春色に世界が染まったなら

黒月禊

第1話 散る桜 登る太陽






 日が陰り体の熱が周囲の明るさに応じて比例するように下がっていく

このままここで、夜に更けていく中

この体の熱は奪われて冷たくなって

暮れる世界に溶けてしまえたなら

そんな突拍子もないことが頭に浮かんだ

葬式場から何も考えず歩いて

いつのまにか公園のベンチに座っていた

暖かい日差しに照らされて温度を持っていたベンチが今は己自身と大差ない温度で何も感じない

今は四月初め、日が暮れると一気に冷えてくる


ぼんやり見ていると家族連れだろうか子供が三輪車に乗っているのを父親が頑張れと後ろからついて応援しその後ろから母親らしい人が赤子を抱いて笑っていた


昼間の十時から始まった葬式は家族葬であった

たった一人残った家族が喪主の自分だ

名前も知らない親戚の叔母という人物に任せ言われた通り作業をこなしていたその時の記憶は曖昧で半日も経ってないのにぼやけている

父の会社の同僚だとか母の友人や弟の担任などから葬式の出席の問い合わせがあったが、断った

自分の担任からも連絡があった

今後の進路だとかお前は大丈夫だとか困ったら相談しろとかだらだらと述べていたが全てにはいとかわかりましたと告げた

興味もないくせに白々しい

わかっている

他人が必要以上に干渉して心からの心配をしてほしいだとか

なんて子供っぽくて恥じる事だ

喪服なんてなくてまだ学校で着ていない

黒い学生服で葬式を行った

それが大人たちと色は同じでもやはり俺はそこでも一人ぼっちだった


春の冷えた夕暮れ時には些か冷たさがより感じた


「…………」


……


「……」


…………えっ


ぼーとベンチから時間と共に暮れていく景色を見ていたら

目の前に小さな子供がいた


「……なにか、よう?」

長くいたせいか昼間みた家族連れも他のベンチで新聞を読んでいた老人も砂場で騒いでいた子供たちもいつの間にかいなくなっていた


不審者だと思われたのだろうか

いや、今更関係ないかどうでもいい

ふと思い腕時計で時刻を確認する

時刻は六時半を示していた


「こんばんは!」

……


「お兄さん、寒くないですか?」


「……えっ?あぁ、まぁはい、寒いかもです」

つい吃ってしまった喉がひどく乾いていた

この子の敬語につられ敬語で返す

青い丸帽子に青いランドセル

黒いリボンタイをして短いズボンにサスペンダー姿で

此方をまっすぐみている

日が下がって暗いはずなのにこの子の瞳が

強く光っている気がしてつい目を逸らす


「でしたら、……これ、どうぞ!」

隣に腰掛けた彼は背中に背負っていたランドセルを自分の反対側に置き、斜め掛けしていた水筒から蓋をカップにして中の飲みものを注ぎ両手で渡してきた

「えっと、君のだろ?君が飲みなよ」

「いえ、お兄さんに飲んで欲しいです!」

「……」

「どうぞ!」

真っ直ぐな瞳で勧められる

「わかったよ。いただきます」

軽く湯気が立つ飲みものを一口啜る

「……おいしいです。ありがとう」

温かい飲み物が口内を進み喉を通る

じんわりとお腹が温かなる

あぁこんなにも冷えていたのか

「お粗末様です。残っていたから、飲んでもらって助かります」

「いえいえ、こちらこそお気遣い頂きありがとうございます」

つい少年の丁寧な言葉遣いに影響されて言葉を返す

「お兄さん、寒くなくなりましたか?」

「はい、だいぶ暖かくなりした。美味しいですねこのほうじ茶」

「はい!美味しいんです!おばあちゃんがお気に入りのほうじ茶なんです。お鍋でコトコト煮るのが美味しい秘訣だそうです」

「…へぇ、優しいお婆さまですね。たしかに普通のより香りが良くて味がしっかりしてます」

「うん!おばあちゃん優しいだ、です!」

「そっか、言葉遣い大変なら無理しなくて大丈夫ですよ」

「えぇと、あの年上のお兄さんだし、ちゃんと綺麗な言葉を使いなさいっておばあちゃんが、…変ですか?」

先ほどとは違い眉が下がり不安そうにおろおろとしている

「変ではないよ。偉いですね。綺麗な言葉かぁ、うんとてもいい考え方だと思いますよ」

「そ、そうかな!僕もそう思います!おばあちゃんはちゃんとお箸を使いなさいとか挨拶はちゃんとしなさいとか、たくさん怒られるけど、ちゃんと褒めてくれるんです。だから、ちゃんとしたいんです」

僅かに頬を染め嬉しそうに話す

ちゃんとしたい

ちゃんとしたいってなんだ?

