サンタと僕の攻防戦

 まだ私の一人称が「僕」で、物語を書いていなかった頃の話だ。この頃、私はまだサンタクロースの存在を信じていた。そして私はまだ両親と寝ていた。

 私が6歳だったあのクリスマスの朝。私はまず3時に起きた。その朝起きれば当然枕元にあるであろうものは、まだなかった。寝ている両親を起こさぬように、首と目だけを動かして周りを見回す。どこにもそれらしきものはなかった。

「まだかぁ」

 そう思い、布団の中で枕元の方を見つつ時計とにらめっこする。1時間ほどしても何も起きなかった。両親の方を見ると、当然ながらまだ起きてすらおらず、いびきをかいて熟睡していた。

「4時……か」

 物音1つしない寝室で、私はずっと枕元と時計を5秒おきに見比べていた。時間は途切れることなく過ぎる。

「……もう少しで5時か」

 4時59分55秒を指す時計の針と何もない枕元を見比べて私は瞬きをした。来ないのかな、と思って目をしっかりと開け、時計を見る。

「5時ちょうど」

 口に出して言ってみる。そのとき、何か枕元のさっきまで何もなかった空間に何かがあるのを感じ、私は目を見開いてそちらを見た。

「……!?」

 そこには赤と緑のストライプで彩られた包装紙で包まれ、白のリボンで飾られた大きな箱。私は大いに驚き、布団を抜け出して包みを見た。包みはやはりそこにある。そしてわずかに他のものより冷たい。

「……これは」

 私は箱の包装紙を注意深く剥がした。箱の中にはサンタクロースに頼んだとおりの植物図鑑と百科事典全5巻が入っていた。嬉しいのと同時に、少し……というかかなり不思議な気分だった。へたな折り方で鶴が折られた小さな紙の欠片も入っていたので開いてみたが、その紙は真新しい本の紙のように白く、触ったこともないほどなめらかな触り心地だっただけで特に何も書かれていなかった。


 私は翌年、また3時に起きて同じようにして枕元を見張っていた。今度は親を起こさぬように注意しながら布団を抜け出し、部屋の中を見回った。それも5分おきである。なぜ親が起きなかったのは分からない。だが親は起きず、一度たりとも部屋のドアを開ける音などせず、ただ5時になる5秒前に確認したときには何もなかった枕元に、5時になってみるとプレゼントの包みがあるだけだった。その翌年は枕元にブーブークッションを置いた。しかし結果は同じだった。物音ひとつ立てずに前の年と全く同じ時間、全く同じ状況でプレゼントの箱が忽然と現れているのである。私はなんとなく探ってはいけないことを悟った。折り紙は年々上手くなっていたが、やはり何の意味があるかは分からなかった。また、サンタクロースを信じなくなったいうのもあって、それ以来その不思議には迫れていない。

「あれは一体何だったんだろう」

 昨日、元々天皇誕生日だった12月23日に、私は学校でとある友人にこの話をした。彼はこう言い放った。

「超能力者でもない限りそんなことできないんじゃねえの?」

「そうだよな。やっぱりおかしいよな」

 そして今日、朝から「やはりサンタクロースはいたのではないか?」という考えが確信と疑念の間を行ったり来たりしている。そして今はもう20時である。


――そういえばあの折り鶴は何でできていたのだろう。


 私は何か閃いたような気がして、去年買った古書を手に取った。そして子供の頃大事にしていた小物が入っているクッキーの缶を開ける。

「あった」

 そこには三羽の折り鶴が入っていた。紙は少し丸まっているが、色は相変わらず白い。この古書は羊皮紙でできている。そして触り心地が何かと似ていると思っていた。折り鶴を触った私の口からは、思わず言葉がこぼれた。

「なるほど」

 古書の黄ばんだ羊皮紙と、全く同じ感触を感じる。ネットで「羊皮紙 新しい」と検索すると、羊皮紙には2種類あることが書かれていた。羊の皮を使った紙が本来の羊皮紙で、今売られている新しいものの殆どは羊皮紙に似せて作った植物由来の紙らしい。そして本物の羊皮紙には毛が残っているという。

「スマホで拡大しても見えるのかな」

 そんなことを思い、古書の羊皮紙をスマホカメラで限界まで拡大してみた。毛のようなものが見える。

「こっちは……?」

 折り鶴を拡大すると、毛が見える。

「やっぱりか」

 私は折り鶴をしまって、サンタクロースに「きのこの図鑑をください」と念じてから布団に入った。

 翌朝3時に起きると、枕元には何もなかった。そして5時になると、枕元には本……ではなく、A4サイズの茶封筒が置かれていた。

「なんだこれ」

 開けてみると、中には折り鶴の紙と同じような見た目の紙に慣れない手書きで日本語の文章が書かれていた。

「私はあなたに4勝したサンタクロース、ミラのニコラオです。お元気ですか?私はあと375年でサンタクロースとしての任期を終えます。貴方にはこれからさらに5年プレゼントを差し上げ、その後サンタクロースの力をあげます。なのでサンタクロースになってはくれないでしょうか?仕事は簡単、子供たちがほしい物をなんとしても親に届くよう生産させることです。あなたにプレゼントを贈ったような方法で全員にあげていては死んでしまいますからね。拒否権はないのでそこのところはよろしくお願いいたします。サンタ・ニコラオ」

 私は絶句した。サンタクロースって確か4世紀に始まった風習だよな。2000年間も任期あるのかよ。


……そこではない。


 サンタクロースになれば多くの人を幸せにできるのか。やろうかな。流通だけならボランティアでできそうだし。そんな軽い気持ちが浮かんできた。紙は本来の羊皮紙で間違いなかった。

 というわけで私は2026年、サンタクロースになった。仕事はきついがやりがいがあるし、能力を使えば食費0円生活ができる。勤務地は北極の秘密基地で寒いのが玉にキズ。最盛期には200人いたらしいしさすがに一人ではきついので同僚募集中。できれば女子で。シングルベルはもう嫌だ。

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