第3話 夏の夜は...
「じゃあ、行ってくるわね」
ヒラヒラと手を振って新幹線に乗り込むお袋と妹をちょっとばかりムクレながらホームから見送る。
いいなぁ、東京......。
お袋は親父の実家に妹を預けてから成田に向かうらしい。行き先は中国だというから、そっちはあんまり羨ましくない。
夏に海外って言ったら、やっぱりハワイだよな。
まあ、近場にハワイもどきはあるけどさ。
ひとりでド田舎に取り残されるのはちょっと淋しい。
「ひとりでは無かろうが」
そう、駅のホームに立つ俺の両脇には、でっかい手で背中をドンと叩く、赤っ毛の短髪の厳つい兄ちゃんと、黒髪サラサラの細身の兄さん。
はい、閻魔大王さまのご推薦の家庭教師、牛頭さんと馬頭さんが化けた姿です。
牛頭さん、馬頭さんはじいちゃんに留守番を頼まれたお弟子さん、というポジションで、家にやってきた。
『先生やご家族のお留守の間に坊っちゃんの勉強を見てくれるように頼まれまして...』
どういう冥府マジックを使ったんだかは謎だけど、お袋は二つ返事で快諾。
じいちゃん家に案内して、スルッと鍵を預けて旅の空。
少しは怪しめよ。
まあ、田舎に有りがちな配置で、俺の家とじいちゃん家は同じ敷地の中にある。表側が俺の家で、奥側がじいちゃん家。親父は入り婿みたいなもんだし、転勤族だから嫁の実家が隣なのは何かと都合が良かったらしい。
で、人間のフリした牛頭さん、馬頭さんが寝泊まりするのはじいちゃん家で、俺は両方を行き来することにした。
ちなみに牛頭さん、馬頭さんというのは、最初にあの世で会った赤鬼と青鬼。
赤鬼の牛頭さんはやっぱり厳つくて、柔道でもやっていそう。#現世__こっち__#での名前は牛尾紅次だって。
青鬼の馬頭さんは牛頭さんに比べるとかなり細身だけど長身。面長で優男な印象だ。
#現世__こっち__#での名前は馬込青壱。
ふたりとも大学生という触れ込みで、ちゃっかり学生証まで用意してきた。
閻魔さまの権限で#現世__こっち__#への介入はある程度可能なんだそうだ。
まあ、#小野篁__ごせんぞ__#の小野崎や平将門の平野#先生__せんせい__#も似たようなもんだけど、#冥府__あっち__#でももっと高い地位にあるから、ある程度、自分でも権限を持ってるらしい。
それにしたって、シゴキたければ、わざわざ冥府から#牛頭__赤__#さん、#馬頭__青__#さん呼び出さなくても、学校の補習でいいじゃん。
三人並んでじいちゃん家の縁側で俺の小遣いで買ったアイスを食べながら、夕涼み。
ぶつぶつボヤく俺に、アイスの蓋まで美味そうに舐めながら、#馬頭__あお__#さんが言った。
「お二方ともお忙しいんですよ」
小野崎も平野も学校の休みの間は冥府に戻って、#幽世__あっち__#の仕事に専念するらしい。
「ほんのちょいの間でも留守にしはると、書類が溜まるんよ」
#牛頭__あか__#さんが、俺の頭をぽん、と叩く。
「#坊__ぼん__#も大人になったら、勤めに出るんやろ?したら分かるわ」
「そうかなぁ~」
どう考えても暑いのを避けて、#冥府__あっち__#でノンビリ涼んでいるとしか思えないんだけど。
「まぁ、ええやんか。ワシらはそんなにガチガチやないし。#坊__ぼん__#もワシらの方が気が楽やろ」
まぁね。#牛頭__あか__#さんも#馬頭__あお__#さんも、結構、のほほんとしてる。
「#現世__こっち__#には大王さまの眼もあまり届かんよってノンビリいきましょう」
あ、もしかして、ふたりとも息抜きに来てるんじゃ......。
言い掛けて、#馬頭__あお__#さんに、しっ.....て指先で口を押さえられた。
「聞こえてまうがな.....」
#牛頭__あか__#さんが耳のピアスを引っ張って苦笑い。
「それ、発信機?」
ひそひそ声で言うと、ふたりとも黙って頷いた。
「まぁよろしく頼むわ」
実は貴重なバカンスなんだそうだ。まぁいいけど。
せっかくのお客様だから、とりあえず夕飯はピザのデリバリーを頼んだ。
まずは#現世__こっち__#に慣れるのも大事だから、俺のとっておきのゲームでお・も・て・な・し。
楽しむのも、人生大事だよねえぇ?!
ー夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむー
(清原深養父 百人一首 第36番『古今集』夏・166)
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