俺はちゃんとした人間だったのか

変な思考が過ぎる

「あっ、お茶冷えちゃいましたね」

外気が冷えるからすぐに冷めたようだ

なくなってしまった温度になぜか寂しさを感じる

「おかわりしますか?」

「もう大丈夫です」

残りを飲み干す。温かった温度を知っているだけに

喉を通る液体は酷く冷たく感じた

「ありがとう。ご馳走様でした」

縁についた液を指で拭い少年に手渡す

少年はそれを受け取り傍にしまう





それで

と少年は会話を続ける

「何か、あったんですか?」


「何かって、ありそうにみえた?」


「はい。結構前から砂場で見てたんですがお兄さん動かないでずっといたからなんとなく心配で」

小学生に心配されたらしい

申し訳ないな

「まぁ…ね。いろいろあって」

言葉をつい濁してしまった

少年はいろいろですかーと言って足をぶらぶらとしている

「というかなら君も帰らなくて大丈夫ですか?」

横に座っていた少年はこちらを向いた

あの瞳にうつりたくなく咄嗟に視線を外した

「はい。大丈夫です。おばあちゃんは町内会の集会があって遅くなるみたいです。少し前低学年のトモくんが迎えが来て帰ったので僕が残りました」

残る

残りましたという言葉になぜかひっかかった

残り物は俺じゃないか

わざわざ親は迎えには来ないのか

高学年の子らしく確かに小学生にしてはしっかりしてる


「そしたらお兄さんがいて、なんとなく気になって声をかけました」

まるでナンパみたいだな

つい軽く笑ってしまう

「?お兄さんどうしました」


「なんでもないよ」


「そうですか。お兄さんまだ寒いですか?」


「そうだね。君は寒くない?」


「平気です」

そういった彼はまだこの時期のこの時間帯なら寒いだろう

俺の黒い学ランを脱いでかけようとしたら止められた

「ダメですよ!お兄さんが冷え冷えになります」


「大丈夫だよ?」


「ダメなんです!」

どうしたものか、弟も変なこだわりが発揮した時

テコでも動かない

防寒具は残念ながらほかにないしなぁ

そう考えているとぎゅっと手を握られた


「えっ」


「こうするとあったかいです。ウィンウィンってやつです」

ウィンウィンなのだろうか

冷えていた俺の手にぎゅつと握りしめられた大きさの違う手が子供の手だからだろうかとても温かった

人の肌の温度が懐かしく感じ

握られた手からまるで血と温度が流れ込むように感覚が戻ってきた

ついこちらからもぎゅっとしてしまった

小年が僅かにビクッと動いた


「………ありがとう」


「…はいありがとうございます」


変なことだとわかっているが互いに感謝しあった

このぐらいの年齢なら人と手を繋ぐことに抵抗感は少ないのかもしれない

知らない人の手を握ってはいけないんだぞ

弟相手ならそう説教をしただろう

横顔を見ると綺麗な横顔で写真映えしそうだ従姉妹なら涎を垂らして喜ぶだろう

すでにイケメンの波動が感じられる

僅かに耳が赤いのは寒いせいか

風邪を引かないといいが


「帰らなくていいの?」


「まだ大丈夫です」


「お兄さんは」


「ん?」


「お兄さんは帰らないんですか?」


「ああ、帰る、帰らなきゃか、確かに」

どこに?


「大丈夫ですか?嫌なこと聞いたならごめんない」

手をぎゅっとさらにされた

その温もりと力強さにまるで沈んだ水面から

引っ張り上げられたみたいな気持ちになった

呼吸が苦しくなくなった

息ができた


「…ごめん。大丈夫、ありがとう」

呼吸落ち着かせる

なんで俺、不安定なんだ


「俺、変なのかな。今日、今日ね。家族のお葬式だったんだ家族葬っていう身内だけのお葬式だったんだけどさ俺が喪主だったんだ叔母さんもいたけど長男なんだからって言ってて、葬式に使うから写真選んでくださいって葬儀の人に言われたけど葬式ってどんな写真選べばいいか分からなくてさでもアルバムには結構写真があってこんなにあったんだなって」

