第35話 お疲れさま

 アルヴィスはエリザベスの喉元、風穴の空いた辺りに手を翳す。




 精神を落ち着けるために短く深呼吸をするが、その手は軽く震えていた。




 自分の魔法師としての力量で彼女の生死がかかっているのだ、緊張するなと言う方が無理な話だ。




 横たわるエリザベスの全身に魔力をゆっくりと放出する。




 青白い魔力に包まれた彼女の身体は、まるで自らが光源として発光しているようにも見えるがそうではない。ただ単純に魔力に照らされているだけだ。




 魔力を単純に流し込むだけでは、なにも回復していく気配が無かった。




 アルヴィスは軽く落ち込むが、こんなことで諦めるわけにはいかない。頭を振り、気を取り直し魔力を流し続ける。




 そして、どうやって自分の怪我が治っていたのかを考えた。




(俺の怪我は、腹にも脚にも傷痕が一切なく治っていた。シスターの治癒魔法とは治り方がちょっとちげェ。あの魔法は治っても痕が残ったしな。ってことは俺は治癒したわけじゃないのか……? そもそも俺は回復系の魔法なんて使えないしな。俺が出来ることと言えば、速度を上げることくらいだ――)




 孤児院で世話をしてくれていたシスターの得意とする回復魔法を思い出すが、これといって参考になるような方法は思い付かなかった。




 アルヴィスは自分の回復が治癒ではないと推測すると、今度は自身の魔法について考え直し、ある可能性を思い付く。




(俺の〈時の迷宮〉は触れた物を寿命まで加速させ、死に至らしめる魔法だ。――ちょっと待て、俺はずっと身体加速系統魔法だと思ってたが、もしかして違うんじゃないのか? なんで俺以外の速度も上げられる時点で気づかなかったんだ……。俺の魔法は、もしかして……)




「――時間、そのものなんじゃないのか?」




(もし、時間を操っていたのなら辻褄が合う。俺という存在そのものの時間を速め、周りと違う時の中で動けるなら、それが結果的に速く動けているのもわかる。他人には俺が速く動いている様にしか見えないしな、加速魔法と間違ってもおかしくねェ。……ちょっと待て!)




「それって、寿命を削ってないか!? いや、寿命は変わらないのか。俺が寿命に向かってすげェ速さで近づいていってる感じか。こえーな。つまりあれか? 25重魔法なら、25倍の速さで年取ってるってことだろ?」




 アルヴィスは自分の魔法の正体に気付き、苦笑いしていた。




 だがアルヴィスの真の魔法は時間魔法ではない。それに気付くには今の情報量だけでは不十分だ。それでもエリザベスを助けるのには、これで十分だった。




 アルヴィスは流している魔力の質を変えるため、時間という概念のイメージを色濃く、より鮮明に、そして単純に考えてみた。




 難しく考えすぎるよりも、今は単純で分かりやすいほうがいい。




 息を吐き出しながら集中力を高め、少しのミスも許されない繊細な作業の様に、徐々にその質を変えていく。




「戻れ……戻るんだ……エリザが無事だった時まで……時よ、巻き戻れェええぇぇっ!」




 アルヴィスがより一層多くの魔力を放ちイメージを込めると、エリザベスを包み込む色が変わる。青白い色から青味が消えていき、白色となると光の強さが高まった。




 刹那――エリザベスの風穴となっている喉の内部の肉が、血管が、食道が、あらゆる人体を形成するために必要なものが穴を塞いでいく。




 それは本当に、治療というものとはまったく違った。




 流れ失ったはずの血液すら、アルヴィスの魔法はもとに戻す。




 数瞬で喉の穴が塞がると、吹き返したエリザベスの息遣いが微かに聞こえる。




「――エリザッ。よかった、息をしてる……。あとは目を覚ませば……。エリザ、エリザッ! 頼むっ、目を開けてくれ……!」




 喉が治った今もまだ、眠るように目を開けないエリザベスを彼は優しく揺さぶり名前を呼ぶ。




 何度か名前を呼んでいると、その長いまつげがふるふると震え、ゆっくりと開かれていく。




「……んぅ……んーっ……。――……あれっ……そんな顔してどうしたの、アルくん……?」




 エリザベスが目を開くと、自分の顔の近くに今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな顔をしたアルヴィスの顔があった。




 寝起きのように思考がうまく働かないのか、そのこと自体にはあまり驚いてはいないようだ。




「――エリザッ!!」




「キャっ!? ――ど、どうしたの? さっきから君、ずっと泣きそうな顔してる」




 目を覚まし、自分の名を呼ぶ彼女の声を聞いたアルヴィスは堪らなくなり彼女に抱き付いてしまう。




 エリザベスは驚き声を上げるが、それも一瞬で、自分の顔のすぐ横にある彼の頭に手を触れる。




「え、エリザッ、覚えてないのか!?」




「なにを?」




「フレデリックの部下に、エリザは、その……首を……」




「……うん、ごめんね? 君が来てあの人たちと戦ってたところまでは覚えているんだけど、そのあとは記憶が曖昧なの。思い出そうとしても、まだぼぉーとしてて。……でも、きっと私、何かあったんだよね……? 君がそんな顔してるの、初めてみたもの」




「……うん」




「でも、もう大丈夫なんだよね」




「……うん」




「いっぱい、がんばったんだよね」




「……うん」




「私を、助けてくれたんだよね」




「……うん」




「ありがとう――お疲れさま、アルくん」




「……うん……うんっ……」




 エリザベスの腕の中で鼻水を啜りながら泣くアルヴィスを、彼女は優しく頭を撫でていた。

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