011 対クローデット戦

 ユキが相手にしている方は、ナイフ、というよりは剃刀かみそり使いと呼ぶべき者のようだった。月明かりに反射して見える刃は、手元にそれしかないのか、先程投擲とうてきされたものと全く同じものだからだ。

 新月の晩ではない為、次々と投擲とうてきされる剃刀かみそりの位置は辛うじて把握できるので、今はどうにか避けていられる状態だ。

 だが、どうやら相手の方が上手らしい。

(まずいな……火を点ける余裕がない)

 火縄銃マッチロックは火縄挟みに挟んだ縄に点いている火を火皿に押し込むことで中の火薬を引火させて、銃口に押し込んだ弾を撃ち出す仕組みになっている。しかし、いくら事前に火薬を装填していたとしても、火縄に火が点いていなければ話にならない。

 以前、足を滑らせて転び、火薬だけ込めた火縄銃マッチロックを暴発させたことがあった。

 それ以来暴発を防ぐ為に、使わない間は火縄に火を点けないようにしていたのだが、今回は完全にあだとなった。

(マッチはあるが、カナタがさっきやられたみたいに、そこ目掛けて剃刀かみそりが飛んでくるだろうし……小太刀を置いてくるんじゃなかったな)

 いつもは腰に差しているはずの小太刀は、今ここにはない。洞窟内に置いたままだ。

 とはいえ、銃声さえ鳴らせればブッチやシャルロットも目を覚ますだろうし、カナタの方はすでに火を点けた状態である。未だに発砲しないのは少し気になるところだが、彼女は芥砲かいほうもスカートに忍ばせていたはずだ。

 遅かれ早かれ発砲する。その銃声がそのまま二人への救難信号になること位、カナタが思いつかないはずはない。

(問題は、相手との距離か……)

 おそらく、カナタが撃たないのは、連射ができない為だ。

 一度撃った火縄銃マッチロック再装填リロードに時間が掛かる上に、その間に接近戦を持ち込まれれば、相手によっては彼女の方が不利になってしまう。それに芥砲かいほうは仕込み武器の為射程距離も短く、前回の異能持ちの時のように、都合よく相手が油断した隙に撃ち込められるとは限らない。

 それを防ぐ為に、今は様子を見ているのだろうが、それにしては何かがおかしい。遅すぎる。

(おまけに相手は、殺人鬼ではあっても動きが明らかに素人じゃない。さてどうする……)

 相手はもう剃刀かみそりを投げてきていないが、おそらくはまだ数を残しているはずだ。全部投げるような間抜けでもないだろうし、なにより……

(投げるのに適したナイフは他にもある。多分、初めて使って思い入れのある凶器なのか、それとも肉を裂く感触を楽しんでいるのか、だな)

 だから接近戦用に最低でも一本、必ず持っているはずだ。

 逆に言えば、それを含めて無力化さえできれば、なんとかなる。

(しかし何故撃たない? カナタの奴、何かあったのか……?)

 発砲音がなければ、最悪の場合、寝ている二人には最後まで気付かれない恐れがある。そんな事態になれば、不利になるのは自分達だ。

(こっちは銃とはいえ、骨董品の火縄銃マッチロック一丁のみ。こいつを棍棒代わりに振り回すしかないか……)

 その時、


 ――ダァン!


 待ち望んでいた銃声が鳴り響いた。しかし同時に、状況も動き出した。

 カナタの発砲に合わせて、相手もまたユキへと接近してきたのだ。たとえ火を点けていなかったとしても、足音だけである程度はこちらの位置を予想していたのか、動きに迷いがない。

「……ちっ、やっぱり女の方か」

 ミートパイを購入する為に並んでいた時に、二階から客を見送ろうと外に出てきたのをユキは見かけていた。剃刀かみそりを投げつけてきている時点で理髪師の女の方だと予想はついていた。けれども、

「できれば男の方とやりたかったが……早く片付けた方がいいな」

 慌ててマッチを引き抜き、爪先で火を点けようとするが、その女、クローデットがユキの手を蹴り飛ばす方が早かった。

「危ないねぇ!」

「ちっ!?」

 射撃の構えをき、火縄銃マッチロックを鉄の棍棒として振ることを選ぶ。

 まずは横に構えて相手の斬撃を防ぎ、そのまま片側を前に押すようにして銃床を相手の鳩尾みぞおち目掛けて振った。

「がっ!?」

 だがユキはすぐに距離を取り、もう一本マッチを抜いた。

 大陸世界『アクシリンシ』の南側は『地球』世界、日本の季節でいうところの夏の気候がずっと続いている地域だ。慣れればそこまで暑くはないだろうが、それでも重ね着をしていたことに、ユキは違和感を覚えていた。

 そして今、相手を火縄銃マッチロックりつけたことで、その理由がハッキリとした。

「防弾ベストか!?」


 ――ダァン!


