第10話 ロキの実力

 アルヴィスがロキへと向かおうと踏み出した瞬間、アンヴィエッタに肩を掴み止められる。




「まあそう先急ぐな。今すぐお前達が闘いたいのは分かるが、ロキの能力のことを考えるとお前達は最後だ」




「えッ!? これだけ煽っといて!?」




「あくまでこれは授業だぞ? 分かっているのかね? 他人の試合を観戦するのも良い勉強になる。──君もわかったな?」




 アンヴィエッタは凄みを利かせロキにも観戦席へと移動を促す。それは場内に現れたときの比ではなく、ロキも眼光は鋭いままだが黙って従った。




 アンヴィエッタに適当に選ばれた2組が残り、他23組46人とアンヴィエッタは観戦席へ行くと散り散りに席に着いた。




 交戦フィールドは100m×50mの長方形だが、角にあたる部分が丸くなっているため単純計算よりは面積が若干少ない。




 それを半分に分け、つまり1組あたり約50m×50mのフィールドでの模擬戦になる。




「ルールは簡単だ。制限時間は20分、即死制の魔術は禁止。戦闘不能もしくはどちらかが敗けを認めた時点で終了だ。戦闘不能状態の相手への攻撃は私が力付くで止めるからそれはやめておけ。──ちなみに、勝った方には倍の単位を与えてやろう。どうだ? やる気が出るだろう?」




 アンヴィエッタはルール説明を終えると、交戦フィールドに残った2組へ試合開始の声と合図として腕を大きく振り落とした。




 1組は女生徒同士、もう1組は男女の組だ。




 試合観戦をしつつアルヴィスは隣に座っているアンヴィエッタ──離れて座る理由がなかったので流れで一緒に観戦することになったのだ──にロキについて聞いてみることにした。




「なあ先生。ロキの魔術のせいで俺たちは最後の試合なんだろう? 彼奴の魔術って何なのか教えてくれないか?」




「ん? 教えてやってもいいが、それだとつまらないだろう? それに模擬戦とはいえ実戦形式だからな。実戦では相手の魔術は不明なことが多い。つまり、教えんよ」




「むっ」




(確かに敵陣に乗り込むわけでもない限り、対人戦では相手の情報は無いからな。それもそうか)




 アルヴィスは確かに、とアンヴィエッタの返答に納得し大人しく観戦に集中することにした。




 そうして1時間程が経過すると、アルヴィスとロキの順番が廻ってきた。空いたフィールドから次々と試合を行っていたので、もう片方のフィールドではまだ試合を行っている。




 だが観戦席にいる生徒の殆どの者がアルヴィスとロキが立つフィールドに注目しているようだ。正確にはロキにのみ注目している。




 それも当然といえば当然なことなのかもしれない。学年序列5位、つまり5寮の1年生で現時点では1番強いということになる。




 1寮から5寮にはそれぞれ入学時序列で1寮には首席と10位が、2寮には次席と9位が、5寮には5位と6位という風に各寮パワーバランスを考え順番に振り分けられている。なので1寮には首席がいるので当然最下位のアルヴィスもいるというわけだ。




「なーんかアウェー感がすごいなぁ」




 アルヴィスは観客席を見回し自身にまったく注目が集まっていないことを感じとると、嘆息を吐く。と同時に軽くストレッチを行う。




「おい、お前。俺は手加減するつもりはないが、つまらん試合は許さん。やるなら全力で来い、潰してやる」




 闘志は高いまますっかり冷静になったロキが腕を組ながら余裕そうに敵であるアルヴィスに話しかけてきた。




「そう言わずに手加減してくれよ、序列5位さん」




 おどけた風に言ってみせたアルヴィスは明らかに挑発している。冷静な相手よりも逆上した相手の方が動きが単調になり読みやすく、対処しやすいことをアルヴィスは経験上解っている。




 だが、先ほどとは違いロキは気にせず集中していた。そしてより眼光鋭くアルヴィスを睨み付ける。




 アルヴィスはそんなロキの雰囲気の変化を察し、下手な小細工は一切諦め正面から挑む覚悟を決めた。




 戦闘体勢ファイティングポーズをとり、アンヴィエッタの開始の合図を待つ。ロキは腕を少し広げ脚を肩幅ほどの間隔で開く。身構えるというよりはまるで抱擁するような姿勢だが、とても愛情は感じられない。




