第3話 アルヴィスのお勉強・1

 アルヴィスは結局一睡もしていない状態で翌朝を迎え、本日3時間目の講義を受けていた。




 受けている、と言ってもこの時間は入学3日目ということもあり、施設に馴れてもらおうという担当教授の計らいで、講義棟・図書室での自習となっていた。




 現代では知識を得るのに本が非常に優秀な働きをしている。また、同時に貴重な財産ともされいて、裕福な家庭でもなければ街の図書館でしか読むことができない。




 そんな世で、この学院の図書室には数千数万もの本が揃えられている。ここに無い情報は他でも入手できないだろうと思えるほどだ。




 そんな図書室の4人用テーブル席を1人で陣取り、アルヴィスはこの時間を過ごしていた。




 時刻は、太陽が天辺に到達する12時をもうすぐ迎えようかという頃。




 睡魔の誘惑がピークに達するも頭を振り、瞼を擦りなんとか意識を保ちつつ読んでいる本は、どうやら先日の講義でアンヴィエッタにバカ呼ばわりにされたのが悔しかったのだろう、サーヴァントについて記されているものだった。




「ダメだ。読んでみたはいいが全然頭に入ってこねぇ」




 頭を掻きながら熟読している姿は、宛ら受験に追われる苦学生の様だ。




 (アンヴィエッタ先生め、何が基礎だよ。難しいじゃねぇか)




 アルヴィスは内心でアンヴィエッタに文句を吐きつつも、再度本に目を通す。




 「サーヴァント」──サーヴァントとは使い魔や奴隷、つまり使役する下部のことを指す総称である。サーヴァントとは主に3つの契約方法がある。




 1つ──他者から受け継ぐこと。




 1つ──己の力を示し屈服させること。




 1つ──使役者の魔力を流した物を身に付けさせること。




 さらに各方法にメリットとデメリットが記されている。




 受け継ぐ方法は何の危険もなく、1番安全な方法だが、その多くのサーヴァントは先代の使役者を認め契約を交わしている為、次代の使役者が使えるに値しないと判断されれば契約破棄されることもある。




 屈服させる方法は1番危険があるが、成功すると3つの方法の中で1番の信頼を得られる。




 魔力を流した物──装飾品などを指しているようだ───での方法は、危険も有り信頼を得にくいのでデメリット面が多く感じられるが、現代では奴隷商などで売られているサーヴァントを買い、自身の魔力で満ちた装飾品を着けさせることで契約ができるようだ。又、命令に逆らえなくする効力もある。これらのことからこの方法が1番ポピュラーなようだ。




 ただし、この方法での契約は装飾品に流した魔力が尽きると契約が破棄される為、定期的に魔力を補給する必要がある。




「なるほどなぁー。3つ目の方法だと契約者しか装飾品を外せないのか。確かにこれが1番簡単だな。ん? ちょっと待てよ。これって、他のやつに壊されたらどうなるんだ? 結局耐久値が高い物となると鉱石とかだろ? つまり宝石か? おいおいっ、簡単だろうけど結局金じゃねぇか!」




 アルヴィスは再び頭を両手で掻き毟りながら椅子の背凭れに勢いよく凭れ掛かった。




(結局金持ちの貴族様には勝てないってことか)




 アルヴィスは掻く手を止め、そのまま頭を支えるように組んだ。そして大きな嘆息を1つ。




 嘆息とほぼ同時に講義の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。




「おっ、やっと終わりか」




 アルヴィスは勢いよく椅子から立ち上がると、本を本棚へと戻し図書室をあとにする。




「さてっと、これからどうするかな。腹も減ったけど……とりあえず寝るか」




 大きな欠伸と同時に腹の音も鳴らすという少し器用なことをしつつ、自室がある1寮へとアルヴィスは向かうことにした。




 寮に向かう道中に見かけた数体のサーヴァントの首や指には、どれも煌びやかな装飾品で着飾られていた。それを見たアルヴィスは先ほど読んだことを思い出しながら1階の食堂でサンドイッチをいくつか取り、自室へと向かう。




 サンドイッチを食べながらもアルヴィスは大きな欠伸を掻く。途中すれ違う生徒には小声ではしたないなどと言われるがアルヴィスには何処吹く風、全く気にもしていない。




(ああやっていくつも着けることでフェイクにしてるのか? それとも全てが契約道具で、破壊されての契約破棄確率を下げているのか? どっちにしろ金が掛かるなぁ)




 アルヴィスには教養がない。それは育ちによることが1番の原因だが、それは後に語ることにしよう。知識がないだけで、実は頭が悪い訳ではないのだ。むしろ機転がきく分並みの貴族よりキレる方だ。




