第6話 みちのくの......(二)
「一般道でいいですよね」
と言う#牛頭__赤__#さんにふぅむと軽く頷く、ナビゲーションシートの#平野先生__まさかどさん__#。
「まぁ大して変わらんからな」
片手には何故かスマホ。で、誰かにメールしてる。なんだか今ドキに馴染み過ぎてて、とっても違和感なんですけど。
「何処に行くんですかぁ?」
と訊く俺に、なんだかワクワクでナビを凝視する水本。
「北に向かってますよね?何処まで行くんですか?仙台ですか?」
「それはさすがに遠すぎるだろう。朝から出ないと無理だよ」
バックミラー越しに苦笑いの#牛頭__赤__#さん。本当にこうして見ると、普通の大学生の好青年に見えるから不思議。馴れてんのかな、化けるの。
見慣れた道の傍ら、西側前方にちょっと小高い山が見えてくる。
「あ、わかった!」
いきなり座席から乗り出す水本。どぅしたんだお前?!
「文字摺観音ですね?!」
「正解」
ぴっ、と親指を立てる#平野先生__まさかどさん__#。イメージ壊れるから止めて。似合うけど。
「文字摺観音て、何?」
「百人一首の歌枕の地だよ。松尾芭蕉や正岡子規も訪れた有名な場所だ」
にっこり笑う#平野先生__まさかどさん__#。あ、嫌な予感。
「さぁ着いたぞ」
一時間半程のドライブで行き着いたのは由緒のありそうなお寺。
その門前に真っ白なポロシャツとスラックス姿で優雅に佇む紳士が約一名。
嫌な予感、的中です。
「早かったね」
「まぁな」
然り気無く俺たちを迎え入れたのは、他の誰でもなく、小野崎先生。つまりは御先祖、#小野篁__おののたかむら__#様。
「じゃあ行こうか」
俺たちを軽やかな足取りで案内する背中にめっちゃ圧を感じるのは俺だけですか?
で、辿り着いたのは境内の涼しげな木陰に置かれた結構な大きさの石の前。
「これが文字摺石だよ」
と、#小野崎先生__ごせんぞさま__#。
先生のレクチャに寄れば、京都から赴任していた都の役人、#源融__みなもとのとおる__#と土地の長者の娘、虎御前の悲恋の地なんだそう。
恋に落ちた#源融__みなもとのとおる__#と虎御前は両想いだったんだけど、#融__とおる__#は都に帰らなきゃならなくなって、別れ別れ。
もう一度会いたい一心で虎御前が願を掛けたのがこの石で、なんと虎御前が必死で祈ったら#融__とおる__#の顔が浮かび上がった。けど、虎御前は病気で亡くなって会えず終い。
その病床に亡くなる直前に届けられた#融__とおる__#の歌が、百人一首の歌なんだって。
「両想いだったんだけど、融の地位がふたりを引き裂いたようなもんだな」
と、#平野先生__まさかどさん__#。確かに京都とここじゃ遠すぎるよな。
「でも、無事に再会出来て良かったな......」
えっ?
ふと水本の方を見ると、愛おしそうに石を撫でてる。
なんでお前、泣いてんの?
ーまさか......ー
チラっと、#小野崎先生__ごせんぞさま__#を見ると、小さな声で耳打ち。
「見えるだろう?」
その指先では薄ボンヤリと古めかしい着物を着た女の人が水本の背中を抱いていた。
そして......ふと気がついたようにこちらを見ると、にっこり笑って、そして消えた。
「逝けたようだな.....」
ポツリ、と#平野先生__まさかどさん__#。
てことは、水本は......。
ー#源融__みなもとのとおる__#の転生、分け御霊だー
こっくり頷く、#小野崎先生__ごせんぞさま__#。頼むから直接頭に話し掛けるの止めて。
ーつまりは、こういうことだー
そ、そうですか。じゃ終わったら帰りましょうよ。水本もスッキリしたみたいだし。
「いや、まだだな」
突然、#平野先生__まさかどさん__#の顔が険しくなる。水本が俺達の方に来た、その背後の石をじっと睨んでる。
「何者だ?」
『その方ら、我れが見えるのか?』
じぃっと目を凝らすと大河ドラマの若侍みたいな格好の人がひとり。でも、すんげぇ美人。いや男なんだろうけど.....。
『我れにも、如何にしても会いたき御仁がおる。......此れにて願を掛ければ会えると聞いた』
頭の中に響いてくる声もめっちゃ美声。ちょっと高めだけど。
#小野崎先生__ごせんぞさま__#が静かに語り掛ける。
「御名は?」
『#蘆名盛隆__あしなもりたか__#......』
「では逢いたいと申されるは.....」
『常陸介殿に......』
#小野崎先生__ごせんぞさま__#と、#平野先生__まさかどさん__#、顔を見合せて、静かに頷いた。
「#諾__よし__#、して寄り代は如何に?」
#平野先生__まさかどさん__#が言うと、若侍はふうっと消えて、石の陰からひょっこりと白い塊が顔を出した。
え?ウサギ?
「連れておいで」
#小野崎先生__ごせんぞさま__#に言われて、そーっと近づくと、ぴょこっと腕の中に飛び込んできた。
何これ?めっちゃ可愛い。でも......
「近いうちに、常陸だな」
って、勝手に予定組まないで。
ちなみに水本は寺でのことは何も覚えていないらしく......。
「え?これ何処にいたの?可愛い!」
と帰りの車の中で、ひたすら若侍の兎を撫で回していた......。
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに
(河原左大臣(#源融__みなもとのとおる__#) 百人一首 第14番 『古今集』恋四・724)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます