一 奥の細道

第2話 春すぎて...

「おはよー」


「おっはー」


 校門に向かう途中で、バシバシ悪友どもに背中を叩かれながら登校。


「おっはよ、コマチ。なんだ元気ねぇなあ~」


「俺はコマチじゃねぇ。コ・マ・ハ・ルだっつーのっ!」


 そう、俺は#小野駒治__おのこまはる__#、ピチピチの十七歳。男子高校生。決して女子ではない。


「固いこと言うなよ~。女子も羨むパッチリお目めの美人さんが。不貞腐れてるとファンが泣くぞ」


「ファンなんかいねーわ!」


 ヘッドロックを掛けてくる短髪野郎の同級生に思いきり頭突きをかます。が、空振り。


「うぉっとぉ~。凶暴な乙女はモテないぞ」


「誰が乙女だ!コロスぞ」


 へらへら笑うコイツは俺の幼馴染みで悪友の水本透。


「お前、また背ぇ伸びてないか?」


 こいつってば、いつの間にかずんずん背が伸びて、今や学年で一二を争う長身。バスケット部のエースで超モテる。


「育ち盛りだからな。そういうコマチだって少しは伸びたじゃん」


「少しな」


 頭グリグリすんの、ヤメロ。そりゃあ俺だって人並みくらいには伸びてるわ。百七十センチまであと三ミリだからな。

 百九十超えのお前にはかなわんけどな。


「そう言やぁ、お前、古文予習してきたか?」


「してない」


 その二文字、聞きたくないんだけど、俺。


 昨夜はロクでもない夢見たな.......と思ったら、マジで明日からじいちゃん海外へ船旅だって。


 しかもじいちゃんが留守の間、俺がじいちゃん家で留守番しろって。しかも......


『私も海外出張になるし、お父さん、単身赴任でしょ?あんた自分の部屋が欲しいって言ってたじゃない』


 あっさり言い切るお袋。妹の雅美は親父の実家で夏休みだって。いいなぁ東京.....。



「お前も東京行けば良かっじゃん」


 軽く言うなよ透。


「『あんたは遊び呆けるからダメ』だってさ」


 首をすくめる俺の肩を誰かがぽん、と叩いた。


「おはよう、小野君。今日も委員会、ちゃんと来てね」


 サラサラの淡い色の髪が揺れて、ふんわりいい匂い。

 軽やかに走り去る後ろ姿も、カッコいい。


「誰?」


 お前も気になったか、悪友よ。


「三年の#和泉志希__いずみしき__#先輩。弓道部の部長で広報委員会の委員長」


 あぁ~と納得したように頷く、透。先輩は学校一のモテ女子で才媛だもんな。でも決まったカレシとかいないらしい。部活と学業でいっぱいいっぱいって格好良すぎん?


「手ぇ出すなよ」


 念のため、ちょびっと釘を刺すと、透は男っぷりのいい顔をしかめて、笑った。


「美人だけど、好みじゃないから大丈夫。ファンクラブも怖いしな」


 そりゃあ確かに。三年の猛者を押し退ける度胸は俺だってねぇわ。


「俺は、どっちかと言うと可愛い方が好みなんだよな。コマチみたいに小動物みたいの」


「誰が小動物だ!」


 マジ殺すぞ!睨み付ける俺のことなんぞお構い無しで、ヤツはう~んと伸びをする。


「しっかし、なかなか刺激的な眺めだよな。女子も衣替えで薄着になって、さ」


「だよな~」


 怒らないでよ。俺たち、健康な高校生なんだから。


「そこ、早く!校門、閉めるぞ!」


 のんびり空を眺めてたら、いつもの怒声が飛んできた。


「やべっ!風紀の菅原だ。急げ」


「おぅ!」


 予鈴間際に走り込む俺らの背後にはどこまでも青い空が広がっていた。









ー春過ぎて夏来にけらし 白妙の衣ほすてふ 天の香久山ー


(持統天皇 百人一首第2番『新古今集』夏・175)




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