第21話 征夷大将軍

 征夷大将軍とは、夷――都から遠く離れた未開の土地の住人、異民族を侮蔑して使う言葉だ。

 特に鬼などの化外の者達を指している。

 遠方にいる朝廷に逆らう勢力を征伐するときに編成される軍勢の指揮官を征夷大将軍と呼んでいた。

 遠方で補給が難しく地の利も不明な場所で強い夷を討伐するため、征夷大将軍には優秀な武将が任命される。

 阿部比羅夫はすでにいくつもの遠征に参加し、二回ほど征夷大将軍として戦い、遠征を成功させていた。

 科野の国は初めてだが、戦いには勝てると考えていた。

 鬼は強いが少数であり一万もの軍勢を以てすれば、負けるはずがないと考えていた。


「しかし、険しい山だな」


 断崖絶壁に囲まれた険しい峠の山道を進む阿部比羅夫は、回りを見て呟いた。

 山の産物が多く豊かだと聞いたが、一万もの兵士を維持できそうにない。

 何もこのような山の奥まで支配しなくても、と思うが勅命では仕方ない。

 攻め落とさなければ厳罰にするという話も巫女である鏡子から聞かされており、阿部は気を引き締めた。


「周囲に見張りの兵士は出したか?」

「はい、周囲の山々、道を攻撃できる箇所には兵を配しております」


 部下の武士が答えた。

 狭い山道で敵に中央を攻撃されるのが一番危険だ。

 敵が攻撃を仕掛けられないように、周辺には見張りを配置して本隊の安全を図っていた。


「しかし、このような山国を攻めるとは都も無茶を言います」

「未開の土地へも帝の威令を届け、国を豊かにするのが我らの使命だ。未開でも開拓されれば土地は豊かとなり、人々は売れいなく過ごし、国は富み、いずれ大陸の加羅の国さえしのぐ国家に出来よう」


 開拓し田畑を整備すればいずれこの国が豊かになると阿部は信じていた。


「そうですね。人々のためにも開拓しなければ」


 武士も同意した。

 この遠征に成功すれば、遠征地の一部を所領として与えられる事が約束されている。

 次男坊である彼には与えられる土地がない。

 先祖伝来の土地は全て次期当主である長男が継ぐことになっており、田分けなど行ったら所領が減っていきいずれ家を維持する事も出来なくなるからだ。

 だから次男は自分で領地を得なければ生きていけなかったので遠征に参加していた。

 従軍する武士達も事情はほぼ同じだ。


「さあ、鬼よ。いつでも掛かってこい。どんな困難な土地だろうと、開拓し守ってみせるぞ」


 武士は気合いを入れて叫んだ。

 その様子を阿部は心強くも、不安に思っていた。

 功名心が強ければ積極的に動いてくれるだろう。だが、先走って独断で行動を起こされると軍律が乱れてしまう。

 武士達が自分の土地を得ようと勝手な行動に走らないか、阿部は心配だった。

 だが、それ以上の困難が待ち受けているとは阿部もこのときは思わなかった。

 

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