第2話







目の前が金色だった

非現実的な光景で光を吸い込んだ金色は

まるで自ら発光しているかのようで

幻想的で綺麗だった



「なん、………えっと」


眠気眼だった視界がクリアになりその光景がやっと

脳内で処理をしてくれて理解する


それは頭だった

正しくは照輝くんの頭髪


この部屋のカーテンから朝日が差し込み

日に当たっている頭がキラキラとしていた

やはり日本人離れした容姿と髪はこんな時にも

神々しいものに感じられた

昨夜の名残か右手が握られたままだった


………


少し冷静さを取り戻した

思ったより疲れていて一晩ぐっすり寝たせいか

頭がスッキリとしている

隣で寝ていた照輝くんは手を握ったまま

こちらを向いて少し丸まって寝ている

やはりその顔は小学生らしく

いくら大人びていても寝顔はあどけなくつい笑みを浮かべてしまう


まじまじと見つめるとやはり綺麗な顔立ちをしている

きっとこのまますくすくと育ち立派なイケメンに育つんだろうな

昔小学生の時に遠足で行った市立の美術館で

みた絵画にこんな風な絵が展示されていたなぁと思い出した

たしかに違和感なく照輝くんなら絵になるだろうな



他人の家で目覚めるなんて慣れないな

学校の宿泊活動ぐらいで友達の家にも泊まったことはない

空気というか匂いというか違うから俺は別の場所にいるんだなと感じさせられた

だが別に嫌だとかじゃなくて

部屋全体、むしろこの家の空気感が拒絶でもなく違和感もなく自然とここに在ると許容されている感じで

なんと言えばいいかわからないが居心地がいいんだろう


この家の人たちの人柄がそうさせるのかもしれない



昨日脱いで畳んでおいた学ランのポケットから

スマホを取り出す

まだ六時前だった

窓のそのからスズメの鳴き声が聞こえ

原付が過ぎて遠ざかる音がした



うーんどうしたものか

二度寝するには目が冴えてしまった

このまま横になって照輝くんを観察するのも悪くないが

流石に暇だ

というか…トイレに行きたい

朝の生理的な尿意が膀胱を刺激する


まだ右手はしっかり繋がれている

お互いの手汗のせいかしっとりとしていた

離したら起きてしまうかなそれは可哀想だ

だけど尿意が…


うーん…



ごめんね照輝くん

この歳で流石に漏らすのは精神が耐えられない

俺はゆっくり丁寧に、繋がれていた手の指を一本ずつ

反対の手を使用しつつ剥がしていく


一本……


二本…


三本…


そして四本目の人差し指を掴み外そうとしたら

反応があった



んん……むぅ?



起こしてしまったか?


薄く開いた瞼から蒼い瞳がこちらを見ていた


「…おはよう」


………反応がない


薄く開いた目のまま静かにこちらをジーッと見つめている


これは起きているのか?




………


「かおる、さん」

寝ぼけた声で名を呼ばれた


「はい。おはよう?」

そう声をかけると照輝くんニコッと笑いかけてきた

うわぁ美少年のご尊顔はパワーが違う

俺がパワーに慄いていると外そうとしていた手をまたしっかり握られ

腕を抱き込まれるオプションもつき

俺の胸の中に入ってきた


これは事案では?


いつかソファーでアイスを食べながら弟といた時

テレビで下校途中の少年に声をかけて抱きついてきたとニュースで報じていた

犯人は当日に捕まったらしい

その時弟はボソッとキモーと呟いていたな



これ照輝くんが起きて弟とは違うと願いたいが

気持ち悪いなんて言われたら即死してしまうだろう




というか俺、トイレ行きたいんですけど………



















体がとってもぽかぽかする

あったかい気持ちがいいな

ずっとこうしていたくなくて離れたくなくて

あったかいをぎゅっとする

さむいのさいやだ

離れないでお願いずっと…ずっとこうしていたい




うぅう……



変な声が頭の上で聞こえた気がした

なんだろう変なの

おばあちゃんかな

でもいつも僕はちゃんと早く起きているし

春休みでも一人で起きてる


こえ?


そういえば馨くんがお家に泊まって僕の部屋で一緒に

寝たんだった

ということは

あれ?


