第5話 狩り× → 刈り
「そうそう、槍で地面を叩きながら。足場の確認にもなりますし毒甲虫なども逃げていきます。ああ、ちょうど」
土色をしたやや細い長い虫が、ルーシャの叩いた茂みから慌てた様子で散っていく。
「あれが毒甲虫?」
「
「変な名前ね」
「茂みの中では渦のように丸まっているんですよ。そんなに下ばかり見ていると――」
「うひぃあぁっ!?」
大声を上げて暴れ出しそうになったルーシャの手を咄嗟に掴む。
「大丈夫!」
声をかけ、パニックにならないようぎゅっと手を握った。
「ただの蜘蛛の糸だけです。蜘蛛はいません」
「い、う……いない?」
「……はい」
頭に引っ掛かった粘つく糸と共に、ルーシャの頭の上から中指ほどの大きさの蜘蛛を払い除ける。
下ばかりみているからそうなるのだ。
言ってやりたかったが、少し涙目になっているルーシャを見て言葉は引っ込めた。
「うぅ……虫だらけですわね」
「苦手なんじゃないですか、やっぱり」
「ちゃんと見えていればそうでも……虫って急に出てくるんですもの」
ここにいるぞ、と主張するタイプの虫は多くない。
たまにいるそういう類は、本当に近付いてはいけないもの。あるいはその擬態。
「足元の確認と頭上の確認。両方です。この辺りにはそうそういませんが、
「木の上から?」
「ええ、今は私が周りを見ています。いませんよ」
短槍を握り直してきょろきょろしたルーシャの緊張をほぐそうと言ったのだが、彼女の肩の落ち方が安堵とは少し違う。残念そうに。
「……いませんのね」
「何を期待しているんですか」
だって、と。
少し不満そうに唇を尖らせるルーシャは、怯えているという様子ではない。
「何を狩りにいくのかフラァマは教えてくれないんだもの。わたくし、武芸の筋は良いと評判ですのよ。亡きお爺様譲りだと」
「どこの評判ですか……」
「ゴーラドの兵士の間で武姫と……お母様さえ許して下さればもっと磨いたのですけれど」
おべっかもあるのだろうが、お淑やかな御令嬢というばかりの育ちではないようだ。
お転婆な姫様というところか。
弱音ばかり吐いてぴいぴい泣かれるよりは良い。そういえば水汲みの時にも見かけより体力があると思ったのだった。
しかし、残念ながら。
やはりお頭の方はあんまりおよろしくないようで。
「狩りになんて行きませんよ」
「食べ物を取りに行くって……」
「お転婆なのはともかく血に飢えるのは結構です。だいたいルーシャがこれだけ騒げば獣なんてみんな逃げてしまうに決まっているでしょう」
荷車もない状態では大きな獲物など持ち帰れないし、夏の気温では肉がすぐ傷んでしまう。
小兎を狩ってその場で調理するならいいかもしれないが、捕食者の気配に敏感でない獣などいない。
「そういう準備もしていませんし」
「だって、この……」
「あなたが槍の達人なら、大きな
短槍とフラァマを見比べるルーシャに溜息を吐く。
狩りなど経験のない彼女は、山の中で獲物を見かければ勇壮な戦士同士の戦いのように狩りが始まると思っているのかもしれない。
普通は獣の方が逃げ出す。縄張りや子を守る為に突進してくることもあるが。
狩りは違う。準備が九割。
罠を仕掛け、息を潜めてじっと待つ。
待っていてもいつになるかわからないので、実際には家から遠くない場所に罠を仕掛けて獲物がかかったら音が鳴るようにしておく。
そうでなくて、今日こうして出かけたのは。
「森では美味しいものが食べられないとルーシャが言うので」
「だから」
「採りに来たんですよ。季節も良かったですし」
少し先、茂みが少なく日差しを受ける木々を示した。
薄黄色の実をつけた木々を。
「果物ですわ!」
「いちいち大声を出さない」
声で逃げていく獣もいる。
それとは別に、声に寄せられるものだっているのだ。多くはないけれど。
お師様がいない今の状況で厄介事は避けたいのだ。
だというのに、なぜこうして出かけてしまったのか。
「ご、ごめんなさい」
「まあ……この辺りは危険な獣は少ないですし、温かい季節は獣もさほど飢えていませんから」
安全面のことはちゃんと考えている。
フラァマは無思慮ではない。だけどやはり少し軽率だったかと今さらに反省もした。
どうしてか食生活の満足を優先してしまった。
ルーシャに森の生活が不便だと言われたことに反発したのかもしれない。
森の暮らしは可哀想なんかじゃない、と。
あれやこれや言うルーシャと共に枝に紐を掛け、揺らして落ちた実を拾い集める。
「フラァマぁ……」
その最中に情けない声を上げたルーシャに振り返り。
やはり余計なことだったかもしれないと自分の軽率さに呆れたけれど。
「すっぱい……これ、とてもすっぱいですわぁ……」
「そのまま食べるものではありませんから」
やれやれと首を振ってから、ルーシャに帰り道の方位の見方を厳しめに教えることにした。
◆ ◇ ◆
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