居眠り姫は恋ができない

ナカベ ヒナ

居眠り姫は笑えない 1

 ・・・・・・どうしようこれ。


 急勾配の坂を下るバスの車内で、田倉たくら夢一ゆめいちは、坂と同じくらい急勾配のなで肩を強張らせていた。

 突然のこの状況に緊張しているからでもあるし、絶対にこの肩を動かしてはならない、という使命感に襲われているからでもある。


 夢一の肩にもたれて、美少女がすやすやと眠っているのである。




 このルートを通るバスの運営は、県立坂ノ上さかのうえ高校に通う生徒たちの登下校で成り立っていると言っても過言ではない。

 車内にいるのは全員、坂ノ上高校の生徒、しかも、数十分後に始まる入学式に向かう新入生ばかりだ。みんな、糊でぱりぱりの真新しいブレザーを着ている。



 他の新入生たちが、スマホをいじったり、つり革にぶら下がって友達と談笑したりしている中、2人席の窓側に座る夢一は、こわごわと熟睡する女子高生の顔をのぞきこんだ。


 くりんと上向いた長いまつげに、毛穴あるんかとツッコミたくなるほどきめ細やかな肌、少し紅潮した頬。目をつむっていても分かる、相当な美少女だ。あんまりじろじろ見るもんではないことは重々承知だが、つい見ていたくなるほど彼女は綺麗だった。


例えるなら、『眠り姫』――



「坂ノ上高校前ー、坂ノ上高校前です」


 はっと気づくと、バスはいつの間にか坂の中腹で停車していた。


 ぞろぞろと降りる新入生たち。

 向かう先には、いかにも低予算な校門と、校門の脇でどっしり鎮座する『入学式』という厳かな看板。名前を裏切らず坂の上に佇む、県立坂ノ上高校である。


 夢一は、ためらいながらも、美少女の肩を揺り動かす。


「お、起きて下さい。ここで降りるんでしょ」

「うーん・・・・・・」


 美少女は不愉快そうに顔をゆがめ、さらに夢一の肩に顔をうずめた。

 人工的でない「なんか良い香り」が夢一の鼻孔をくすぐり、思考回路がショートしてしまう。


「発車します、ご注意下さい」


「ちょ、ちょっと待って!」



 にべもなく出発するバス。急勾配の坂をさらに下っていく。


 がっくりと肩を落とす夢一。その肩で、美しい眠り姫はまだ夢の中にいた。

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