眠気に思考がぼやけながらも

推理は帰結した



目を開き前を視認する


そこには顔が赤く息が上がっている馨くんが苦しそうに

はぁはぁと息をしていた


「お、おはよう照輝くん。俺は無実なんだよ」


………!?


驚いたがびっくりし過ぎて声にはならなかった


「お願い泣いたり悲鳴はやめてほしいです。無実なんです」


意味はわからないが頷く

そんな必要はないからそれは大丈夫だ


「あと、よろしければ、離してもらえる?」


馨くんがぷるぷるとしている

ん?なんで振動が伝わるんだろう?


改めて確認すると僕が馨くんにしがみついて抱きついていた


「わぁあっ!?ごめんなさい!」


「いや、全然いいよそれよりさ」


「は、はい」


悲壮感を滲ませた面立ちで話す馨くん


「トイレ、どこかな?」



そこから飛び跳ねて解放されて

急いでトイレへ案内された





トイレから帰還した馨くんが顔色が良くなっていた

我慢させちゃったかなごめんね僕のせいで


部屋にある目覚まし時計を見ると七時半

もういつもなら起きておばあちゃんの朝の手伝いをしている時間だった


「馨くんごめんなさい」


「い、いや謝らないでよ全然平気だし」


「うん。そうだもうおばあちゃん起きてるからお手伝いしてきます。馨くんはもう少し寝ますか?」


「ううん起きるよ。お世話になったしなにかお手伝いしたいな」


「いつもなら朝ごはんの支度と庭の水やり、店の椅子下ろしですが今日は休日なので忙しくはないと思います」


「へぇ。そんな手伝いしてるんだね偉いなぁ」


「そんなことないですよ。僕にできることをしているだけです」


くぅおとなぁ


くだらないコメントを内心でする

亡くなった弟に申し訳ないが手伝いなんてしなかった弟との差がすごい


「では下に降りて朝ご飯のお手伝いしてきます。馨くんも大丈夫なら下にいきましょう」


それに同意して一緒に一階に降りた

そこで居間に行くと台所かは気配がし調理する音が聞こえた


「おばあちゃんおはようございます!遅くなってごめんなさい。何か手伝えそうなことある?」


振り返らず花枝さんが返事をした

「あらおはよう。朝から元気ねぇ馨さんは起きれたかしら」


「はい!ぐっすり休ませてもらいましたお騒がせしてすみません」


俺も照輝くんに続いて台所に近づいた

広く整えられた実用的な台所だった


「おはようございますね。朝ご飯もうすぐだから居間で待っててもらえるかしら」


「あの、朝ごはんまですみません色々と。何かお手伝いできることありませんか?」


「あらまぁ。ならそこの布巾でテーブル拭いてもらえるかしら?テルはお庭に水やりお願いできる?」


「わかりました。他何かあれば言ってください」


「わかったよおばあちゃん!」


そう言って俺たちは各々任務を開始した




すぐ俺は終わり手持ち無沙汰になった

花枝さんに追加で聞きに行ったが逆にお茶を提供され座布団に座っている


部屋から縁側かな移動して水やりをしている照輝くんを窺った


キラキラ動くたび光る金色の髪

ホースから放出された水がキラキラと反射し虹を作っていた

なんか贅沢な時間で見ていられた


水やりを終え片付けた照輝くんが俺に気づいて小走りに走ってきた


「お待たせしました!」


「うんお疲れ様」

そう言って思わず頭を一撫で

少しびっくりした顔をしたがすぐに表情を戻して

照輝くんは縁側かな座っている俺の隣に腰掛けた


二人で静かに庭を見る

水を浴びた植物は色を濃くし鮮やかだった

日本宅らしく和の庭だ

あれはなんの花だろうふわふわ白くて綺麗だ


「あれですか?あれは雪柳です綺麗ですよね」

いつのまにかこちらを向いていた照輝くんが俺の視線に気づき答えてくれた


「雪柳って言うんだ。確かに綺麗だねボリュームあって小さな花が沢山あって見栄えするね」


「僕も好きな花です。花言葉って知ってますか?」


「花言葉ってあれでしょ?花ごとに言葉があって幸せとか思い出とか色々意味があるやつ」

花なんて縁遠い人生だったからこんなことしか言えない

最近なんて、葬式の花と公園の桜ぐらいだ


