第2話
わたしたち、セキレイのパイロットの養育機関は、とある山奥にあります。そこで生まれ育ったわたしにも、そこがどこだったのか、具体的には分かりません。調べようにも情報がないし、そこで生まれ育ったわたしにすら、軍は具体的な場所を教えてはくれないのです。セキレイは軍の中でも最重要機密のひとつであり、現状、もっとも高い戦力を誇る機体です。ですからパイロットの卵たちもまた、最重要機密として扱われていたのを知ったのは、久我山基地に配属された後のことだと思います。
わたしたちは睡眠学習で、さまざまな知識を学んでいました。一般的な学業、人間社会というものの概念。そして何よりだいじな、セキレイの操縦方法、ならびに、わたしたちが戦うべき『敵』について。わたしたちは生み出されたその瞬間から、セキレイのパイロット――つまりは部品となるべく、ありとあらゆる処置を施されました。知識や技能の習得、神経系の遺伝子操作、薬品と洗脳による、肉体的な『調整』。エトセトラ、エトセトラ……。
そうやって『心』を取り上げられたわたしたちの中でも、一風変わっていたのがイーサンで、彼は認識番号がわたしの一個前だということもあって、わたしはよく彼の『奇行』を目にしていました。物心がついて以来、つまりは一年間の睡眠学習から目覚めた後からですが、彼はわたしを引きずり回し、養育機関の敷地内の、いろいろなところへと出かけていきました。
「なあ、アレクサ。見ろよ」
彼はそう言って、わたしにさまざまなものを見せてきました。春には色鮮やかな花びらを、夏には毛虫やセミの抜け殻を、秋には色づいた落ち葉を、そして冬には、雪で作った小さなうさぎを。
「なあ、すごいだろ?」
彼は何かを見せてくるたびにそう言って、わたしの目をのぞき込んでいました。でもあの当時のわたしは、彼の期待していたような答えは、何ひとつ返せませんでした。わたしの、死んだ魚のような目を見て、彼は、
「なあ、アレクサはどうしたい?」
そんなこと訊かれても、わたしの中には、答えなんてありませんでした。
彼にはどう見ても――当時、『心』がなかったはずのわたしが見ても、彼には『心』があったように見えました。わたしたちはセキレイのパイロットであり、あの優れた機体のパーツの一部であることが求められました。
『機械よりも精密に、AIよりも柔軟に。でも人間の心は排除して』。それが養育機関のスローガンでした。『心』がないことが完璧であるという養育機関において、イーサンがかなりのはみ出し者であったということは、言うまでもありません。みんな似たような表情をして、虚ろな目をして戦闘シミュレーターに向き合っていたわたしたちですが、それでもやはり相性というものはあったのだと思います。イーサンにとって、わたしはいちばん馬が合ったのでしょう。『心』のなかったわたしがどう思っていたのかは分かりませんが、たぶんわたしの方も、彼がいちばん、相性がよかったと感じていたのではないでしょうか。
そんな子どもが同時に百人くらい生み出されるのですが、生き残ってセキレイのパイロットになれるのは、せいぜい多くて二十人かそこらです。わたしの周りにも何十人という子がいたはずなのですが、わたしはその子たちのことを、ほとんど覚えていません。まったく、と言ってもいいでしょう。覚えているのはイーサンと、あとはガブリエルとニコール。それとアンドリューとアイゼアくらい。もう彼らだって、ひとりも残らず死んでしまいました。何よりイーサンは、皆さんが知っての通り、他でもないわたし自身が殺したのです。
わたしたちは兵器であり、生物としての区分上はホモ・サピエンスですが、基本的人権は与えられていません。どんな基準が用いられていたのかは分かりませんが、規格に沿わなかった子どもたちは、次つぎに殺処分されていたそうです。わたし自身がそれを目撃したわけではありません。でもミハイロワ中尉が――この当時はミハイロワ先生だったその人が、そう証言していたのだから、間違いのないことなのでしょう。
……話を戻しましょう。わたしはそんな風にイーサンに引きずられ、『心』を持たないなりにも豊かな子ども時代を過ごしました。後述するヒナタとの出会いも、もちろんそこに含まれています。
でも当時、そうやってわたしを引きずり回すイーサンのことを、快いと思ったことは一度もありませんでした。とは言っても、わたしに『心』はなかったはずなのですから、あくまでも振り返ればの話です。今のわたしが、過去の自分に解説をつけるならば、わたしは間違いなくイーサンのことが『嫌い』でしたし、彼に連れ回された冒険の日々も、一種、『恐怖』の連続のようなものでした。
カエルのお尻にストローを刺して、息を吹き込み破裂させる遊び。アリの巣を水責めにしたり、釣ったザリガニの身を剥がして、新しいザリガニを釣ったりする遊びも、わたしには何が楽しいのか分かりませんでした。今思えば残酷で不愉快きわまりないのでしょうが、当時のわたしにはそんな感情すらもありませんでした。ただ、そんな遊びをして笑っているイーサンを見ると、胸のあたりがぞわぞわしていたのを覚えています。そういう時、イーサンはわたしを見ると、必ず嫌そうな顔をするのです。不機嫌そうな、つまらなそうな顔をするイーサン。その瞳の中に、わたしは死んだ魚のような自分の表情を見つけていました。
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