止まらないなにがとまらないのかわからないけど

崩れていく

言葉と一緒にガラガラと何かがぐらついてそこから

崩れていく

そんな明らかにおかしくなった俺が

何かに包まれて止まった

堰き止められた


「大丈夫ですお兄さん。大丈夫。お兄さんはいろんなことがモヤモヤして心が苦しいんだと思います。そのモヤモヤ全部出していいんです。僕が受け止めます」

ぎゅっと抱きしめられた

あったかい、あったかい、くるしい

やめてよこんなの

止まらなくなる


「うぅっ、うぐ、うあぁあ、ぐすっ、うわぁあああ」

家族が亡くなったと聞いた時も

病院の霊安室で布に隠されたものを見た時も

遺骨を並べ葬式の時も

泣かなかったのに

泣けなかったのに

涙が嗚咽がとまらない


もうすっかり日が暮れ公園の電灯に照らされた

ベンチと桜の木の下で

僕は温もりに包まれたまま泣き続けた








どのくらい泣いていたんだろう

自分ではあり得ないぐらい泣いた

小学生に包まれて胸にだかれ大泣きした

今更恥ずかしくなる

顔をあげられない

少年の胸は俺の涙で濡れているし

泣いてる間繋いだままの右手と

いつの間にか靴を脱いでベンチに膝立ちしながら

残った右手で隠すように抱きしめられぽんぽんと背中を撫でたり頭をよしよしされていた

この小学生包容力高すぎないか

プチパニックで変なことを

内心つぶやく


「ごめんね。ありがとう」

泣き喚いたせいで声が少し枯れてる

情けない年上の俺


「謝らなくていいです。辛い時心がいっぱいの時泣くのはいいことです」

よしよしと頭を撫でられる

泣き疲れてうとうととしてきたまずい


「うん、それでもありがとう。もう大丈夫だよ」


そういって解放してもらった

子供にあやされるなんてと思いつつも

この子ならきっと馬鹿にもせず下手に同情なんかしないで素直に接してくれていたから胸の内が開かせたのだと思う


「はぁ。びちゃびちゃだね。冷たいでしょごめんね」

 