「……雪柳っていくつか花言葉があるんですけど、その花言葉は愛らしさ、静かな思いだそうです」



…小学生とは思えぬ色気で反応が遅れる

こちらを見つめながら気持ちを告げるような声音で

ドキッとした

小学生相手に

ドキッとした

「へ、へぇー!博識だなぁ照輝くん!すごいなぁあ、薔薇にも花言葉があって色や本数で意味が違うって母さん母さんが言ってた」

動揺する俺ダサい確かに部屋の本棚に植物図鑑があったな

そして照輝くんは気にしている様子もなく

逆にそんな恋愛ドラマで得た知識を俺に披露しただけの母の知識を

目を輝かせて照輝くんは見つめ尊敬の眼差しを向けてきている



そんなとき台所の方面から花枝さんが

テルーお食事できましたから運んでちょうだい

とお申し付けがきた

そそくさと逃げてはいない逃げてはいないよ俺

はーいお手伝いします!と呼ばれたわけでもないのに

立ち上がって向かっていった

後ろの方では俺が手を置いていた縁側の場所に

重ねるように照輝くんが手を置いていた

そのことに振り返らず向かった俺は気づくことはなかった




朝食もまたご馳走になってしまった

卵焼きに大根おろし、塩鮭と小鉢の昆布の煮物、ほうれん草の胡麻和え、お漬物に玉ねぎとわかめ、豆腐の味噌汁だった

日本人に嬉しい食事内容だ

昨日も思ったが花枝さんも照輝くんも正座して綺麗に食事をしている

わずかに緊張してしまう

箸で鮭の身を崩し大根おろしを乗せ口に入れる鮭の味と塩味が大根おろしに中和されお米を含み咀嚼する

とてもおいしい、味噌汁を啜り口を落ち着かせる


「馨さんご飯おかわりしなさいね」


「えっと、昨日からたくさん食べてしまって俺ほんとすみません」


「ふふ、いいのよたくさん食べなさい。年寄りなんて若者に甲斐甲斐しく世話するのが生きがいみたいなものですからね」


「あの、本当に美味しいです。俺卵焼いたり野菜炒めぐらいですかね作れるのあと簡単な洋食ぐらいで」


「馨くんも料理できるんですか?」


「まぁ胸を張れるほどじゃないよ普通の家庭料理だよ」


「あら、普通の家庭料理こそ要なのよ。毎日作って考えて作るんですからとっても大変なことなの」


「確かにそうですね。これからは頑張ってレパートリー増やしていきたいです」


花枝さんは箸を置き、こちらを向いた

「ならうちでお料理勉強したらいいじゃない?そうしなさいよ。私も若い子と一緒に洋食のレパートリー?増やしてみたいわ」


「そ、そんな!そこまでご迷惑おかけするわけには……」


「私が誘っているからいいんです。なにか不都合でもありまして?」


「い、いえそんなわけでは」

おおお強い押しがお強い


照輝くんは展開に追いつけてないのかそわそわして

いて馨くんがおうちに?でも迷惑じゃとボソボソと言っている気遣いができる小学生癒される


「じゃあ、あのお時間ある時に、お願いします」


花枝さんはふふふと軽やかに笑って食事を再開した

照輝くんは満面の笑みでやった!と言って花枝さんに

食事中ですよ大きい声はやめなさいと珍しく叱られていた

だがよっぽど嬉しいのか正座した膝が動いていた






「馨さん?この後どうするのかしら。お家に一度帰ってお着替えしてきたら?家にいつでもいらっしゃい」


台所から洗い物をしている花枝さんからそう言われ

食卓を拭いていた俺は驚いた

照輝くんはテキパキと食器を下げ洗い終わった食器を拭いているみたいだ

こんなに気を遣ってもらって本当に優しい人だ

そりゃ照輝くんもいい子に育つわけだ

「そうですね。いつまでも学生服じゃいれませんし、昨日の、やり残しもあるので……」

家に帰って叔母さんに連絡しないといけない

携帯に叔母さんの娘から連絡が来ていたが返信をしていなかった気が重い


「その後のご予定あるのかしら?」


「…いえ、昼間過ぎぐらいからなら時間はありますが」


「断ってくれても良いんだけれども、良ければ商店街の方のクリーニング屋さんで受け取りとメモしたもの照輝と一緒に買ってきてほしいのよ。図々しくて申し訳ないんだけど、私このあと夜までお世話になった方のお宅に行かなきゃなのよ」


