世界終末の夢の先

もやし

第1話

「ねえ」


 少女が言う。

 少女は透明な床でも踏んでいるかのように空中に立って、両手を広げてこちらを見下ろしている。その頭上に浮かぶ光輪は、黙示録の天使のよう。

 少女の背には崩れゆく大地。その巨大な無数の亀裂からは紅い光が漏れだして、少女を逆光のシルエットに沈める。

 頭上に浮かぶ水晶玉はまるで月のように、静かに白く輝いている。


「あなたはどうしてここにいるの?」


 僕にだってわからない。

 まだ、どうするべきかわからない。


「わたしはどうしてここにいるの?」


 それならわかる。

 君は、世界を呪ったんだ。




 罅で濁った水晶玉は、この世界の縮小図だ。──文字通り。

 世界は、完膚無きまでに蹂躙された。他でもない、目の前の少女の手によって。


 きっかけは世界にとっては些細な、それでも僕等にとっては十分に絶望するに足ることだった。

 この世界は本当にどうしようもなく残酷で、僕等は世界の敵だった。


 僕等は道を違えた。


 一人は世界から逃げた。もうどこにもいない。会うことはできない。


 一人ぼくは世界を受け入れた。何をする気力もなかった。


 一人きみは世界に立ち向かった。そして全てに打ち勝った。今の君は神に等しい。その意思、その腕ひとつでこの瀕死の世界を再生不可能に破壊できる。


 誰もそれを止められない。だから、僕が今ここにいることに何の意味もない。君の問いに答えを返すことはできない。


 ぴしり。水晶玉が軋みを上げる。それは世界の悲鳴。少女は今ただ一人でこの世界の、そこに生きる全ての生命の生殺与奪を支配している。僕のものも例外ではないが、不思議と恐怖は湧いてこない。



「君は、それで良いの?」


 質問を返す。答えは分かりきっている。少女が何か言うよりも早く言葉を続ける。


「僕は、どうすれば良いの?」


 これは心からの嘆きだ。少女に聞くのは見当違いの悩みだが、縋る神は今やここにしかいない。



「知らないよ」


 僅かに苛立ちが見て取れる、吐き捨てるような言い方だった。

 まだ感情は残っていたのかと、意味の無い安堵を覚える。


 不意に、右腕を痛みが襲う。見ると、水晶の破片が腕を貫いていた。水晶玉が欠けはじめている。そう気づいて上を見上げ、そこに広がる光に目を細める間もなく、僕の意識は暗転した。








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