【4】

第8話

 わたしが久我山基地で何年を過ごしたのか、わたし自身には正しい数字が分かりません。ミハイロワ先生……。じゃなかった。ミハイロワ中尉に聞いたら、ぜんぶで通算、ちょうど十年近くになるそうです。


 十年!


 わたしは短い人生において、ほとんど大部分を、その基地で過ごしました。久我山基地は南の島で、基地の識別コードは『JP07』で、『敵』との戦争における、最前線基地。他の基地とは比較にならないくらいの潤沢な予算と、手厚い兵力配備。世界でも数少ない績隷セキレイが、七機も配属されているところから、この基地がいかに重要なものなのか、察するのは簡単なことでしょう。


 赤道近くにあるその島は、わたしにひたすらの困惑を与えました。暑い、とにかく暑い。ふつうに日差しの下に立っているだけで、肌がチクチクと痛みます。空はいつだって濃い青で、養育機関の山奥の、いつも曇っているような寒空しか知らなかったわたしにとって、その青空はいっそ暴力的なまでに、わたしの目の中に入り込んできました。赤道近くなのですから、とうぜん目立った四季はなく、黄金色の葉っぱのトンネルも、降り積もる雪も存在しませんでした。


 ほんとうなら美しく見えるはずのその風景を、わたしたちの誰しもが、無感動に眺めていました。ただイーサンだけは違っていて、ヘリコプターを降りたその瞬間、基地を覆った夏の空気にはしゃぎ、青い空に向かって歓声を上げていました。




 それから間もなくして、わたしたちは初陣を迎えました。


 はじめて乗る、ほんもののセキレイのコックピット。はじめて乗るはずなのに、わたしはそれを、前から知っているような気がしていました。ガブリエルもニコールも同じだったようです。わたしたちはみんな、セキレイのパイロットになるべくして生まれてきたのです。長い長い睡眠学習と訓練、『調整』を経て、わたしたちはようやく、帰るべきところへと帰ってきたのです。


 パイロットとしての日々は、養育機関にいたころと同じか、あるいはそれ以上に単調なものでした。訓練、調整、出撃、帰還。休養、待機、訓練、出撃。幸い、『敵』との大きな交戦は起こらず、小規模な小競り合いが続きました。わたしは『敵』を二体、撃墜しました。イーサンは三体、撃墜しました。


 当時のわたしたちにとって、その数字は大した意味を持ちませんでした。出撃のたびにイーサンは撃墜数を増やして行って、次にわたし、そしてアイゼアが続きました。わたしたちは――イーサン以外は得意がることもなく、待機命令時も、青い空の下で、黙々とシミュレーターに向かいました。




 後々、ミハイロワ先生に聞いたところによると、一般的なパイロットならば、生涯に五体も撃墜できれば十分だと言うのです。それがほんの半年足らずで、わたしは八体、イーサンは十一体もの『敵』を落としました。それくらい、わたしたちの乗るセキレイは強力なのです。セキレイは、当時の軍にはなくてはならないものでした。


 ミハイロワ先生はわたしたちの教育係で、事実上の上官で、厳しく、冷徹でした。仮想戦闘訓練で彼女に勝てたことはついぞありませんでしたし、たぶん、今戦っても結果は変わらないでしょう。


 彼女に敗れるたびに、わたしたちは電流を流されました。当時のミハイロワ先生にとって、わたしたちはほんとうに、兵器のパーツでしかなかったのだと、そう思っていました。だから後々、彼女の涙を見て――彼女がわたしたちを愛していると聞かされた時――わたしは彼女の言葉を、すぐには信じられませんでした。

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