花枝さんが申し訳なさそうに言う

お茶を運んで食卓に並べていた輝樹くんの耳がピクッと動いたのが見えた

昨日から思っていたんだ

花枝さんはお隣に住んでいる俺の状況を知っていて

一人にしないよう孤独の時間を減らそうとしてくれているんだ

昨日出会った時からずっと側にいてくれた照輝くんと一緒だ

またなんだろう胸が熱くなる

涙がこぼれてしまう

俺はこんなに泣き虫だったかな


「大丈夫ですか?」

心配そうな声が隣から聞こえて溢れて決壊しそうだった涙を輝樹くんが人差し指の背で拭ってくれた

イケメンだな行動まで

こんな時にこんなことを思ってしまう

つい笑ってしまって照輝くんが驚いている


「ふふごめんね。ありがとう照輝くん」

そうだな

人の思いやりってあったかいんだな


「俺でよければぜひお供しますよ。一緒だと楽しいですから」



「ふふふ、そうね。楽しいわね。晩御飯の時間までは頼みますね」


花枝さんが嬉しそうに笑って気分が良さそうに鼻歌を歌っている

輝樹くんが俺の言葉に目を輝かせて

やった!と声を上げた


今度は叱られなかったみたいだ








そうして挨拶をして白瀬家から隣の家に帰った

輝樹くんがまた後でよろしくお願いします待ってますね

と手を振ってくれた

花枝さんは横でにこやかに手を振ってくれた



家の鍵を解錠し入る

中はしんとしていている

当たり前か一人暮らしだもんな



ただいま



音はかえってこなかった





とりあえず自室に戻り部屋着に着替えた

部屋を片付けなきゃな

自分の服を拾っていたら弟の靴下とTシャツが落ちていた

俺がいつも拾って片付けるから何度言ってもなおらなかったなあいつ

照輝くんなら昨日見たようにちゃんと自分の服ぐらい管理しているだろう

このシャツは洗った方がいいのかな

どうしよ

わからない

捨てなきゃいけないのかな着る人はいないし

照輝くんには小さくて着れないだろうな

あー痛いなぁ

父以外と買いにいったランドセルが勉強机の下に置いてある

好きな青色だったからランドセルは大事にしていたな

お兄ちゃんとお揃いだってあの時は無邪気だった

そういえば照輝くんも青いランドセルだった

じゃあ三人でお揃いだったな

俺はその場で足の力が抜けて尻餅をつく

シャツに顔を埋める

瑞季の匂いだ

我儘でゲームが大好きでそのくせ臆病で寂しがり屋ねお兄ちゃんは?が口癖の弟

あのお調子者のお父さんなら少なからずつまらないことはないだろ

お母さん大好きだったしすぐ怒ってでもいつもご褒美に作ったお菓子が大好きだったら瑞季も寂しくないだろう?

きっとそうだよな?


……



おれはさびしいよ




誰もいなくなった家で涙が枯れるまで泣き叫んだ

こんな姿あの人たちに見せなくてよかった

こんな時でも照輝くんの手の感触を思い出し

大丈夫だよって言われた気がした







気付いたら三時を過ぎていた寝すぎだ

まだ頭がはっきりしないがやることをやらねば

リビングに出しっぱなしだった葬式関係と市に提出する書類があったからそれをまとめ判子を押し不備がないか確認しておく

叔母さんにも連絡して細かいことを確認した

一人で大丈夫かって聞かれたけど考える前に大丈夫だと返事をしていた

あといくつか何か言われたが流してしまった

携帯にいくつか来ていたメッセージを返した

反応が怖いのもあったが後の祭りだろう

気にしないことにした

そういえば何時にいけばいいんだろうもう五時前だ

照輝くんを待たせているのにこれ以上はいけない


外着に着替え財布と携帯を持ちそしてマフラーを巻いて家をでる

施錠する前に行ってきますと言った

後ろは振り返らなかった






すぐ隣って便利

まぁアウトな気がするけど逃げるのはいけない


ていうか白瀬家の門に背を預けるようにして照輝君がいた

外は少し冷え夕暮れに染まっていた


これはアウトですね先生

なんと言うことだいたいけな小学生を待たせるなんて!!



