単なる短編集
猫家 凪
そのマグカップは共鳴する場合があります。
マグカップから音が聞こえることに気が付いたのは少し前のこと。
ある日、在宅の仕事をしている時のことだった。
どこから話し声が聞こえてきた。
外からの声かと思ったが、部屋はマンションの3階。
よく聞くと半年前に安い通販で買ったマグカップから声がしているようだった。
マグカップを買ったときについていた説明書の内容には
説明書には『ふたつ一組のマグカップです。共鳴する場合があます。』と書いてあった。
注文したマグカップは元々一つだったので、他の商品のものが間違って入っていたのだろうと思っていた。
最初に声が聞えたときは、気味悪く思い飲みかけのコーヒーを捨ててしまった。
しかし、説明書の内容を思い出して、このことかと納得した。
今では時々相手の作業の音を聞きながら仕事をするようになった。
誰かが近くで仕事をしているように感じて仕事がはかどるようになったからだ。
話し声を聞いてわかった事がいくつかあった。
何処かの会社であること。
マグカップの持ち主は若い声の男性であること。
中の液体が多ければ音も大きく聞こえるということ。
その日の夕方、コーヒーを例のマグカップにいれた。
キッチンから仕事場に戻る途中いつもと違う声が聞こえて足を止めた。
『今うのちに入れよう。』
『よくそんな薬物手に入ったな。』
『即効性抜群だから、少し飲んでくれれば。』
『後は俺らが自殺ってことにしとけば。』
ふたりの男性の声を静かに聞いていた。
静かなコーヒーの水面にピチャンと波紋が広がる。
まるで自分のコーヒーに毒を入れられた気分だ。
鼓動が早くなる。これを飲んだらきっと、と考えるだけで背筋が冷たくなった。
場所も知らない、顔も知らないどうやって助けられるだろう。
すぐに須藤さんが戻ってきて、椅子に座る音がした。
マグカップを持ち上げただろう、波紋が広がる。
『共鳴する場合があります。』
説明書を思い出しつい叫んだ。
「飲んじゃだめ!!」
叫び終わるのとほぼ同時にマグカップにひびが入った。
それから二度と、マグカップから音が聞こえることはなかった。
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