「平気です。お兄さん謝りすぎです禁止にしますよ」


「ははっ、わかったわかりました」

少年がじっとこちらを見つめている

ベンチに膝立ちしている体勢だから見下ろされている

「な、なに?まだなんか気になることあります?」

つい動揺してしまったなんだろうかひどく落ち着かない

恥ずかしい所をいっぱいみせたし今更なんだが

小学生らしくない面立ちに胸がざわつく

少年は左手の親指で俺の涙の跡を拭う

眦からたどり、唇の端までするっとなぞって

そのまま唇を親指で撫でる

ヒゥッ

と変な呼吸がでた

目が離せなくなり処理が追いつかなく微動だにできない


「………きれい」


「えっ」


「いや、なんでもないですごめんなさい!」

声を出すとぱっと離れた

ぬくもりがさって心寂しくなるいけない

少年はずっと落ち着いていて大人びた様子だったが

今は年齢にあっていてあわあわとしていて

耳と顔が電灯下でも赤いのがわかる

可愛らしいな

なぜかその様子に心が落ち着く


「うん、平気。そろそろ帰ろっか」


「そうですね。送っていきます」


「逆じゃない?まぁいいけど」

年上の面目が立たない

こんな時間まで遅くさせたんだ

親御さんに一言詫びなければ

帰り道も心配だしな


「お家近く?」


「…子供扱いは困ります。近くですけど」

やはりお子様扱いは不服らしい


「じゃ帰ろう」


「はい帰りましょう!」

自然と手を繋いで帰り道を進む

ひらひら暗闇に舞い散る桜が二人を横切る

ても暖かいが心がなによりあたたかい

声を返した少年の顔は薄暗闇の中でもわかるぐらい

綺麗な明るい笑顔だった










「そういえばお兄さん」


「なに?」


「お兄さんのお名前知らないです教えてください」


「それもそうだね。真田馨、今年で高校一年生です」

少年はこちらを見ながらこうこういちねんせい、さなだかおるくんと復唱している

可愛らしいな

つい光を反射しているホワイトブロンドというらしいあとで調べた

その頭を撫でる

そのまま俺を見て嬉しそうに耳を赤くしながら微笑む

可愛い


「馨くんって呼んでもいいですか」


「呼んでもいいですよ。君はなんてお名前ですか?」


手を繋いで隣を歩いていた少年が

くいっと腕を引っ張ったそれに反応して彼の方を向く

「僕は白瀬照輝です!よろしく馨くん!」

少年は少年らしい顔をして名前の通り笑顔で名乗った




公園から十五分ぐらい歩いた

夜道は街灯が照らしていてたまに駅からの歩行者だろうか

反対側からぽつぽつと人が歩いている

人が見たら兄弟にでも見られるかな

実の弟はよく母と手を繋ぎたがっていて人前では恥ずかしいのか手を繋ぐのを嫌がった

弟の瑞希は照輝くんと違って一つ年上でこんなしっかりした男ではなかった

人見知りなとこもあって内弁慶だった


「ねぇ馨くん」


「何?」

また思考に飲まれていた

「馨くんの家はどこらへんですか?」


「同じ方向だよ。この河川敷をまっすぐ行ってすぐだよ」

繋いでない方の手で指を指し示す

「じゃあ一緒の方向ですね!」

弾んだ声で返事をした

何が嬉しいのかニコニコしている

こんな様子はやはり年相応で可愛いらしい


照輝くんの友だちの話や学校の話をしながら

歩く

家族葬した日に出会った少年とこんなことになるなんて

夢にも思わなかったな

いやそれどころじゃなかったけど



「ここです着きました!」

照輝くんが片手で扉をガラガラと開いた

またボーとして歩いてたら着いていたらしい


あれ

「お隣さんじゃん」

「え!?」

そう俺の家のお隣さんだったのだ


「ほんとに!?ほんと?」

今日一番のテンションだった

若者のオーラが眩しい

まぁ俺もまだまだ子供だろって言われるだろうけど

「そう。照輝くんお隣さんだったんだな、知らなかった」


「僕も知りませんでした!ふはは!」

ご機嫌のようだ

「ただいま!おばあちゃん帰った?」

入り口から大きな声で照輝くんがいった

反応はなく誰もいないようだった

「まだ帰っていないみたいです。馨どうぞ上がってください」

扉を開けたまま中に入るよう促してくれる

なんて紳士的なんだ


「どうしました?」


「ううん。なんでもない。お邪魔します」

外観は日本らしい木造の古民家風だった

中は巻かれた暖簾が置いてありカウンターがL字になっていて奥に階段と居間への扉がある

「ここ、お店?」


「はい、小料理屋です。おばあちゃんが昼時と月曜日と水曜日以外は夜もやってます常連さんばかりですけどね」

話しながら奥へと案内される

「こっちどうぞ。座っててくださいねお茶お出しします」

手早く部屋の隅にあった石油ストーブをつけた

まだ寒い日もあるから片付けていないのか今回はありがたい

「おかまいなくってか大丈夫だよ照輝くん!」


「いえいえ!お客さんをおもてなししなかったらおばあちゃんに叱られますから」

自宅の台所でお湯を沸かしているらしいカチッと音がして火をつけたみたいだ小学生に火をつけさせるのはなんだか悪い気がするから手慣れた様子でぴょんぴょんと照輝くんがなにかを準備しているみたいだ