お隣だが走っていった

秒で着いた



「て、て照輝くん!お待たせ遅くなってごめんね!」


ボーとしていたのかこちらに気付いてニコッと笑みを浮かべてくれた


「いえ!今家を出て待っていたところですから」


まるで待ち合わせしたカップルの定番の台詞を聞くとは

この小学生できるな

そんなくだらないことを考えている場合じゃないだろ!

このまま手を繋いでデートする勢いだ


「じゃあ行きましょうか馨くん」

手を自然に繋がれてしまう

これができる男か

まぁ小学生だし他意はない


でもやっぱり手が冷たい

照輝くんは子供だからかわからないが体温が高めなのに

こんなに冷えてしまっている



ダメな年上だなぁ俺



「わぷっ!」


可愛らしい驚く声を発した

俺が突然自分に巻いていたマフラーを照輝くんに巻きつけたからだ


「あ、あのこのマフラーいいんですか?馨くんが寒くなってしまいます」

外そうとしていたがそれを止める

この子は気を使い過ぎているな

こういう子は周りをよく見て大人に混じって育ってきたんだろう



「俺は大丈夫だよコート着てきたし平気です!よかったら使ってそれ」


「えっと、ではお借りしますね。ありがとうございます……」

照輝くんには大きめのマフラーに顔を埋めた

目しか出ていないのが可愛いらしい

耳が赤い喜んでくれたのかな


「……」


「どうかしたの?」


「……馨くんの匂いがします」


「えっ!?臭い?一応定期的に洗ってたけどごめん!」


「いえあの臭くなんてないです!いい香りです!」


そ、そうなのか?なんか恥ずかしいな

ちゃんと柔軟剤使ってるし大丈夫なはず


「嫌じゃなかったら使ってね」


「はい!嬉しいです。このマフラーあったかいですねおしゃれです」


「あったかいならよかった。昔デパートで安くなってたから買ったんだよ素材はいいやつなんだ」


商店街の道を歩く

よく母親から学校帰りにお使いを頼まれて自転車で買いに行っていたので道はわかる

部活帰りかジャージを着た子が過ぎていった


「いいですね。僕もこんなのが欲しいです」


ほう

「じゃそれあげるよ」


「だ、ダメですよ貰えません!」


「いいよあげます。いくつかあるし、照輝くんに似合ってるからそっちの方がいい。いやかな?」

花枝さん風に言ってみる俺ずるいかな


でも、とかあのとかあたふたしている

動揺する照輝くんは子供らしい

少しすると心が決まったのか大人しくなった


「じゃあ、いつかちゃんとお返しするのでこのマフラー、頂きます」


「ありがとうございます!とっても嬉しいです」

手を繋いだまま道中で綺麗に一礼された

周りの目が怖いからやめて


「うん。貰っといてください」


そんなことをしていたら商店街に着いた

時間が時間なので人通りが多い

会社帰りの人や主婦っぽい人

学校帰りなのか買い食いをしてる人もいた

照輝くんから花枝さんのお使いの詳細を聞いた

クリーニング屋は時間ギリギリだったので急いだ

着物と照輝くんの学校のシャツを受け取った

そのあと八百屋で頼まれた野菜を買う

ネギとキャベツ、ほうれん草にじゃがいもとにんじん

玉ねぎ確かにこの量は小学生には酷だ

重くないですかと聞かれたが自分が持った

それくらいさせて欲しい

あとお肉屋さんで豚肉と牛肉を買った

全部花枝さんから預かったという財布で支払った

ん?それにしては金額が多いな


「財布にお金多くないかな?予備かな」


そういうと照輝くんがビクッとした

どうしたんだ?


