第20話 芸術の秋、食欲の秋(後編)

 今日は、美術鑑賞と高級レストランで食事をすることになっている。

 私達は、朝の会を済ませ、校舎前に止まっていたバスに乗った。

 バスに乗り込むと、既に二年生達がバスの中にいた。

 三十人乗りのバスに、生徒七人と教師四人が乗り込む。

 なんと贅沢だ。


 高速を使いながらバスに揺られること一時間半。

 公園のような敷地に立つ、県立美術館に到着した。

 美術専門でもある川村先生のあとについて、私達は美術館の中に入って行った。


「じゃあ、自由に見学しましょうー。時間になったら、この玄関前に集合でー」


 てっきり川村先生が作品の解説をしながら回るのかと思っていたら、まさかの野放し。

 川村先生は、本当に美術の先生なのだろうか。

 半ば呆れながら、みんなと一緒に美術館の中を歩いていく。


 ちょうど、地元にゆかりのある画家の展示会が行われていたので、そこを中心にゆっくりと見て回った。

 ただ、絵心がないので、正直、作品を見てもよく分からない。


「千秋は真剣に見てるね。分かるの? 私はさっぱり分からないや」

「あんたは絵が下手だからね。この良さが分からないとは、もったいない」

「そんなストレートに言わないでよ。ちょっと傷ついた」

「まあ、難しく考えないで、感じるままに観ればいいんだよ。それに、このあと豪華なレストランで食事なんだから、そこで癒やされよ」


 他人事だと思って、千秋はひどい言い様だ。

 まあ、これも幼馴染の仲だからこその漫才みたいなものだ。

 ふーは分かっているのか分かっていないのか「すごい! すごい!」と言いながら見ている。

 絵の大きさなのか、作品の素晴らしさで言っているのか、さっぱり分からない。


「ねえ、見て見て! ほらー! そっくりでしょー!」


 ふーは彫刻作品のポーズを真似て、得意げに私達を見る。


「公共の場でなにしてんの!」


 千秋に注意されて、ふーは「それほどでも……」と照れている。

 いや、褒めてないから……。

 そんなこんなで、美術館の見学時間はあっという間に過ぎていった。

 私達は、時間通りに玄関で集合した。


「じゃあ。これからレストランに向かいます。バスに乗り込んでくださーい」


 どこから現れたのか、川村先生が指示を出した。

 全然見かけなかったけど、どこにいたんだろう。

 でも、手には重そうな袋を抱えていた。


「先生、それ何ですか?」


 ふーが興味を持ったのか、川村先生に聞いた。


「これはね、美術館でしか手に入らないポストカードとか画集だよ。いやー、貴重なものがいっぱいあったー。来て良かったよ」


 どこにいたかと思えば、ずっと売店にいたようだ。

 美術館に来て、一番楽しんでいたのは川村先生であった。

 バスに乗り、少し離れた高級レストランに向かう。


「腹減ったー!」


 靖郎と淳が、だるそうに言った。

 私達もお腹がぺこぺこであった。

 レストランに着くと、予約席に案内された。

 大きなテーブルに、立派なテーブルクロスがかかっている。

 それぞれの席に、ナイフやフォークが準備されていた。


「今日は、フルコースのテーブルマナーを勉強します」


 内藤先生が指示を出し、私達は学年ごとに席に座った。

 そのタイミングで、レストランのスタッフが、私達の前に進み出る。


「今日はようこそおいでくださいました。テーブルマナーとは言いますが、皆さん、リラックスして食事を楽しんでいただければ幸いです」


 スタッフの説明を受けながら、私達はナプキンをつけて食事が来るのを待った。

 最初に出てきた料理を見て、生徒達はポカーンとしていた。


「えっ、これだけ……?」


 男子達が、小さな声で呟いた。

 最初はオードブルとのことだったが、丸いお皿の上にスモークサーモンで巻かれた野菜が、ちょこんと置かれている。

 とても美味しかったけど、男子には物足りないようだ。


 次はコーンポタージュが出てきた。

 スプーンを使い、音を立てないように飲むのだが、みんなズズズ、ズズズと音を立てて飲んでいる。

 スタッフは、吹き出しそうになりながら、私達を温かい目で見守っていた。