 二度目の銃声が鳴る。

 おそらくはカナタを襲っている男、パイ屋のアンソニーの方もまた、防弾ベストかそれに近いものを着こんでいるはずだ。

 だからカナタも、二発目を発砲せざるを得なかったのだろう。

 向こうの勝敗も気になるところだが、今は自分の命を守る方が優先だ。


 ――バシッ!


 今度こそ火を点けたマッチで、火縄に火をともした。だが問題は、胴体を狙えないということだ。

 装填する火薬量を追加すれば防弾ベストを貫けなくもないだろうが、その分反動も大きくなり、狙いもれる可能性が高くなる。それに、何よりも怖いのは銃そのものが増量した火薬に耐え切れず暴発し、自滅することだ。

(狙うとしたら胴体以外、だが……)

 月明かりがあるとはいえ夜闇の中な上に、相手の動きが早すぎた。しかも月明かりに反射していることに気付いたのか、剃刀かみそりの刃をなるべく身体の影に隠しているようで、位置を把握することが困難になっている。逆にユキの方は、火縄挟みに挟んだ縄の火が目印になって、隠れるという選択肢は選べなかった。

「……ぐ、っ!」

 相手の動きに無理についていこうとして、逆に追い込まれてしまったらしい。背中に樹木がぶつかり、これ以上下がることができなくなってしまう。

「もう逃げられないわよっ!」

「くそっ!」


 ――ダァン!


 苦し紛れに引き金を引くものの、クローデットの顔を辛うじてかすらせるのが精一杯だった。これでもう、火縄銃マッチロックを発砲することはできない。

「自滅したわっとっと!?」

 おそらくは『自滅したわね』とか言おうとしていたのだろう。しかしその前に、ユキは火縄銃マッチロックを手放して相手に投げつけていた。

 クローデットも咄嗟とっさのことで、手に持っていた剃刀かみそりを思わず手放し、火縄銃マッチロックを掴んでしまう。

「一体……」

 何を、と言葉は続かなかった。

 続いて投げられたのは、火縄銃マッチロックに使用する火薬入れだったからだ。しかもふたを開けて、中身が飛び出るようにした上で。

「これって火薬……ってまさかっ!?」

 そのまさかだった。

 撃ち放った後の火縄銃マッチロックだが、火縄挟みに挟まっている火縄には未だ火が灯っている。ユキは背中合わせになった樹木の裏に急いで隠れた。

「このっ……!?」

 火縄銃マッチロックの火が火薬に引火し、周囲が爆発に包まれた。


 ――ドォオオオオ……ン!


「熱っ、熱々……っ!」

 火薬の爆発が予想以上に大きかったのか、盾にした樹木の裏側にまで余波が届いてきた。その熱気を吸い込まないように口元をおおい、まともに呼吸ができるまで息を止める。そうしなければ熱気が気管支に入り、焼けただれてしまうからだ。

 爆発が収まるのを確認し、樹木の影からそっと顔を出し、様子をうかがう。理髪師の女は顔も焼け、無残な姿で大の字に倒れていた。

 至近距離で火薬の爆発を受けたのだ。たとえ防弾ベストで胴体を守られていたとしても、頭や手足までは覆われていない。もう死んだか、辛うじて生きていたとしても長くはないだろう。

「しかし参ったな……」

 相手の油断を誘い、かつばらいた火薬に引火させる為とはいえ、火縄銃マッチロックをクローデットに向けて投げ捨てたのは痛かった。

 この前も水魔ケルピーのせいで湿気しけた火薬と泥で目詰まりさせてしまったことをきっかけに、フィルとは大喧嘩になってしまったのだ。爆発の火種となった火縄銃マッチロック残骸ざんがいを見て、どのような反応をするのかが予想できるだけに、次に会うのが憂鬱になってくる。

「……ま、命あっての物種か」

 地面の上で月明かりに反射している剃刀かみそりを一本拾い上げたユキは、カナタがいるであろう場所へと急いで走り出した。

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