「どうしたの?」


質問しても照輝くんはチラッとこっちをチラ見して耳朶を掴んでいる

これは……


「もしかして何か頼まれたりした?それか別のお金?」


照輝くんはそわそわしている

眉毛が八の字になっている

なぜだろうか罪悪感を感じてしまう


「気にしないでくださいね。おばあちゃんがこのお金で、馨くんとご飯食べてきなさいって貰いました」

申し訳なさそうにしている


これは明らかに俺が悪い

「それって晩御飯の?」



「………」


「もしかして、お昼?」


照輝くんは目を逸らしたままこくんと頷いた

掴んだ耳たぶが赤くなっている


「それは」

思わず絶句してしまう

うわぁ俺はなんてことを

つまりお昼を抜いて待っていてくれていたのか

俺は朝しっかり食べたせいかお腹はあまり空いてなく

お昼は抜いていた



ぎゅっと照輝くんを抱きしめた

柔らかな髪が頬に当たる

照輝くんは突然の行動に驚いた様子だったがおとなしかった


「ごめんね照輝くんほんとにごめん。お腹すいたよね俺気付いたら寝ちゃっててさ言い訳なんだけど、本当にごめんなさい」

俺って本当にダメなやつ

こんな子に嫌な思いをさせるなんて


照輝くんはゆっくりと優しく抱きしめ返してくれた

背中を撫でてくれている

これじゃ逆じゃないか


「僕は平気ですよ。でもちょっとお腹は空きましたから、帰ったら一緒にご飯食べたいです」


「うん。そうしよう一緒に、俺も食べたい」

なんて優しい子だ

ぎゅっと照輝くんをさらに抱きしめる

心臓がトクントクンと早く動いてて

抱きしめを強めた時きゅうっと照輝くんが変な鳴き声やだした可愛い


「そうだ!」

ぱっと話し先程寄った店へ向かう

照輝くんは展開に置いてかれてポツンとしていた


はい三つね毎度ありー


肉屋の店員さんにメンチカツ、コロッケ、ハムカツをちゃんと自分の財布で買った


「これ!一緒に食べて帰ろうよ」

手を繋ぎ直して帰り道を進む

繋いでない左手に荷物が集中して痛いかも

すかさず照輝くんは肉屋で買った肉類と揚げ物を持ってくれた


「いいんですか?ご飯前に食べるとおばあちゃんにダメって言ってましたし買い食いって初めてですでも、美味しそうです」

花枝さんの言葉を守りたいそしてはじめての買い食いの背徳感

そして空腹と俺にすすめられた誘惑に揺らいでいるようだ

すくすくと道徳心が育っているな


「うーんじゃあ花枝さんには内緒で、それがダメなら一緒に怒られよう!どっちみち俺が悪いんだし気にしなくていいよ」

袋からコロッケを取り出して照輝くんに持ってもらう

お腹が空いてるからじっと見つめている


「馨くんは悪くないです!お昼の約束もしてなかったし僕が勝手に待ってただけですから」

いたいけすぎないかこの子


「あとこんなに食べれないですご飯食べれなくなっちゃう……」


んー真面目な子だ


モグっ!

うわぁ!