 次に、魚、肉とコースが続いていったが、みんな口を揃えて、


「白米が食べたい……」


 と、呟いていた。

 私達の田舎癖が炸裂していったのであった。


 教えてもらったとおりにナイフやフォークを使っていたが、みんなぎこちない動きで食事をしている。

 フォークではなくナイフで刺して食べようとしたり、上手く肉が切れなくて、そのままフォークを刺して丸ごと食べてしまったりしている。

 挙げ句のはてに、箸で食べたいという人もいた。

 なんと、川村先生もその一人だった。

 隣に座った内藤先生に、必死で食べ方を教わっていた。

 デザートを食べたあと、グラスの水を飲んで料理の余韻にひたる。


「美味しかったねー。もう一生食べれないね、こんな料理」


 ふーが満足そうに言った。

 確かに、すごく美味しかった。

 家で食べる大皿料理とは段違いだ。

 そんなことを言っていると、どこからかガリゴリガリゴリという音が聞こえる。

 前を見ると、靖郎と淳が、口をもぐもぐと動かしていた。


「何食べてるの?」

「氷ですー」


 男子二人は、グラスに残った氷まで食べていた。

 ふと見ると、明日香もガリゴリと食べていて、それを見ていたきらりが呆れて、恥ずかしそうに下を向いている。


「あんた達、行儀悪いよ」


 千秋が注意したが、男子と明日香は口を揃えて、


「姫乃森中学校のモットーは、最後まで綺麗に残さず食べましょうですよ! 先輩達も氷残ってますよ! 食べないと!」


 そこまでしなくたって……。

 私が呆れていると、隣から似たような音が聞こえた。


「やっぱり氷って美味しいよねー」


 ふーが、氷を頬張って、ガリゴリガリゴリと音を立てながら食べていた。


「ふーはほんと、氷好きだねー。いつもジュース飲むとき、氷と一緒に飲んでるよね。ていうか、あんたも先輩なんだから、きちんとしなさいよ。二年生が真似するでしょ」

「えー、私悪くなーい。私にとって、氷は食べ物だもん。それに、二年生の方が先に食べてたじゃーん」


 私と千秋は呆れてしまい、きらりと同じく恥ずかしくなって下を向いていた。

 ようやく氷を食べる音が無くなり、顔を上げた。

 すると、私や千秋、きらりのグラスの氷まで、みんな食べられてしまっていた。


「お前ら、いつの間に……」

「だって、もったいないじゃーん」


 どうやら、私と千秋の氷を食べたのは、ふーの仕業のようだ。

 そんなに氷を食べたら、お腹を壊さないか心配になる。

 スタッフが食器を片付けて、再び話し始めた。


「本日のコースはこれで終了となります。皆さん、何もかも残さず食べていただけて、とても嬉しいです」


 スタッフは笑顔で言っていたけど、私は恥ずかしくて仕方なかった。

 身も心も満たされた私達は、帰りのバスに乗り込んだ。

 お腹がいっぱいになったのか、氷をかじった四人はいびきをかきながら寝ていた。

 学校に着き、私と千秋はふーを、きらりは靖郎と淳、明日香を叩き起こした。


「ほら、学校に着いたよー。起きてー」

「もう着いたのー?」


 私達はバスを降りて、運転手さんに挨拶をして見送った。

 川村先生が、生徒を集めて指示を出す。


「じゃあ、今日はこれでおしまいです。三時のバスまで、部活をして過ごしましょう」

「はーい!」


 すると、靖郎と淳と明日香、そしてふーが、走って校舎に入って行った。


「どうしたのー?」


 千秋が叫ぶと、振り向いたふーが青い顔をして叫んだ。


「お腹が……ちょっと……ヤバい! トイレ!」


 四人は必死の顔で、トイレに向かって走っていった。


「だから言わんこっちゃない……。あんなに氷食べるからだよ。自業自得だね」


 千秋の呆れたような呟きに、私ときらりはただ頷くだけであった。

 自分達のグラスだけで我慢していれば良かったのに、欲張って私達の氷まで食べるからだ。

 ふーなんて、私と千秋の分まで食べたのだから、そりゃお腹も痛くなる。

 欲張らなかった私達は、バスの時間まで楽しく部活をして過ごした。

 他の四人は、バスが来るギリギリの時間まで、トイレから出てくることはなかった。

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