「ラスト25組目、開始!」




 アンヴィエッタにしては大きめな叫び声で試合開始の合図となった。腕は前半で振り疲れたのか10組目以降振っていない。




(さて、私を楽しませてくれよ? 〈最下位〉)




 アンヴィエッタは品定めをするような表情でその眼鏡の奥の双眸そうぼうを輝ひからせた。




「せりゃぁぁッ!」




 品定めされていることにまったく気付いていない当のアルヴィスは、開始早々ロキに縮地法で初動を感じさせず、微動だに出来ないままの制服越しにでも分かるほど鍛え上げられた腹筋に拳を見舞っていた。




 開始早々に先制攻撃を仕掛けたのはルール上即死することはないからだ。




「ふんっ」




「いッ──」




 腹部に拳を見舞われたはずのロキが余裕な表情を浮かべ、見舞った側のアルヴィスが少々表情を歪めながらバックステップで距離を取り直した。




(ってーなおい。随分固いな)




 アルヴィスは開始時の位置まで下がると拳を放った右手を振り手首の状態を確認する。




「俺クラスの魔術師は無意識下でもある程度の身体強化をさせている。知らないのか? そんな魔力も使わず自重を乗せただけの拳がこの俺に効くはずないだろう」




(いや、それは違うな。いくら縮地からの攻撃が体重を上手く乗せられない分軽いからといってもあのエリザには効いていた。防がれちまったが……。つまり身体強化以前に彼奴の耐久力タフネスが凄いんだ)




「おもしれぇ……」




 アルヴィスは嬉しそうに微笑む。まるで新しい玩具を与えられた子供の様に。




「弱者へのせめてもの配慮として初撃をくれてやったんだ。遠慮なくいかせてもらうぞ」




 ロキは広げていた腕に魔力を込めながら勢いよく地面へ突き刺すと、ふんと鼻息を鳴らしながら腕を上げる。




「おいおい、すげー怪力だな……」




 アルヴィスが驚くのも無理はない。地面から抜いたロキの両腕には巨大な岩石の形状となった塊を持ち上げるように刺さっているのだ。




「フンッッッ!!」




 自動車程の大きさの岩石をロキは容易くアルヴィス目掛け投げ放つ。その岩石の速度は大きさからしては考えられないくらい速く、時速100Kmほどのスピードだろうか。




 ──パチンッ!




 だがアルヴィスは指を鳴らし魔術を発動させると──指を鳴らさずとも魔術を扱えるのだが、技名を付けたり発動動作モーションを行うことで術のイメージをより濃くしているのだ──岩石をかわしロキの背後へと廻り込もうと駆ける。




「──!?」




 最短距離で廻り込もうと近距離でロキの右横を駆ける時にアルヴィスは自身の動きがロキにとらえられていることに気付く。ロキとバッチリ眼が合ったからだ。




 アルヴィスは駆ける方向を慣性の法則を無視しているかの様にまったくスピードを落とすことなく直角に変え、ロキへと渾身の拳ストレートを放つ。




(これならどうだ? さっきよりも速度も重さもあるぜ?)




 ロキの左横脇腹目掛けて放たれたアルヴィスの拳ストレートは、右手でガッチリと握られ防がれていた。




「うおっ!?」




 そして掴まれたアルヴィスは力任せに引っ張られロキの左拳パンチを腹部に打たれる。




「────!?」




 強烈な打撃の衝撃に声にならない悲鳴を上げ吹っ飛びながらもアルヴィスは空中で体勢を直し着地した。




(ただ速いだけではそいつには勝てないぞ〈最下位〉? さて、どうするのか楽しみだな)




 腕と脚を組みながら観戦するアンヴィエッタは実に楽しそうだ。それはまるでビックリ箱から何が出てくるのかワクワクしている様に。




「ふん、俺の拳をまともに喰らって地に転がっていないのは久しいな」




「褒め言葉として受け取っとくよ。──俺も先に攻撃を受けたのは久しぶりだぜ?」




「ふんっ」




 ロキは鼻で一笑すると右膝を地に着けしゃがみ、左手を右手の甲に添え掌を地面に当てる。




「〈岩槍ロックランス〉」




 ロキが叫び魔力を地面に流し込むと、円錐体の岩が次々とアルヴィスに向かって一直線上に地面から生え襲い掛かる。

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