012 対アンソニー戦

 カナタはすぐに、火縄銃マッチロックの引き金を引かなかった。

 相手が予測不可能な動きをしているわけではない。身体が大柄な分、むしろ少しにぶい程だ。たとえ火縄銃マッチロックを抱えていても、カナタの足の方が早い。

 だが、その相手の持つ武器が一番厄介だった。

自動拳銃オートマとか反則チートやん!」

 しかも減音器サウンド・サプレッサーまで装着しているらしく、銃声がほとんど聞こえてこない。

 辛うじてパス、パスと鳴っている音が耳に届いてはいるものの、それだけで相手の位置を特定することは難しい。こんな森の中では月明かりもほとんど差さないので、相手の身体や銃が視界に映ることはほとんどなかった。

(でもあまり撃ってこぉへん……多分、弾がほとんどないんやろうな)

 相手がどこから来て、どう暮らしていたのかは分からないが、元は銃を手に入れられる場所にいたことは間違いない。そして、今では銃弾を手に入れることができない場所に来てしまったことも。

 しかも銃を使い慣れているということは、銃弾の貴重さも理解しているということになる。つまり、無駄弾は期待できないということだ。

(だからその分、逃げる余裕だけはあるねんよな)

 火縄挟みに挟んだ縄の火をてのひらで隠しながら逃げ回っているので、まともに火縄銃マッチロックを構える余裕はない。一発でも撃てば銃声で洞窟内にいるブッチやシャルロットが気付いてくれるだろうが、その前に相手に殺されてしまっては意味がないのだ。

 必要なのは相手の正確な位置と、冷静に狙いを定めることができる少しの時間。

(ちょっと賭けやな……これ)

 火縄銃マッチロックを木に立てかけたまま、空いたもう片方の手でスカートに仕込んだ芥砲かいほうに触れる。

(……ま、元から死んどるようなもんか)

 腹は決まった。後は実行に移すのみ。




「あまり撃たせないでくれよ……」

 この世界に来て、自動拳銃はあまり使わないようにしている。火力が弱いので魔物を狩るのには不向きだし、人を狩るなら分肉ピンイン刀という愛用の中華包丁一本で事足ことたりた。

 なにより、自動拳銃これは本来、殺人用ではない。手足を撃ち抜いて身動きを止めさせ、その隙に近づいて捕縛する為のものだ。護身用として使うこともあるが、ほとんどは獲物に対してしか使ってこなかった。だから狙って撃つというのが、アンソニーにとってはどうも苦手に思えてしまう。

「連射できれば楽なのに……」

 普段ならば足元に連射して、強引に動きを止めていた。だが相手は銃を使う相手に対して対処法を心得ているのか、可能な限り痕跡を消しながら、身を低くして逃げ回っている。

 おまけに、銃弾の残りはさほど多くない。ここで無駄遣いするわけにはいかなかった。

「……見つけた」

 左手で分肉ピンイン刀の柄を握り、右手で自動拳銃を構える。銃口は樹木からはみ出している影に沿って向けた。少しでも身を乗り出せば、すぐさま発砲できるように。

「これで……」


 ――ダァン!


 相手が発砲した。火縄銃マッチロックは連射できない、チャンスだと駆け出すアンソニー。銃弾は外れたのか、近くの樹を削り取っていく音が聞こえてきた。

 的を外した為か、相手の女もまた、急いで背を向けて逃げ出している。装填させる暇さえ与えなければ、火縄銃マッチロックはただの棍棒にしかならない。

 銃弾の節約を優先し、自動拳銃を腰のホルスターに戻してから急いで追いかけていく。左手に握っていた分肉ピンイン刀を抜いて右手に持ち直し、一息に距離を詰めた。体格差から追いつくのは時間の問題だ。

「あと少し……っ!?」

 すると突如、舞い上がった金髪が月明かりに照らされる。その女は何故か身体をひるがえし、撃ち終えたはずの火縄銃マッチロックの銃口をこちらに向けていた。

「なっ……」


 ――ダァン!


