七生と幽霊
ナガイエイト
第1話
一世代前の安いスマートフォンに挿した安いイヤホンで、安っぽい言葉を並べた音楽を聴く痩せぎすの少年――
「聞き飽きた言葉ばっかりだな」
そう言いながら七生は、イヤホンを耳から外してキッチンへと向かった。
「なぁお前、今日何が食べたい?」
七生は、彼以外誰もいない1Kの家で誰かに問うように言った。
勿論、部屋には七生以外誰もいないので、返答などくる筈もなかった。
しかし、彼の声に反応するように、部屋の端に異常な程積まれた新聞の山から新聞紙が一枚飛び出し、ビリビリに破け、平仮名で文字が並べられた。
『おむらいすちくれ』
「まったく口の悪い奴だな。あと、ちくれじゃくって、作れな。いや、作ってくださいだろ! まぁ、オムライスな。そう言うと思って、ケチャップライスはもう炊いてあるぜ。すぐ出来るからちょっと待ってな」
そう言って七生は、安い小さな冷蔵庫から卵、バター、その他調味料、そして安い炊飯器から、完成していたケチャップライスを取り出し、調理を開始し始めた。
そんな七生の隣で、『はやく』と書かれた新聞紙から切り抜かれた紙が飛んでいた。
「ちょっと待てって、すぐって言っても1分で出来るわけじゃねーよ」
しかし、七生の手際は料理人と言っても差し支えないレベルであり、さらに完成したオムライスはふわふわトロトロの美しいオムライスだった。
「お前、ケチャップで何か書いてもいいぞ」
中身があと半分くらいのケチャップを新聞紙から切り抜かれた平仮名が飛んでいる方向へと差し出す。誰もいないのだから差し出すというのもおかしいのだが、しかし確かにケチャップを、何かが受け取った。
ケチャップはひとりでに動き、完成したオムライスの上へと飛んでいった。そして、オムライスに文字を書き始め、書かれた文字は、
『七うみ』だった。
「お前!漢字で七を書けるようになったのか!」
誰もいない部屋で、七生はそう言った。勿論そんな部屋では誰も言葉を返してはくれないが、しかし返ってきた、破られた新聞紙で。
『まいにさ しんぶん よんでるから』
「けど、まいにち、は間違えるんだな。《さ》、じゃなくて、《ち》だ」
七生は誰かの間違いを指摘して《さ》という文字を列から外し、先ほど使われて、今は床に散らばっていた文字の中から《ち》という新聞紙の切り抜きを探しだし、そして《さ》が置いてあった場所に起き直した。
「ほら、《ち》は《さ》の左右反対だからな。《ち》と《さ》間違えていると、中々悲惨な結末は訪れてしまうからな、気を付けろよ」
《うん》
「ハハッ、これでまた一つ賢くなったな。よし、オムライス食べようぜ」
七生は、この家に住み着く幽霊と共に、オムライスを食べ始めた。
◇
幽霊の食事というと、なんだか物質本体は食べずに概念(?)を食べるような印象が七生にはあったのだが、実際は全く違った。
幽霊は人間動物同様に、オムライスを口から食べ、そして内臓器官へと送っていたのだ。
初めて見たときは、咀嚼して擂り潰された食べ物が虚空に浮かんで段々と消えて失くなっていく様子に驚きを隠せなかったが、今となっては慣れたもので、それにはもう無関心であった。
オムライスを食べ終え、七生は安い扇風機をかけてくつろいでいた。
そんなまったりとした時間の中、突然新聞紙はまた一枚飛び出し、七生の前でビリビリに破け始めた。
「あのなお前、これ掃除するの俺なんだよ」
しかしそんな言葉は無視され、尚も新聞紙は細かく破れる。
そんな様子に、七生は諦めて溜め息を吐いた。
「で、なんだよ」
『あいすがたべたい』
「おっ、確かにそうだな。アイス食って涼むか」
幽霊の提案に賛成して、七生は立ち上がった。
そして、「んじゃあアイス買いに行ってくるから、留守番頼んだぜ」と、誰もいない部屋へ向かってそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます