第5話 模擬戦・2

「このままお話ししてても埒が明かないし、君がこないなら私からいこっかな」




 エリザベスは上機嫌でピクニックにでも向かうかの様な軽い足取りでアルヴィスとの距離を詰めてきた。




(おいおいっ、そんな堂々と正面からって……。そんなに実力差があるってのか)




 エリザは構えることもせずに残り5m程の距離まで歩いてくる。そして猶も歩みを止めない。




「さすがに余裕かまし過ぎじゃねぇか? 俺の間合いだぜ?」




「んー? まぁ余裕だし?」




 エリザベスはあはっと小さく笑う。まるでアルヴィスを挑発しているようだ。




 挑発だと解っていてもさすがにアルヴィスも我慢が出来なかったのか、こめかみをピクピクと震わせている。




「いくぜ──」




 手を伸ばせば届きそうな距離になり、そこで初めてアルヴィスが動いた。




「ツァァァッ!!」




 アルヴィスは前手の左手で常人なら初動を見ることが出来ないほどの速度で殴り掛かった。




 それは格闘技でいうところのジャブの動きだった。




 アルヴィスの気合いの乗った叫び声とスパァンッ! という拳が命中する音がほぼ同時に鳴り響く。




(なッ!?)




「マジかよ……」




 アルヴィスの頬に再び汗が伝う。




「痛いなーもぉー。手が腫れちゃうよ」




 アルヴィスの最速で絶対の自信の技であるジャブが、エリザベスの華奢で意図も容易く折れそうな細腕で防がれていたのだ。それも右腕一本でだ。




「速いねぇー。さすがに掴む余裕はなかったよぉ。──よっと」




 エリザベスは空いている左手でアルヴィスの左手を掴むと、今度は防御に使った右腕が空く。その右腕を少し下げ、アルヴィスの伸ばしきられた左肘目掛けて掌底しょうていの様に手を勢いよく突き上げる。




(折る気か!?)




 アルヴィスは顎の辺りで構えていた右腕で突き上げられてくるエリザの右腕を掴んだ。




 二人は今ゼロ距離で右手で相手の右手を、左手で相手の左手を掴み合っている。つまり腕が交差した状態になった。




「良い判断ね。完全に折るつもりだったのに」




「俺も1発で終わらせるつもりだったんだがな」




 二人は小さく笑うと、どちらからともなく同時に距離を取った。




「ねぇ、なんで魔術も魔力も使わないの? 私はそれが見たくて──」




「──挑発したのに、ってか?」




 アルヴィスはニヤッと性質たちの悪い笑みを浮かべる。




「……なんだ、やっぱりバレちゃってたかぁ」




「まぁ、効果はあったぜ? さすがに少しイラついた」




 アルヴィスは左手で右拳を包み込むように被せ、指をポキポキと鳴らしながら応える。




「でも女の子の顔を狙うのは良くないと思うなぁお姉さん」




「狙ったのは顎だぜ? まぁ、そんなに変わらないか」




「急所を狙うなんてもっと良くないよ? ──そんなことより……さぁ、君の力を見せてよ!」




 エリザベスは両手を広げると、纏っている青白い光が赤く変化し、揺らめきだした。




「それがエリザの魔法か……綺麗だ」




「ふふっ、ありがとう。御覧の通り私の魔法は───炎」




 魔力と魔法は同じようで現代では別物として考えられている。先ほどまでエリザが纏っていた青白い光こそが魔力そのものだ。魔力により身体能力を向上させることなどが出来る。だが魔力だけでは炎などを具現化させることは出来ない。




 また魔法も同じで魔力がなければ具現化できない。




 つまり、力があっても方法を知らなければ具現化できず、方法を知っていても力が足りなければ具現化出来ない。




 魔法+魔力量=魔法の発動威力




 これが現代の魔法常識とされている。




「炎か……。なぁ、前から思ってたんだが、ひょっとして、エリザの家は伯爵以上なのか?」




 魔法と聞くと炎や氷などを想像するだろうが、実際は炎や氷、風・雷など自然界で発生するような現象を能力に持つのは稀少なのだ。故に爵位では上位の伯爵以上の家柄の者が扱うことが多い。




「んー……違うんだけど、秘密ってことじゃダメかな?」




「……OK、詮索はしないでおくよ。俺もされるのは好きじゃないからな」




(伯爵以上なのはほぼ決まりだな)




「そんじゃまぁ、俺も使わせてもらうけど……エリザの後じゃなぁ」




 アルヴィスは頭を掻きながら首を振る。




「えー、そんなこと言わずにお願いッ」




 エリザベスは少し前屈みになりながら両手を合わせ、ウインクを1つ。




「……じゃあ、本番と行きますか──」

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