こちらも大人しく正座をして座布団のうえに座している

一般的な木造建築だ店と自宅を兼用しているらしい


扉で閉められたガラス戸の奥に仏壇が見える

背中側には縁側があり暗くて今は庭は見えない

流れに身を任せたが手土産もなく身上もわからない自分がここにいていいのだろうかと焦る


トンッ


「お待たせしました。豆大福と苺大福がありましたのでよかったら食べてくださいそれと緑茶です」


「わざわざありがとう」

いただきますといって湯気の立つ湯呑みを持ち緑茶を飲む

程よく冷ましており緑茶の苦味と甘みが口に広がり、喉を潤す

照輝くんも隣に座るちゃんと正座だ弟ならあぐらだったな

確かに今日はろくなものを食べていない

至れり尽くせりだが大福を頂戴しよう

苺大福を掴み半分齧る

ジュワッといちごの汁かは甘味と酸味が広がり

あんこと生地がいい塩梅でとても美味しい

すかさず緑茶をのみ一息つく

日本人的贅沢だ

「照輝くんとってもおいしいよお茶も大福も!」


「本当ですか!それならよかったです。お茶は新茶だし大福は商店街で人気のお店の和菓子なんです」


「お腹空いてたからすごく美味しいよさらに!照輝くんはほんと気が利いていい子だなぁ」

粉を落とした手で照輝くんの柔らかい髪を撫でる

照れ臭そうにもじもじしているが抵抗はない


「あっ!照輝くんの分は?もしかしてこれ君のじゃない?」


「おばあちゃんが僕がここのお店のだいふくが好きなの知ってて買ってきてくれるんです。いつも食べてるから気にしないでください」


「でも、照輝くんもお腹空いてるでしょ?」

部屋にかけてある壁時計からもうすぐ七時近くを短い針が近づいていた


「多分もうすぐおばあちゃん帰ってきますし、気にしないでください。美味しそうにたべてもらえるだけでお腹いっぱいです!」

なんていじらしく可愛らしい


「うーん。気持ちは嬉しいけど、俺一人だと寂しいな。照輝くんは大福どっちが好き?」


「え、えっと。どっちも好きですよ」

目が苺大福をチラチラ見ている


「じゃー半分こしよう。あーでも苺大福俺齧っちゃったし嫌だよね」


「えっ!?あの、嫌とかじゃないです。いちご好きですいただきます」

なぜか耳が赤くなりもじもじが加速している

仕方ないのでいちご大福の半分を皿ごと掴み

あーんをする

照輝くんが驚き目が大きくなる

目も綺麗な透明感のあるブルーだ綺麗だなぁ

困惑した照輝くんだが意を決してあーんといって

一口で食べた

もぐもぐしていて可愛い

照輝くんも自分の分のお茶をごくっと飲み干し

食べた

もう一つも手で割って半分こ

平和だな

そうしていると店の入り口兼玄関からガラガラと音がした

「ただいまーテルいるのー?」


「お帰りおばあちゃん!お客さん来てる」

照輝くんは立ち上がって玄関へと向かっていった

見ず知らずの自分がいるのだ

照輝くんがそばに居なくなった途端寂しく感じる

「あらあら、照輝のお客さんなんて珍しい。いらっしゃい。照輝の祖母花枝です」

着物を着た女性が綺麗に一礼してくれた

こちらも姿勢を正しく座ったまま頭を下げる

「お邪魔してます!こんな時間にすみません真田馨と申します」


「ご丁寧にどうも。テルちゃんと真田君にお出ししたのね偉いわ」


「うん!喜んでもらえたよ」

おばあちゃんには子供らしく話すんだな

仲が良さそうだ

外から見たらうちの家族もこんなふうに見えたのかな

今更ながらおもう当たり前なんて前触れなく変わるものなんだな

他人事みたいに感じてしまう


「では腕によりをかけてご飯作らなくてはね。真田君是非うちで食べていって。ご家族さまは大丈夫かしら。心配なら代わりにお電話しますよ」

一瞬空気がしんとした

おばあさんの花枝さんは気付かないようだが

照輝くんの反応が早かった


「おばあちゃん馨くんはお腹すいたって言ってたから美味しいのお願いね!今日は大丈夫って言ってました!」

子供に気を使わせてしまった

ご挨拶したらお暇しようと思っていたがこれは断りにくい

もう花枝さんは鼻歌を歌いながら台所へ向かっていった


「……ごめんなさい馨くん。余計なお世話でしたか?」


「ううん。全然平気。逆に申し訳ないよ俺」


「おばあちゃんのご飯美味しいから食べていってね」

口調が幼くなったやはり動揺したのかもしれない子だ

優しいいい子だな

「じゃご馳走になろうかな」


「!!よかった!少し待っててね!」