 そんなことを考えながら食堂から何分かすると自室に着く。




 上着をソファに脱ぎ捨て、ベッドに飛び込む様に乗り横になる。すると大人しくなっていた睡魔が襲ってくる。




 アルヴィスは抗うことをせずに身を委ねるかの如く深い睡眠に就いた。








「ふわぁーーぁッ……よく寝た……。……んぁ……? 今何時だ……?」




 眼を擦りながら半身を起こす。室内に完備されているアンティーク時計に眼をやると────時刻は疾うに16時を廻っていた。




「やべぇーッ!!」




 昨夜のエリザとの約束の時刻から既に30分は遅れている。




 アルヴィスは脱ぎ捨てられていた上着を再び着ると、急いで部屋を出る。




 2階廊下を走り抜け、食堂等がある1階へと降りる。エリザなら迷わず自室の窓から飛び降りるんだろうなと思いながら廊下を駆けると出入り口が見えてきた。




 と同時に1人の人影も視認する。




(あの服は……まさか!)




 ある人物と一致し、アルヴィスは引き返そうかと一瞬迷うも、エリザをこれ以上待たせるわけにもいかず正面突破を試みることにした。




「急いでるんだ、悪いがそこを退いてくれッ! アンヴィエッタ先生!!」




 アルヴィスはアンヴィエッタの脇を速度を落とすことなく通り抜けた──と思ったその時だった。




 ズザァァァッという音を響かせアルヴィスは盛大に転んだのだ。アンヴィエッタの手によって。




「何で脚をかけるんだアンヴィエッタ先生!? めっちゃ痛いんだけど!?」




「ほう? 私の講義中に堂々と欠伸を掻くだけじゃ飽きたらずにサボタージュ、かと思えば今度は反抗期か? 君の堕落速度はどれだけ早いんだね?」




 アンヴィエッタは表情にこそ怒りを出していないが、声に怒気を含ませている。眼鏡を光らせ腕を組アルヴィスを見下ろす姿は、軍隊の鬼教官そのものだった。




「くっ……。確かにサボったのは悪かった、すまない。けどそんなことでわざわざ待ち伏せる程か!?」




 アルヴィスは真っ赤になっている鼻先を擦りながら鼻血が出ていないことを確認すると、立ち上がり埃を払う。




「ふんっ。君が堕落することなどどうだっていいさ」




 アンヴィエッタは眼鏡を外し汚れを拭きながら言うと、かけ直し続ける。




「私が興味を持ったのはこの事だ、〈最下位〉」




 そう言い教官用白衣の内ポケットから取り出したものをアルヴィスに突き付けるように見せる。




「使用許可願い? ああ、演習場のか。ちゃんと申請してくれてたんだな。で、これの何が気になるんだよ?」




 申請書にはちゃんとエリザとアルヴィスの名前も記入されている。何処にも不備は無いはずだ。




 アルヴィスは申請書をアンヴィエッタの手ごと押し戻す様に顔前から退かし聞き返した。




「なぜスカーレットがこれを? 奴は疾うに演習場を使うような水準レベルではないが」




(そんなに強いのか、4年生って? いや、演習場は上級生も使っていたし、エリザが凄いということか?)




「それは俺が使う為さ、アンヴィエッタ先生。ちゃんと俺の名前が書いてあるだろう?」




「だろうな。どうやってセッティングした? 元々知り合いか?」




(今日はやけに饒舌だな先生)




「いや、昨日初めて会ったし、たまたま流れでエリザから提案してきたことだ。それにしてもアンヴィエッタ先生、やけにご執心じゃないか。そんなに気になるのか?」




 アルヴィスが得意気な表情で少し探りを入れるように発した言葉を、アンヴィエッタは見透かしているように鼻で笑い、応える。




「調子に乗るな〈最下位〉。私が興味を持ったのはスカーレットの今回の件だけだ」




(つまり、君のことも少なからず含まれているがね)




 アンヴィエッタが俯き、眼鏡のフレームを指で上げて掛け直しながら顔を上げる一瞬、その僅かな時間に口許を上げ愉快そうな表情を作ったのをアルヴィスは見逃さなかった。




 けれどそこには触れず、アルヴィスは背を向け手をひと振りし歩き出す。




「気がすんだようなので俺は行きますよ。エリザも待ってることだろうし」




 そして走り出し、お互いの声がもう届かなくなる程の距離が開くとアンヴィエッタはぽつりと一言漏らした。




「精々頑張りたまえ、〈最下位〉」




 その声音は優しく、期待という想いが含まれている様だった。

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