 すでに放たれたはずの銃弾は、何故か腹部に撃ち込まれていた。




「ふぅ……」

 うまくいったことに、カナタは一先ず安堵あんどした。

 最初に芥砲かいほうで狙いを定めて発砲したのだが、どうせ当たるわけはないと、すぐに身をひるがえしたのだ。

 接近戦でしか役に立たない芥砲かいほうおとり、本命は射程距離の長い火縄銃マッチロックだ。相手はこちらが一発撃った後、すぐに再装填リロードさせないように急いで追いかけてくると踏んでいたが、なんとか予想通りに事が運んでくれたらしい。

「おにぃ、大丈夫やろうか……」

 火縄銃マッチロックの火皿に火薬をそそぎ、火蓋を閉めて周囲のかすを息で吹き飛ばした。後は銃口に火薬と弾を入れれば再び撃てるようになる。

 先程からこちら側の銃声しか響いていない。ユキも火縄銃マッチロックたずさえてはいるものの、あちらは火縄に火を点けられていなかった。

 向こうから銃声が響かないのも、それが原因かもしれない。

はよ、行かん……とっ!?」

 火薬入れで今度は銃口から火薬をそそぎ込んでいる時だった。早合を使わなかったことは間違いでも、咄嗟とっさに身をかがめたのは正解だったらしい。

 カナタの頭上を銃弾が飛んでいく。

「なん、っ!?」

 振り返った先に、撃ち抜いたはずの男がいた。しかしかすかな月明かりでも、相手の身体がどうなっているのかはまだ見える。

血ぃ出てへん・・・・・・、って……」

 相手は防弾ベストを身に着けている。しかも通常の火薬量では火縄銃マッチロックで貫通できない規格レベルのものを。


 ――ダァン!


「うわっ!?」

 相手の男、アンソニーから声が漏れる。

 先程の銃声はおそらく、ユキが放ったものだろう。どうやったのかはともかく、火を点けることには成功したらしい。

 しかし向こうはカナタが放ったものと勘違いしたのか、減音器サウンド・サプレッサーおさまれた自動拳銃の乾いた銃声が数発、辛うじて聞こえてくる。おそらくは混乱したまま慌てて抜き、引き金を引きまくっているのだろう。

 たとえ苦し紛れだとしても、当たってしまえば人なんて簡単に死ぬ。

(かと言って、防弾ベスト相手やと……)

 相手が冷静さを取り戻す前に、手を打たなければならない。

 そう考えた瞬間、予想外の出来事が起きた。


 ――ドォオオオオ……ン!


「あわわわわわ……っ!?」

「おにぃ一体何やらかしたんや!?」

 おそらくは火薬入れに引火したんだろう。まとまった量の火薬でなければ、あんな爆発音は起きない。

 しかしツッコミを入れている暇はなかった。スカートの中から火縄銃マッチロックの銃床に収納されているのとは別の朔杖かるかを急いで差し込む。

 いちいち弾を入れている余裕はない。それに、この朔杖かるかは特別製だ。

「くっそ、クローデットは大丈夫なのか……?」

 弾切れになったのが、逆に冷静さを取り戻すことに繋がったらしい。

 ぼやきながら自動拳銃の弾倉を取り替えようとしている間に、カナタは朔杖かるかを差し込んだままの火縄銃マッチロックを向けた。

「なあ、おっちゃん!」

「なんだ小娘っ!?」

 銃床から新しい弾倉を叩き込むのと同じタイミングで、カナタは叫んだ。

「……自分、フレシェット弾って知っとる?」


 ――ダァン!


「ごぉっ!?」

 カナタが火縄銃マッチロックで放った特別製の朔杖かるかダーツ状の先端が尖ったフレシェット弾を放ち、防弾ベストを貫いたのだ。

「が、ぐ……っ!」

「ハア……ほんま疲れるわ」

 野生の鱗豚オーク肉を狩る際、鱗を貫通できるようにと準備したのがこのフレシェット弾だった。朔杖かるかの先端に鉄の矢を埋め込み、通常の弾よりも貫通性を高めて、頑強な的を貫く為に。

「早いとこ銃を取り上げんと、な……」

 しかし、相手は死んでいなかった。

 防弾ベストを貫くことはできた。その証拠に、今もゴボッ、と腹部から血液が音を立てて零れていくのが聞こえてくる。しかし致死量にいたってないのか、弾倉を交換したばかりの自動拳銃の銃口を、カナタへと向けようとしていた。

「お、オ、まえだけ、で、もぉ……」

 しかし、カナタが見ているのは自動拳銃の銃口ではない。

「……悪いが、」

 剃刀かみそりを片手に、アンソニーの背後に忍び寄っていたユキだった。


「そいつは俺の女だ。誰にもやんねえよ」


 殺された人達の恨みだとばかりに、カナタの目の前で、ユキは剃刀かみそりの刃でアンソニーの首をき切った。

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