俺は照輝くんが持っているコロッケをそのまま半分齧り付いて食べた


美味しい

衣はサクサクでひき肉とじゃがいものホクホク感が美味しい


ゴクンっ

照輝くんが唾を飲み込んだ音がした


「半分こしようよ照輝くん。これならお腹いっぱいにはならないでしょ?俺だけ食べたら花枝さんに俺だけ怒られちゃうかな」

ずるいがこの手でいこう


照輝くんはもじもじと思案して悩んでいたが

俺だけ怒られるというワードに意を決したらしく

パクッとコロッケを食べ始めた

性根が良い子だなぁほんと

よっぽどお腹が空いていたのか勢いがある

本当にごめんね照輝くん

口の端についていた衣を落としてあげるとハッとして耳が赤くなった


「美味しいですコロッケ。馨くんありがとう」


「美味しいね照輝くんと初めての買い食いだ。次は何食べる?」


「買い食いって楽しくて美味しいですね。おばあちゃんは行儀が良くないって言うけど、僕は馨くんと買い食いできて嬉しいです。じゃあメンチカツで」


今すぐ抱きしめたくなったがキャベツ入りの袋を振り回すのは良くない


「俺も嬉しいよ!先半分食べてね」

そこから互いに帰り道を手を繋ぎながら

色々話して笑い合いながら食べて帰った

心があったかくなったそんな時間を過ごせたのだ




白瀬家に着くと既に花枝さんが帰っており明かりがついていた

随分遅かったのねと言われ

俺は正直に洗いざらい言って謝った

照輝くんも前のめりで花枝さんに弁解してくれて

そんな俺たちを見て花枝さんは笑ってくれた


そのあと夕食はゆっくり作るわねと言われ

出来上がるまで照輝くんの部屋にお邪魔をした


部屋では本棚にあった星座の本や植物図鑑、動物図鑑など並び宮沢賢治の小説や夏目漱石の本があった渋い小学生だ

いや今時ならそうでもないのかな

机に春休みの宿題と書かれたものがあってつい気になってペラペラとめくった

もう既に終わってるらしく綺麗な字で書かれていた

弟と同じ学校なら五年生からクラブ活動があったはず

なので聞いてみたが委員会にしか入っておらずボランティア活動をしているらしい

おばあちゃんのお手伝いをしたいから断ったらしい献身的すぎで泣けてくる




「馨くん大丈夫ですか?」


ん?


