小さな鳥居が、木と木の間に見えている。
この先が銀竜神社「離宮」だ。
鳥居を一歩くぐってみると、鳥居の脇にある駐輪スペースに、タクト君がお父さんから借りたマウンテンバイクがあった。
本宮は、離宮の横にある道からしか行けないようになっている。
タクト君は、本当にここにいるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます