第5話
* * *
彼女が家を出て約3時間くらい経った頃、母親に階段の下から名前を呼ばれて晩御飯の準備ができたことを知った。
階段を下りリビングへ向かうと母親と妹の美奈が既に席に着いていたので僕も自分の椅子に座ると早速ご飯に手をつけた。
「父さんは?」
「残業だって。あと、今日お兄ちゃん連れてた人って彼女?」
「そんなんじゃないよ。美海はその……幼なじみみたいなヤツだ」
「ふーん。初めて見たけどね」
「本当だよ。美海ちゃんは颯汰が小学校1年生の頃に仲良かったのよ」
ここで初めて母さんが口を開く。
どうやら母さんも美海のことを知っているらしい。
「小学校1年生限定なの?」
「そう……ね。まぁ、色々とあったのよ」
母さんは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をした。何か不都合なことでもあったのだろう。
「なになに、喧嘩でもしたの?」
「母さん、それは僕も少し気になる」
「え、お兄ちゃんは知ってるんじゃないの?」
「……いや」
美奈は頭に『?』を浮かべていたが、僕は敢えてそこから何も言わずに母さんの返事を待った。が――――
「そんなことはもういいから早く食べちゃいなさい」
母さんはそれ以上追求を許さないようないつもの優しさもあり、それであって少し冷たい声でそう言い放った。
結局、母さんは美海のことを知っているということと僕と美海は小1の時だけの関係だということが分かった。
僕は母さんの最後の言葉の中に隠された何かが気になりモヤモヤしながらも自分の部屋に戻るとすぐにスマホを開ける。
画面が明るくなった所でLINEの通知が1件届いていたことに気づく。
『冬野 美海さんがあなたの電話番号で友達登録しました』
僕はLINEを開くと彼女を友達に登録し、適当なスタンブを送ると返事はすぐに返ってきた。
『今日はいきなり押しかけてごめんね! あと、最後のそうちゃんドキドキした?笑 ゆっておくけど私もわざとじゃないんだからね!』
僕は『最後の』という言葉についさっきまで忘れかけていた彼女とのハプニングを思い出してしまい、恥ずかしさのあまり顔が熱で燃えるように感じた。
「ドキドキって……したにきまってんだろ。バカ」
僕は『してねぇよ、バーカ』と、うつと送信ボタンを押した。
* * *
その後は何も無く、何の変哲もない日常をただただ過ごした。
そして月をまたぎ、9月になると夏休みも終わり2学期が始まった。
青いペンキに塗られたような空が広がる2学期の初日、僕は太一と登校を共にしていた。
「夏休みあっという間だったなぁ」
「ほんとだね。それにユニフォームとグラブを持っていない太一を見るのも入学式ぶりくらいかな」
「颯汰こそもう楽譜とタオルは持ってきてないんだろ」
「まぁね」
お互い部活を引退し、夏休みも挟んだというのにただの一生徒に戻った感覚というのは未だに実感が湧かず、今日も始業式が終わったらまたいつもみたいにトランペットを吹いているんじゃないかとすら思う。
「青春が終わったって感じだな」
「何言ってるんだよ。2学期といえば文化祭や体育祭がある。これからだろ」
「野球部主将だったお前ならそのチャンスもあるかもしれんが、文化部でその光を浴びるのは余程のイケメンでない限り無縁なんだよ。そういう世界なんだよ」
「そういうもんかねぇ……」
「そういうもんなの」
そんなことを話している内に僕達は下駄箱まで来ていた。
僕は夏休みに持ち帰っていた体育館シューズを出すと元の場所に直すために下駄箱を開けると中には2つ折りにされた紙が置かれていた。
「おい、太一。これ……」
「おいおいまじかよ。2学期早々からカップル誕生したりすんのか?」
「いやいや、まだラブレターとは決まってないだろ。しかもさっき話したばっかじゃないか。文化部に光は浴びられないよ」
と言いつつも内心僕は興奮を抑えきれずにいた。文化部の希望の光として神は僕を選んでくれたんだと。
青春かもう終わった? おいおい笑わせるな。まだ体育祭に文化祭にいっぱい残ってるじゃないか。
そう心の中で呟きながら胸を張って僕は紙を開けた。
* * *
始業式も終わりHRも終わると後は帰路に着くのみ。
そんなことを誰が決めた。告白イベントはどこに行った。屋上か? 体育館裏か? それとも公開告白か?
僕は期待を胸に抱きながらその場所に向かう世界線の自分を想像しながら机へ顔ごとうつ伏せになった。
「あぁ、なんだ。その気にすんなよ」
「気にすんな!? お前は良いよな。どうせ文化部にはあの光は浴びられないんだ。神様は僕の敵なんだぁ!」
「これはかなり拗らせてるな……」
なんとでも言え。今の僕の気持ちがお前に分かってたまるか。
僕の身に何があったのか説明しよう。
下駄箱に入っていた2つ折りの紙を開けた時、そこに書かれていた言葉は告白でもなければ放課後に○○に来てください。でもなく、『浮気者』だった。
「誰が浮気者だ! 浮気なんてするつもりもねぇし、そもそも浮気するような相手すらいなければ付き合ってすらねぇよ!」
痴漢の冤罪をかけられたように不愉快だ。これなら冤罪をかけられた方がマシかもしれない。
「確かに意味不明だけどな。どういうことなんだろうな」
「あぁ!! もう知らない。太一、今からラーメン食べに行かね?」
「お、いいな。直行?」
僕は軽く頷いてから机の中の荷物をリュックにまとめ始めた。
夏休み明け特有の雰囲気もあってか教室は少しうるさいと思うほどに騒がしかった。
「――――ねぇ…………ねぇ、ねぇってば!」
「うわぁ、なんだ舞彩か……」
何度か誰かが呼ばれている声はしていたものの教室の騒がしさでちゃんと聞こえず、自分ではないと勘違いしていた僕は舞彩に肩を叩かれて声を上げる。
「さっきから呼んでたんだから気づいてよね」
「悪い。ちゃんと聞こえてなかったよ」
「まぁ別にいいけどさ。あのさ、颯汰これから時間ある?」
「あぁ、えっとこれから太一とラーメン食べに行く」
「あっそ。その後は?」
「うーん、特に用事はないけど」
「それじゃあ、そこ空けておいて。颯太の空いている時にLINEして。場所は……そうね。八里御浜でどう?」
「分かった。じゃあ、またLINEする」
「お願いね」
「あ、その――――」
僕に背中を向けて歩き出した舞彩に要件を問おうとして止まった。自分でもなんとなくあれじゃないのかってことが分かったからだ。
だから僕はそれ以上何も考えずに太一の元へと足を進めた。
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