《見習い魔女の森暮らしレッスン》元令嬢のちょっと危ういスローライフ
大洲やっとこ
プロローグ 珍しくもない不幸な子
私の不幸なんてどこにでもある話。
隣村の誰かが家畜を盗んだだとか。去年こっちの村が広めた病気で家畜が死んだだとか。
仕返しに川を堰き止められた、と続いて。
事実かどうかもわからない諍いから歯止めが利かなくなって、農具を武器にしての抗争に。
元からいざこざはあったらしい。隣村に嫁いだ村長の姪が原因不明の若死にをしたり、穀物の貸し借りを断ったなどなど。
領主様の耳に入れば仲裁されたのだろうけれど、領地の外れの小さな村のこと。
幼かった私は母と共に逃げ、追いかけてきた隣村の大人に掴まりそうになり母に庇われて。逃げてと叫ぶ声の後に悲鳴混じりの怒号を背中に聞きながら走り続けた。
気が付いたら一人で森にいた。
「あン村から逃げてきたんかい」
その声に労わりの色はない。
やれやれと。溜息交じりに、仕方なさそうに。
「まったく……こがいな面倒、勘弁だけんども」
「……」
大きめの木に背中を預けていた私を見下ろす人影。
木々の隙間から差し込む光のせいで顔はよく見えなかった。
「小さいの、あんた名前は?」
名前。
私の名前。
訊ねられて探す。突然の強くたくさんの物事で眩暈がしそうな頭の中を。
自分の名前。
「ふら……フラァマ……」
「そうかい、そうかい。小っちゃいフラァマ」
彼女は頭を掻きながら私の名を呼び、口元をにっと吊り上げた。
笑ったのだと思うけれど、牙を剥いたようにも見えた。だって喋り方が雑で、獰猛な獣のように感じたのだもの。
「あんたがあたしの弟子になるてぇなら森の魔女見習いさ。あたしんとこに置いちゃるよ」
「……」
「どげすぅね?」
彼女の喋り方は訛りがとても強かったけれど聞かれていることはわかる。
故郷と家族を失ったその時の私に選ぶ余地があったとは思えないけれど、無理強いされたわけではない。
「……たすけ、て」
「食べるモンと寝床くらいならね。あとンことはあんた次第さ、フラァマ」
つっけんどんな言い方だったけれど、お師様はちょっと捻くれているだけだと後でわかった。
その時も、立てない私に差し伸べてくれた手は大きくて暖かかった。
◆ ◇ ◆
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