第34話 閉校式(前編)

 とうとうこの日がやってきた。

 教育委員会や市の職員をはじめ、OB、OG、地域の人達、メディアの人達で体育館を埋め尽くしている。

 人の多さに圧倒されながら、私達中学生は前列に着席して、式典開始の時間を待っていた。


「なっちゃん久しぶり~」


 振り向くとそこには、10歳上の姉の同級生達が私に声をかけてきた。


「こんにちわー」

「大きくなったねー。でも、やっぱ、ちっちゃくて可愛い!」


 小さいは余計だ。

 私は心の中でそう思った。


「春希、来てるー? 見当たらないんだけど……」

「姉は遠くに居て、子供も小さいから今日は来ないって……」

「そうなんだー。春希によろしくね。じゃー、またねー」

「はーい。どーもー」


 姉の同級生たちは席へ戻って行った。


「あー! 緊張するー!」


 そう言いながら明日香は、式典で述べる生徒代表挨拶の原稿を何度も読んでいた。


「なるようにしかならないよ。がんばー」

「きらり! 他人事みたいに言ってー……」

「生徒会長の最後の仕事だよ? しっかりねー」


 更に千秋がトドメを指すかのように明日香に言った。


「くそぉー!」


 明日香はやけくそになって、原稿をブツブツと小声で読みながら練習をしていた。


「まもなく式典開始の時間となりますので、ご着席願います」


 アナウンスが流れてきた。

 中野先生の声だ。

 女性の声だからだろうか。

 凄く落ち着いて聞こえ、聞き取りやすい。

 私達は身だしなみを整えてきちんと座り直した。


「それでは、これより姫乃森中学校閉校式を挙行いたします。校長式辞」


 校長先生がステージ上に登壇した。


「初めに、ご多忙の中、沢山の方々にこの姫乃森森中学校の閉校式にご出席賜りましてありがとうございます。残念ながら、この少子化により七十年の歴史を持って閉校という形になりましたが、みなさんの心の中にはいつまでも残っていくことでしょう。二年生のみなさん、来月から慣れない環境の中での学校生活が始まります。姫乃森中学校からも先生方が赴任するので、いつでも相談して下さい。そして、四人の仲間を大切にどんな困難も乗り越えて、最後の中学校生活を送って下さい。最後までこの学校で卒業させてあげられなくてごめんなさい」


 この校長先生の言葉に、二年生たちは泣きそうにしていた。

 あと一年だったのに、最後まで姫乃森中学校で過ごせなくて悔しかったのだろう。


「そして、三年生のみなさん。最後まで姫乃森中学校の伝統を引き継いで守り抜いてくれてありがとう。みなさんには最後の卒業生として、そして受験生としてのプレッシャーと戦いながらの一年間でご苦労をかけてしまったと思います。最後の卒業生らしく立派に卒業してくれてありがとう」


 なんか、校長先生の声が、涙声に変わっていっているようにも聞こえる。


「みなさんの今後のご活躍をお祈りするとともに、地域のみなさんをはじめ、ご臨席賜りましたみなさんにも感謝申し上げます。ありがとうございました」


 式辞が終わり、校長先生はステージから降壇した。


「生徒代表挨拶。生徒代表、菅明日香」

「はい」


 明日香はステージ上に登壇した。


「とうとう、この日を迎えることになりました。初めて閉校の話を聞いた時はとても信じられない気持ちでいっぱいでした。姫乃森中学校が無くなってしまうのはとても寂しいですが、この姫乃森中学校で学んだこと、楽しかった思い出は一生忘れません。人生の財産として、それぞれの道に進んでも活かしていきたいと思います。最後に姫乃森中学校にこの言葉を送ります。ありがとう! 姫乃森中学校!」