「んー大丈夫だよ?何か気になった?」


照輝くんは少し躊躇った様子でいた

「馨くんがお家に帰ってまたあったときに、少し疲れた顔をしていたので気になってました」


…照輝くんはすごいな

なんで気付いちゃうんだろう

別に空元気ってわけじゃないけど

合流するまでしんどいって気持ちはあった


「心配かけてごめんね。やっぱり少しだけ疲れてたかもな。でも今は元気だから安心して!」


「謝らなくていいですよ。僕が気になってるだけなんですから。あの、…嫌だったら言ってくださね」


そう言って照輝くんは恐る恐る近づいて

畳に座っていた俺を優しくそっと抱きしめて

頭を撫でてくれた

あの公園での出来事を思い出させる行為だ

「馨くん、大丈夫。大丈夫だよ。…僕がずっとそばにいるからね。大丈夫だよ馨くん」


年下の小学生にあやされ宥められる姿なんてきっと情けない姿だ誰にもみられたくない弱いところなんて絶対、誰にも、見せたくなんてなかった

でも、君がずっといてくれるなら

いいかななんて思ってしまって

俺もぎゅっと抱きしめ返した





下の階から花枝さんからのご飯ができましたよと呼ばれ

気恥ずかしさを感じながらも互いに照れながら階段を降りた



今日の晩ご飯はカレーライスだった

照輝くんがそれを見るなり驚いた様子だった

聞いてみたところ家での洋食が珍しく

カレーは初めてのことらしい


「「「いただきます」」」


三人で手を合わせ食卓を囲む

カレーライスにトンカツまであって豪華だった

あとは箸休めのキャベツの千切りにたらこマヨネーズのソースがけのサラダだった


「おばあちゃん珍しいね!おいしいです」

行儀良く正座してスプーン片手にカレーライスを頬張っていた


花枝さんは俺たちより少なめでカツはなかった

「そうねぇ。昔からこうゆうの作ってなかったから馨さんも来ていることだし作ってみようかと思いましてね。お口にあうかしら?テルに合わせて甘口にしたのだけれど」


「美味しいですよ!とっても上手です。うちは弟に合わせて甘口だったので平気ですね。トンカツも美味しいです」

カツをスプーンで分けカレーと共に口に入れる

本当は中辛が好きだが別に強いこだわりでもないしとても美味しい

ハチミツとリンゴは偉大なのだ

そんなことを思っていると隣から抗議の声が


「意義あり!僕だって辛いのは平気ですむしろ辛い方がいいかもです!子供扱いは不服です!」

お怒りのようだ

綺麗にカレーを食していたが

やはり男心か反抗心か

そんなことを主張していた

わかるぞ少年


馨くん本当なんですからね!と俺にまで飛び火してきた


俺は逆に和まされたけどそんなことを言ったら怒られそうだ

普段大人びていてもやはり子供らしいところを見るとホッとしてしまう


食事は和やかに行われた


片付けを手伝いさて帰ろうかと動いたが

お風呂に入っていきなさいよと言われ隣ですからと断り

泊まっていけばいいじゃないと言われそれも隣ですからと断った

流石に二日もお世話になるのは申し訳ないけど

家の整理もあるのでと言ったら少し思案した様子だったが

そうね、ゆっくりする時間も必要よねと言って解放された

やっぱり気を遣って置いてくれていたらしい

頭が上げられなくなるよほんと

花枝さんの後ろで大人の会話には横入りしないと

控えていたようだが

会話の途中断るたびに明らかにしょんぼりする様子に胸が痛んだ

許してくれ照輝くん


花枝さんは仕方ないわね

また後日にしましょうと言われ先手を打たれた

侮れないお人だ

照輝くんに家の玄関、というかうちの玄関まで見送ってついて来てくれた

どこか寂しそうで心配そうだった

優しすぎるのも問題かなと思うほど優しい子だ


「照輝くん二日間もありがとうな。一緒にいてくれたおかげでたくさん楽しくて元気になれたよ」


しっかりと照輝くんの目を見て話す

少しでも感謝の気持ちともらった温かい気持ちが伝わったらいいなと思った


照輝くんは表情を和らげにこりとして見つめてくれた

明るい青い瞳がまるで星空みたいだなんてロマンチックな思考が浮かんだ

「僕もありがとう馨くん。こんなに楽しくて嬉しくてドキドキしたの初めてで、幸せでした」


まるで別れの言葉のようだ

嫌だな

別れるのって寂しいんだ

当たり前かな

当たり前なことでも

辛いことは辛いんだ


ぎゅっと両手を両手で握られた

しっかりと

変なことを考えないで!僕を見て!

そう言われた気がした



「こんな日が毎日、毎日続いたら僕はとってもとってと幸せです!絶対そう思います!だから、ずっとって約束したから、馨くん。いつでも来てくださいいつでも、どんな時も僕、行きますから」


絶対に


照輝くんはそう言ってそうやって

真っ直ぐな熱量のまま俺に伝えてきた

俺君なしじゃ生きれなくなっちゃうかもよ?

どうしてくれんの?

あっそうかずっと一緒って約束したからな

なら安心か

ふへへへ

夢みたいだ



俺は俺より小さくてあたたかい手をぎゅっと握り返した

届け届け届け届け!

そうおもった

でも気持ちって心ってさ

ちゃんと形にしないと言葉にしないと伝わらないって知ってるから

情けないけど今の俺じゃ伝えるためのものがなくて歯痒くて

苦しいけど伝わって欲しいな

君に






「約束。絶対絶対絶対忘れないからな俺。小学生でも許さないからな覚悟してね。必ず会おうね照輝くん。またね」


涙が溢れる前にぎゅっと抱きしめて柔らかい金の稲穂のような髪をくしゃくしゃに撫でて離した



「はい!忘れないよ絶対に絶対!神様に誓うから!またね馨くん」

くしゃくしゃになった髪でも照輝くんはかっこよくて可愛くて天使じゃないのかな本当に

目が潤んでて海みたいな瞳だった

溢れてしまったらもったいないなって変なことを考えてしまったぐらい綺麗だ


「じゃあね」


名残惜しいけど帰らなきゃ

だって俺の家はここだから

一人すら居なかったら家が寂しいだろ?

だったら一人でもいなきゃ可哀想だ




振り返らないで玄関の鍵を解錠する

がちゃんと手に感触が伝わる

とても冷たいドアノブだった



「馨くん!!」


後ろから呼び止められた

何か忘れていたか?

ほんとにこのまま照輝くんを抱っこして家に引き込んでしまいそうだ

きっと照輝くんなら柔らかくわらってくれるだろう

ダメだな俺


振り返って返事をする

ポーカーフェイスだぞ俺


「どうかした照輝くん?」




「あの」




なぜか照輝くんはもじもじとして

顔と耳が赤くなっていた

片耳の耳たぶをにぎにぎともしている

恥ずかしがる様子があったか?

時間差?



訝しがって首を傾ける

俺はこの後人生初めての衝撃を受けた










「連絡先、交換して教えてくれませんか?」








従姉妹が言っていた萌えを体感し

理解した瞬間だった





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