そのまま素早く台所へ向かった

中から花枝さんの部屋で走ってはいけませんと声が聞こえた


少しして戻ってきた照輝くんはお盆に小鉢やお漬物を乗せ運んできた

手伝おうとしたが断られた

ほんとに至れり尽くせりだ

三十分くらいで食卓にはたくさんの料理を並べられていた


「すごい!美味しそうですね!」

筍とさやえんどうの辛子和え、厚揚げと豆苗の煮浸し、煮魚、角煮、豆腐と新玉ねぎと油揚げのお味噌汁だ

美味しそうな香りが部屋に充満する


「さぁおあがりください」


「御相伴に預かります。いただきます」

照輝くんも同じくいただきますと言って一緒に食べる

ホカホカのご飯に煮魚がよくあい季節の野菜が入った料理はどれも美味しく食事が進む

おかわりまでしてしまって申し訳なくなるが花枝さんニコニコとしていた

笑うと目元が照輝くんと似ている



食後に町内会でもらってきたという苺を頂いてゆっくりしている

照輝くんも隣でピッタリとしていて機嫌が良さそうだ


「食事ありがとうございます。とてもおいしかったです」


「それならよかったわ。みんなで食べると美味しいものよね。たくさん食べてもらって作りがいあったわ」


「こんなにしてもらって申し訳ないです」


「いいのよ。孫が一人増えたようで嬉しいわ。初めてお見受けしたけどどのような関係なの?」

それもそうか明らかに学ランを着た俺は照輝くんと比べたら明らかに歳が違う

不信感を抱くだろう

「えっと、今日公園で初めて会って」


「そうなんだよおばあちゃん。今日公園で遊んでもらって遅くなったから送ってもらったんだ馨くんにね」

またフォローしてもらった


「あらそうなの。照輝と遊んでもらってありがとう。この子あんまり同年代の子と遊ばないからさらにね意外だったのよ。ありがとうね」


「いえいえ。むしろ照輝くんに遊んでもらったくらいです」


「ふふ、そうなのね。仲良しならよかったわ。あらもうこんな時間ねお家大丈夫でしたら泊まっていきなさいよ真田くん」


「え!えっとそんな、あの実は家が隣でして」

唐突な提案に驚く

初対面の俺を泊めてくれるなんてそんな


「あら!もしかして真田さんってあの……そう。ごめんなさいね無神経なことを言って」


「そんな!まったく大丈夫ですから!」


「あらそう?ならお布団二階に敷いときますから泊まって行きなさいな。テルも喜ぶでしょうし」


「お泊まり!?ほんとに!?」

本日二回目のハイテンションだ

弟はゲーム買ってもらった時ぐらいだこのテンション


「でもほんとに、ご迷惑ですから」


「こちらがすすめているんですよ迷惑なんてことないわ。テルのためだと思ってだめかしら?」


「馨くん、お泊まりいやですか?」

この似たもの家族はずるい

ことわれるわけないじゃないか


「じゃお言葉に甘えて、よろしくお願いします」


「やった!!」


「ふふ、ならお風呂準備しなきゃ。ゆっくりしていってね」

お風呂僕洗ってきます!といって照輝くんがお風呂場へ駆けて行った

「もうあの子ったら、あんなにはしゃぐの初めて見たわ。真田君、馨君って呼んでもいいかしら?」


「はい、好きに呼んでください」


「そう。馨君のことテルは大好きなのね」


「大好きかは、わからないですけど仲良くしてもらってます」


「ふふふ、あの子厳しく躾けたら大人顔負けの子に育ったものだからやりすぎたかしらって思っていたのよ。でも馨君の前だと歳らしく振る舞えるみたいね。嬉しいの」

風呂場の方を見つめながら花枝さんは言った

やはりこんな時間まで親が帰ってこないとなると

親代わりをしているのかもしれない


「会ったばかりでこんな話をするのもなんでしょうけど、あの子四歳の頃うちに来てね。私の娘が置いて行ったの」


「そうなんですか」

訳ありだったのか


「自分の娘ながら本当情けないけど、育児に向いてないのよね。イギリスでであった男性とできた子らしいけど詳しくは話してくれなかったわ。身一つでやってきてあの子を置いてイギリスで働いているの。あの子は昔から聞き分けが良すぎなの。親のいない子って舐められないように躾けたつもりだけど帰ってあの子を素直に子供らしさを奪ってしまったかもしれないって悩んだわ」


「そんな!照輝くんはとても優しくて思いやりがあるとてといい子です!大人顔負けに振る舞って公園にいた俺にわざわざ話しかけて心配してくて、寒いからってほうじ茶をくれて手を握ってくれたんです!」