 最後の言葉は恥ずかしそうに言っていたが、立派な挨拶であったと思った。


「校章返還」


 ステージ上は町長と校長先生が登壇した。

 そして、校長先生の手から校章旗を町長へと手渡された。

 その瞬間、目頭が熱くなった。

 姫乃森中学校の歴史が終わった瞬間であった。

 いろんな思い出が蘇り、切なくなった。

 後方からは、すすり泣く声が聞こえた。

 みんな、この姫乃森中学校が大好きであったのだ。

 少人数だからこそ最高の友情が生まれ、最高の仲間に出会えた学校。

 保育園から中学校まで同じ仲間で過ごせる学校もそう多くないのだろうから……。


「校歌斉唱」


 この校歌を歌うのも今日で最後だ。

 歌い納めと聞き納めだ。

 私達は応援歌並みの大声で校歌を歌った。


「最後に蛍の光を歌って式典を閉じたいと思います」


 ん? 

 ほたるのひかり?

 私は隣りにいたふーに話し掛けた。


「ねぇ、ふー。私、蛍の光の歌詞知らないんだけど……」

「あたしもだよ! ねー、千秋。知ってる?」

「知らないよ! だって音楽の授業で歌詞覚えるくらい歌ってなかったし、卒業式の時だって歌わないじゃん! 最初の二節しか知らないよ!」


 すると、千秋の横に並んでいた二年生も歌詞を知らないと騒いでいた。


「よし! 鼻歌で誤魔化そう!」


 靖朗が自信満々で言った。


「そっそうだ! 鼻歌だ!」


 二年生達は変な団結を組んで言った。


「いやいや、取材のカメラを目の前にして鼻歌かよ! それは酷くね?」


 千秋がツッコんでいると後ろの席から、


「お前ら、蛍の光知らねーのか」


 と、声がした。

 後ろを向くとOBの人が私達の方を不思議そうに見ていた。


「お前ら、卒業式で何歌ってたんだ?」

「え? 校歌とその年に流行った卒業ソングです……」


 私はポカーンとしながら答えた。


「今の学校は蛍の光歌わねーのか。プログラムの後ろに歌詞書いてあるから、これ見て歌え」

「ありがとうございます! 助かります!」


 私はOBの人からプログラムを受け取り、千秋とふーと一緒に歌詞を見ることにした。

 二年生達も先輩達からプログラムを見せてもらっていた。

 私達は歌詞を顔見しながら、蛍の光を歌った。


「これにて、姫乃森中学校閉校式式典の一切を終了いたします。ありがとうございました」


 会場は盛大な拍手に包まれた。


「それでは、祝賀会にご出席の方々は会場までのバスをご用意しておりますので、ご移動お願いします」

「よし! 私達も移動するよ! 急げ!」

「うん!」


 私はみんなに声を掛け、祝賀会の会場である温泉施設へと移動を始めた。

 移動は、父兄の車に乗っていく。

 体育館を出ると川村先生が、私達に向かって叫ぶ。


「気をつけて来いよー! 会場で待ってるー!」


「はーい! 先生達もー!」

「夏希ー! 向こうでの指揮頼むー!」

「アイアイサー!」


 先生達は会場全体を仕切るため、私達のことまでは見きれない。

 詳しい打ち合わせは数日前には済ませている。

 私達は打ち合わせ通りに行動するだけだ。

 私達は荷物を持って駐車場で待っている父兄のもとへと走った。


「おーい! こっちー! 急げー! バス出る前に出発するぞー!」


 淳とふーのお父さんが車を準備して待っていてくれていた。

 二年生は淳のお父さんの車に、三年生はふーのお父さんの車に急いで乗車し、姫乃森中学校をあとにした。


「はあ! ギリギリセーフ! マジ疲れたー」

「危なかったねー。バス出発するまで秒の差だったよー」


 千秋とふーは息を切らしながら言った。


「ふーのお父さん、会場まで宜しくおねがいします」


 私はふーのお父さんに挨拶した。


「はーい。みんなお疲れ様。会場に着くまでゆっくりしててー」

「はーい」


 こうして、祝賀会の会場である温泉施設まで車で向かったのであった。

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