アンドレア

神田朔

プロローグ

 黒く汚れた海藻が潮流の狭間でたゆたい、ひどく寂しいハープの音色が波頭をかすめて飛びすさっていく。灰色の雲が成層圏までを厚く覆いつくし、悪魔のように枯れた絶叫がこだまする。波間に浮かびあがったのはひとつの像。ウミガメが眠そうにそれを一瞥して深みに消える。


 それは青銅の人魚姫像だった。完璧な黄金比のフォルムと美貌。手櫛で柔らかなベルベットの髪を梳いている。その尾びれは滑らかな曲線美を誇って台座に巻きついている。どこにも製作者は記されていないが、ただ「アンドレア」という名前だけが台座に繊細に彫り込まれていた。


 しかし彼女に作り手など必要ないし、もちろんこのアンドレアを見初むる男たちにとってもどうでもいいことだった。彼女は長い間美しい海を彷徨って、アンコウと睨めっこをして、鰯をかけっこで追い抜き、ラッコと共に眠った。それが全てだった。

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