伝えなければいけないと思った

当たり前なことなど当たり前にないんだ


「だからあんな素敵な子は俺は知りません。あの子は花枝さんの育てた立派な照輝くんです!」

なんか熱くなってしまっただが何一つ間違っていない

照輝くんと出会ってから体が心が

もう一度血を巡らせて生き返ったみたいだ


「そう、………そうね。私が自信を持たなければあの子に失礼よね。ありがとう馨くん気づかせてくれて。あなたも言葉にできる思いやりのある子よ。信じてね」

目が潤んでいた花枝さん

きっと俺も他の人には見せれない顔をしているだろう

なのに心も体も熱い

生きるって感じる


「はい。俺も信じたいです」

ストーブ独特の音が響く静寂だった

花枝さんがそっとお茶のお代わりを入れてくれる


「…洗い終わったよおばあちゃん!うちのお風呂檜風呂だから期待しててくださいね馨くん!」

勢いよく照輝くんが戻ってきた


「こらテル!お行儀よくしなさい。馨くんに笑われますよ」

照輝くんそのままピッタリとまた俺の隣に座る

心なしか目元が赤い気がする


「うちの弟なんて家の中で新しいシューズが嬉しくて走り回って親に取り上げられてましたよ。照輝くんはいい子すぎるくらいです」

頭をなでなでしながら言う

くすぐったそうにニコニコとしている


「あらまぁ、やんちゃなのね。テルがしたらお尻叩きねそれは」


「か、馨君の前でやめてよおばあちゃん!」


「以前グリーンピースが食べれないからって避けて隠したからお尻叩いたわね」


「おばあちゃん!!やめてよ!ちゃんと食べたじゃないか」

顔を真っ赤にして怒る照輝くん

初めて見た顔にワクワクしてしまう


「はいはい。お風呂沸かしたの?」


「もう本当にやめてください。洗って栓をしてお湯溜めてますよ!」

プンスカとしている

こんな感情的になるなるて

さすがおばあちゃん

さすがの照輝くんでもお手上げのようだ



「ならそろそろね。二人ともお風呂入ってきなさいね。馨君の分の寝巻き探さなきゃね」

そう言って奥の和室に花枝さんは去って行った


「じゃお風呂頂こうかな。いこうか照輝くん」

ん?反応がない

背を曲げて正座をしているどうしたんだ

「どうしたの大丈夫?」

顔を寄せて俯いてる照輝くんの顔を伺う


「お、お、お風呂。馨くんとお風呂」


んん?

ああ一人っ子だし恥ずかしいのかな?

