第26話 一夜城

「進め!」


 夕暮れ時、力寿丸は仲間達と共に山の中を進んでいた。


「皆、大変だろうが丸太を忘れるな」


 彼らは丸太と長い縄を持って進んでいた。

 シナノキは樹皮を解すと長い繊維になり、縄を作ることが出来る。

 その縄を使って、丸太を結んで運んでいた。


「綱に吊した籠で滑っていくのが楽なんだけどね」

「山から谷に向かうので精一杯だ。山を登るのは無理だろう」


 文句を言うオオカミ少女に力寿丸はサ倒すように言った。

 大量のシナノキの繊維を編み、長い縄を作るとそれを谷の間に渡して、滑車で吊された籠で高速移動する交通手段を呉羽の指導の下、水無瀬の人々は作り出した。

 これにより深い谷に囲まれた水無瀬でも、谷へ降りずに対岸へ行くことが出来る。

 高度差を利用して移動するため、使う時は斜面を登る必要があるが、谷を降って登る必要ないため好評だった。

 だが、逸れすら無い場所は歩いて進むしか無かった。


「もうすぐ、目的地の土倉山だ!」


 力寿丸達が目指していたのは都と科野の国を結ぶ街道を見下ろす位置にある山だった。

 険しい山に囲まれているが、獣道を伝い水無瀬から尾根を越えて出てきたのだ。


「見張りの兵士達がいるようだよ」

「なに、少数だ蹴散らせる」


 偵察に出ていたオオカミ少女の報告に力寿丸は笑って答える。

 補給線の確保のため、盗賊を警戒して少人数の兵士を阿部は残していたが、力寿丸達が攻撃を仕掛けてくるとは考えてはおらず、奇襲されてあっという間に蹴散らされてしまった。


「さあ、早く丸太を立てて人を作り上げるんだ」


 見張りを蹴散らした力寿丸達は土倉山の山頂と、街道に持ってきた丸太を地面に突き刺せて、並べていった。




「街道が封鎖されただと!」


 夜明け頃、街道で蹴散らされた兵士達が阿部の元へたどり着いて事の次第を報告した。


「不味いぞ」


 科野の国は産物が多いとされるが、食料は少ない。

 一万人の軍勢を満たすだけの食料を得ることは出来ない。

 そのため小荷駄の人夫を使い、街道を通じて食料を運び込んでいる。

 一万の軍勢の内、三分の一にあたる三〇〇〇を食糧輸送にあてている程だ。

 その供給路が切断されてしまったら、軍勢は餓えてしまい戦うどころではない。

 備蓄はあるがせいぜい一月持つかどうかだ。


「撤退する! 街道へ引き返し、一時離脱する」

「勅命に反しますが」


 配下の武士が話しかけた。

 必ず攻め滅ぼすように強く言われている。


「餓えれば戦うどころか、生きていけない。兵士を無駄死にさせる訳にはいかない。撤退だ!」


 すぐさま阿部は攻撃を止めて撤退に移った。

 追撃を受ければ、ひとたまりも無いため警戒していたが、攻撃は無かった。

 水無瀬側は防御のための最小限の人員しか配置していなかったからだ。

 残りの人員は全て街道を封鎖する部隊に送り込んでいたのだ。


「なんてことだ」


 街道を進んだ阿部は、峠まで来ると絶望的な光景を見た。

 何本もの丸太が地面に突き刺され、街道を封鎖している。

 無理に攻めれば大勢が死ぬだろう。

 しかも、横にある岩山にも同じように丸太を突き立てて強固な陣地を作っている。


「まるで城だ。一晩でこれを作り上げたというのか」


 たった一夜で強固な城を作り上げたことに阿部は驚き絶望した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る