第16話

 わたしはしばらく、ガブリエルの戦死を受け入れられませんでした。


 寮は引き払われ、やがてもう少ししたら、新しい補充の子どもが来るとミハイロワ先生は言っていました。わたしとニコールは、彼女の荷物を片づけるように命ぜられました。『心』のないはずのわたしたちですが、それでもおのおのこっそりと『宝物』を所有していて、それはガブリエルも例外ではありませんでした。


「どうしよう? これ」


 ニコールはそう言って、シーツの剥がされたマットレスの上に、ガブリエルの『宝の箱』を乗せました。


「何、それ?」

「ガブリエルの、宝物」


 なんてことはありません。ちょうどわたしが持っているのと同じような紙袋で、下の方に黒のマジックペンで『Gabrielle』と書いてありました。見覚えのある字。わたしの紙袋に書いてある『Alexa』と同じ字でした。おそらくそれは、ミハイロワ先生の字でした。


 わたしとニコールは見つめ合いました。どちらが先にうなずいたのかは分かりません。わたしはニコールが先にうなずいたのだと思いますし、たぶんニコールは、わたしが先だと思っていたことでしょう。ニコールが紙袋を開きました。シーツの剥がされたマットレスの上に、いくつものネックレスやブレスレットやイヤリングや髪飾りが、バラバラと落ちてきました。


「……」


 わたしたちは、そうしてしばらく、ガブリエルの『宝物』を見ていました。


 夏の終わり、ほんの少しだけ暑さが和らいだ夕方でした。白いレースのカーテンが風に揺れていて、その向こうに機械の轟音が聞こえてきます。


 けっして優秀ではなくて、でもそれを誰よりも自覚していて、努力を惜しまなかったガブリエル。『心』ないはずの彼女が、月に百ドルという給付金で、ちまちまと買い集めた宝物の数々。小さな石が大人っぽいネックレスも、生い茂る蔦をイメージしたブレスレットも、たぶん、手に取って眺めていただけなのでしょう。


 わたしはブレスレットを手に取りました。銀色の金具と薄水色のジルコンが、夕方の赤い光の中でかがやいていました。


 わたしはそこに、ガブリエルの残した『何か』があると思いました。あの時、手のひらに感じた温もりは、たぶん、きっと、おそらく、ぜったい、ガブリエルの『心』なのだと思ったのです。


 ニコールも同じように、ネックレスを手に取っていました。彼女はギュッと、それを握りしめて、


「セキレイのパイロットの遺品ってね、ふつうなら捨てちゃうんだって」

「うん」

「でも、ミハイロワ先生は『好きにしていい』って」

「……うん」


 ニコールの言いたいことは分かりました。彼女はガブリエルの遺品であるネックレスをつけました。わたしも同じように、ブレスレットをつけました。右手の発信機の上から、巻きつけました。


 ようやくガブリエルの死が、わたしの中にストンと落ちる感覚がありました。


「ねえ、アレクサ」

「何?」

「わたしたちに、『心』はないけれど……。わたしたちは、『人間』だよね?」


 セキレイのパイロットとして生まれても、心を持たない、完璧な兵器のパーツとして生み出されても。


「……うん」

「後から『心』が生まれるってこと、あるかな?」


 ニコールのその言葉に、わたしはヒナタが読んでくれた『オズの魔法使い』を思い出しました。


「……分からない」


 わたしたちはあの時、まるでブリキの木こりでした。

 ブリキの木こりであるわたしたちは、『悲しみ』という感情を理解することができないまま、空っぽの胸の中でそっと、ガブリエルの死を悼みました。

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