俺はたまに弟と入ってたから慣れているし気にしない

よし花枝さんにならって照輝くんを攻略してみよう


「わわわわっ!?な、なに?馨くんどうしたの?」

敬語が消えているまずまずだな

「照輝くん見た目より重めだな。このまま風呂行くぞー」

照輝くんを強制的にお姫様抱っこしてお風呂場へ直行する

非力な俺は長く持てそうにないんだ



脱衣所について下す

照輝くんは涙目で顔が赤かった

まだ思春期前だが彼も男

恥ずかしいんだろう

小さいうちにしか見れない特権だな

あっという間にお姫様抱っことかできなくさりそう


「ほらごめんって照輝くん。お風呂はいろ」


「………」


「もう揶揄わないから許してよ。それとも脱がしてほしいかな?」

後ろを向いてプルプルしていたが脱がすというワードに反応してプンスカする

「だっ、ダメに決まってます!馨さん意地悪はやめてください」

こうやってストレートに感情を出したほうがいい時もあると知った

この場面では些かダメじゃね?って指摘されそうだが

徐々に慣れていきたい


「はいはい。じゃ先入ってるから早くおいでー」

もう弟扱いしてる

照輝くんにしれたら怒るだろうか慰められるだろうか


お風呂は確かに立派な檜風呂だった

洗い場でささっと体を流し湯船に浸かる

すりガラス越しにもぞもぞしている影が見えるが

意を結したのか服を脱いだ照輝くんがタオルをして

入ってきた

まぁ仕方ない普段同性ともあまり入る機会もないのかもしれない

「あまり、こっちを見ないでください」

赤くなった顔で拗ねた口調で言う可愛い


木でできた椅子に腰掛け照輝くんはお湯で体を流した

ブロンドの髪がキラキラしていて綺麗だと思った

まだ小学生だが少年らしい体型に程よくしっかり筋肉がついている

何か運動でもしているのかな


「ねぇ照輝くん」


「はい、なんですか」

こちらを向かない


「洗いっこしませんか」


「えっ!?だ、ダメです!」

真っ赤になってこちらを振り返ったがすぐ前を向いた


「一緒に入った醍醐味だと思うんですよ。背中流してほしいなぁー」


「………わかりました。は、初めてなのでよろしくお願いします」

なんの返事だが一瞬わからなかった

そんなに緊張することかな


「じゃあお背中流しますね」

湯船から立ち上がる

その際ひゃあはぁと変な声が聞こえたが

お湯がかかってしまったかもしれない


タオル生地のボディタオルで石鹸を泡立てる

「じゃあ洗うよー!」

水を弾く艶肌に満遍なく泡立てたタオルで洗う

やはり発育がいいのかこの年にしては背中が大きい気がする

弟は洗いっこなんて子供がすること!って嫌がっていたなぁ

あいつは俺同様ちっちゃかったからやはり遺伝なのかもしれない


「も、もういいです。つぎ馨くんです」


「でもまだ前洗ってないし」


「ダメに決まってます!」

プンスカだ最近の若者はキレやすい


「わかったよ。じゃあ照輝くんよろしくお願いします」

今度は俺が椅子に座って背中を洗ってもらう

交換する際目を瞑っていたがお風呂場では危ないよ


「……優しくしてね」


「ぶほっ!?」


「ん?大丈夫?」


「大丈夫です泡が目に入っただけですもう大丈夫です」


「あっそう気をつけてね」

照輝くんが恐る恐る背中をゴシゴシと洗ってくれる

なかなか上手じゃないか

弟は適当で何かに取り憑かれたように全力でやるから優しくなって釘を刺していた


「……終わりました。流しますね」

風呂桶に貯めたお湯で流してもらう

残りをささっと洗いその間には湯船に入っていた照輝くんと向き合う形で浸かる


「檜風呂なんて久しぶりだよ俺毎日なんて贅沢だね」


「そうですか?あまりわかりませんいつものことなので」


「そっか。照輝くん敬語じゃなくてもいいよ俺。照輝くんいい子だしわかってるから」


「え?あのっ、まだ敬語でお願いします」


「ふはっ、まぁ構わないけど俺はゆるくしていいかな」


「大丈夫です。馨くんの好きにしてください」


そのあとはぽつぽつと話をして照輝くんからかって赤面させ

怒られた

交換こで頭を洗ってお風呂場を後にした



「お風呂ありがとうございました」


「ふふ楽しそうだったわねゆっくりできたかしら」


「すいませんお騒がせして檜風呂最高でした」


「ならよかったわ。気にしないでまた入ってちょうだい」


照輝くんに馨君が先に乾かしてって言われたがドライヤーを奪い先に照輝くんの髪を乾かしてやった

そのあと照輝くんもやらせてほしいらしくお願いした

なかなかに気持ち良かった


花枝さんがお風呂から上がってくる間

冷たい麦茶と水まんじゅうをいただいて

涼んでいた





そうしているともう十時近かった

「そろそろ寝ましょうかね二人とも眠いでしょう。お布団出しておいたから二階に敷いてちょうだいね」


「はいありがとうございます」

お礼を言って照輝くんに案内され二階に向かう


階段を上がって左に照輝とかいたネームプレートが扉につけてあった


「どうぞ馨くん。狭いかもですが、くつろいでください」

ここまで来ると接客されているようだ

どこか声音は緊張感を滲ませている


「お邪魔します。へぇーきれいにしてるね偉い」


「そんなことないですよ別に」

勉強机と本棚、掛け算や割り算の九九のシート

机には写真立てがあった

机横にハンガーが壁からかけられるようになっていてその下にランドセルと帽子が乗せてあった


「布団並べましょう」

「うん」

今日偶然出会った子と一日過ごし共に食事をしてお風呂に入っておしゃべりをした

不思議な一日だった

温度差が激しい一日だ


「これで大丈夫ですね。馨くんは部屋の明かりはどうしますか?僕はどちらでも」


「俺もどちらでもいいよ」


「でしたら消しますね」


「うん」


………


「照輝くん」


「はい」


「一緒に寝る?」


「ね!?寝ません!子供扱いしないでください」


「そんなつもりじゃ、わかったよ」


……


暗闇に包まれると一気に孤独感が増す


「照輝くん」


「はい馨くん」

名前を呼ぶと声が返ってくる

それがとても安心する


「おやすみなさい照輝くん」


「おやすみなさい馨くんまた明日」


「うんまた明日」


………



目を瞑るとより暗闇に包まれている気がする

寝返りをうつ








!?



右手が握られた

咄嗟に声は出なかったがとても驚いた



「照輝くん?」

この温かさはこの感触は照輝君の手だ


「こうすると安心して寝れます大丈夫です。僕がいます」



ありがとう


そう言いたかったが声は出なかった

泣き声を抑えたくて繋いだ手をぎゅっとする

そうすると繋いでた手もぎゅっとしてくれる


「馨くん、夜からずっと空元気して無理してました」


………



「情けないですけど僕、どうしたらいいかわからなくて考えてました」



……



「結局何もできなかったけど、これだけは決めました」





「馨くん、僕の前では無理しないで我慢しないでください。まだ何ができるかわからないけど、絶対一人ぼっちにはしません。ずっと一緒にいて何ができるか考えます」





「………ずっと?」



「ずっとです」


ぎゅっと今日一番の強さで握られた

少しばかり痛いがこの強さが気持ちの現れだと感じた




「……かっこいいな照輝くん。小学生とは思えない」



「残念ながら小学生です」

「はやく大人になりたいって初めて思えました」



「…そんなのゆっくりでいいんだよ照輝くん。過ぎたことは戻らないんだから、大事にゆっくり大人に慣れればいいんだよ」



「そしてさらに大きくかっこよくなった大人の照輝くんになるまででいいからさ。一緒いてくれる?」

これはきっと願い

そして弱音と不安

そして本音だ



「ずっとです」




そっか

ずっとか

それはなんというかきっと幸せだな



ありがとう照輝くん




そう声に出したかも定かではないが

微睡む意識の中で

繋がれた手の温もりと力強さ

小さな夜の約束は

確かにそこにあったのだった







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