第7話 五里霧中

 結界の外は、深い霧が立ち込めていた。

 そのせいで、颯真は今一体どこを歩いているのかさえわからない。


(今何時なんだろう……外へ出たのは、確か昼前だったよな?)


 電気の通っていない隠しの里では、電化製品が使えない。

 電波は一応通っているが、電気がないため颯真が里へ来る前から持っていたスマホの電池はとっくに切れている。

 時間もわからないし、方向もわからない。


 突然結界の外へ放り出されたが、よくわからない文字が書かれた黄色い札を三枚持たされただけ。

 服装も、一般的に想像する陰陽師や神主が着ているような狩衣かりぎぬではなく、ただの三本線の黒いジャージにスニーカーだ。

 他に使えそうなものは何一つ持っていなかった。


 まだ日は沈んでいないが、時折カラスの鳴き声が聞こえてくる。

 あまり聞いたことのないフォーフォーと低く鳴いてる鳥の声も。


 何もわからないせいで、颯真には風で揺れた木々の葉音も恐ろしい。

 自分が不意に踏んだ小枝の音にすら、心臓が飛び出るほど驚いたりもした。

 なぜ結界の外に出されたのかもわからないし、これから一体どうすればいいのかも、颯真はよくわかっていない。


「なんだって言うんだ……どうなってるんだこの山は……!!」


 どれだけ歩いても、なんだか同じ場所に戻って来ている気がしてきた颯真は、試しに持たされていた札の一枚を幹の間に挟んでみた。

 そうして、また前を向いて歩きしばらくすると、さっき挟んだ札が——ある。


「やっぱり戻ってる…………」


 結界の中に戻るには、戻る方法を知らなければ無理なのだ。

 颯真はまだ、それを教わっていない。

 深いため息をついて、だんだん颯真はもう何もかもどうでもよくなっていく。


(このまま、ここで死ぬのかな?)


 札を挟んだ幹にもたれかかりながら、颯真は考えた。

 陰陽師とか玉藻前とか……

 今まで知らなかった、フィクションの世界だと思っていたことが現実に起きて二週間経つ。

 そういった漫画やアニメは確かに好きで、割とよく見ていたが実感が全く起きない。


 呪受者だと言われても、あの四十九日の日以来、特になにも危ない目にはあっていないし、陰陽師の修行も全然うまくいかない。

 嘘なんじゃないかと思えてくる。

 何かの間違いなのではないかと……


(呪受者の俺が死ねば、呪いも一緒になくなるんじゃないのか? そうしたら、もう、この里の人たちだって、妖怪に追われることはなくなるんじゃないか……? 俺はまだ十三歳で、子供もいないし)


「だったら、一層の事、死んでしまおう」

「そう、そうしよ…………う?」


 確かに聞こえたはずの、聞き覚えのない少しザラついた声に、颯真は首をかしげる。


(なんだ? 今の声は、俺じゃない……死んでしまおうなんて、言ってない)


「誰……? 誰かいるのか?」


 颯真は左右前後見渡したが、誰もいなかった。


(幻聴か? ついに、耳までおかしくな————)


「どうせ死ぬのであれば、その身体、私にくれないか?」


 また同じ声が聞こえた。


(上だ……!)


 颯真はバッと声がした方を見上げる。

 木の上に、何かいるようだった。

 黒い何かがいつの間にか陽を遮って、颯真の上に影を落としている。

 しかし、霧が濃くてよく見えない…………


(なんだ……? 黒い……大きな…………あれは)


「おや、その目は…………もしや、呪受者か?」


 立ち上がって、よく目を凝らしてみると、一羽の真っ黒な大きな鴉が颯真の真上に。


(カラスが喋ってる……!?)


「これは、良いものを見つけた————…… フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 大鴉おおがらすはその薄気味悪い声で笑いながら、翼を広げると、颯真の頭上を何度か旋回し、急にピタリと止まった。


「よこせ、お前のその右目……よこせ、私によこせ!!」


 霧の隙間から、その怪しく光る緋色の瞳がはっきりと見えた。

 それはあの時、紺碧の空から落ちて来た顔と同じ、緋色の瞳をした鴉の妖怪だった——————





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